01.


『 ────────── どこ?』

誰かが誰かを探す声がする。

『 ────────── こっち。』

誰かが誰かを呼ぶ声がする。
一体誰が誰を呼んでいるんだろうか?と、思った瞬間

───── そういやアタシ…。

自分がどういう状況に置かれていたか?を思い出した。
最悪の状況に追い込まれ、極限の状態でアタシは想像以上の力を発揮した。マイナス方向へ。
開き直れば立ち直りは早い。けれどそうなるまでに相当量で凹むアタシは目の当たりにした現実に当然の如く実力を発揮した。
その結果がこの訳の判らない場所にいる事だというのなら受け入れるしかない。
ただ、最後に聞いたアタシの名を呼ぶ声。必死にアタシの名を呼ぶあの声に含まれる色んな感情は確かにアタシに伝わっていた。

───── 怒ってたなぁ相当。

朦朧とする意識の中で最後に見た顔。
必死の形相で必死になってアタシを呼んで、何でこんなバカな真似したんだ!って怒ってたけど。

───── あんな顔するとは思わなかった…。

えっ!?まさか泣いたりしないよねっ!?って冗談で済ませらんないような、初めて見る表情。

───── あんな顔させるつもりじゃなかった…。

いつの間にか、アタシの頭ん中は二度と逢えない家族の事もあの子達の事でもなく ────────── 。

『帰りたい ────────── ?』
「どこによ。」
『 ────────── こっち。』
「どっちよっ!」
『 ────────── 呼んで。』
「何をっ!」
『呼んで ────────── 。』
「誰をっ!」
『呼んで ────────── 早く。』

割り込んできた声とのイライラする会話にも、真っ暗なだけの訳の判らない場所にも我慢出来なくなって

「やかましいわぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

腹の底から声出して叫んだ。思いっきり全部を吐き出すように。
その瞬間、アタシの全てを覆っていた全てが変わった。
無かった色や地面や空、雲や太陽が一つづつアタシの回りに現れてそして ────────── 現れた。

「アタシを呼んでたの ───── アンタね?」

アタシを探し、アタシを呼んで、アタシに呼ばれようとした声の主が。

「呼んで ────────── なまえ。」

年の頃は5〜6歳だろうか?ボロッボロの着物姿に素足の子供は、現れた太陽にその髪を輝かせていた。

「サラッサラの銀髪ねぇ。」
「なまえ ───── 呼んで。」
「何て名前なの?」
「呼んで ───── 早く。」

けれど、さっきまで同様やっぱり会話が成り立たない。
相手の姿も見えない状況だったから強気に出てたけど、子供相手に強気に出られる筈もなく、

「参ったなぁ…。」
「呼んで?」
「くっ…。」

袖をクイクイやられ、7割程潤んだ瞳で見上げられて”呼んで?”って言われて呼ばずに居られる奴が居るなら
今すぐアタシの目の前に連れて来いぶん殴ってやる!ってな感じで。

「呼ぶから名前言ってみ?」
「なまえ ───── ない。」

オマケに無い名前呼べって言われて、どうしたもんか…と思案して。

「付ければいいの?名前。アタシの好きに?」
「早く ───── 。」
「あーーーっもう!」

急かされる理由が全然理解出来なかった。けれど、アタシを急かす子供の表情があんまりに切羽詰ってるもんだから

「”ミズキ”でいい?」

フッと思い付いた名前を言った。ちなみに”ミズキ”ってのは死んだじーさんの名前で、記憶にもなけりゃ顔も知らない。
そんな、単なる思い付きの名前だというのに自分を指差し、自分の名前を確認する”ミズキ(仮称)”は。

「 ───── ”みずき”?」
「うっ ───── っそう。」
「どんな字?」
「うえっ!?」

恐ろしく凶悪な愛らしさで次の難題をアタシに提示してくる。
どんな字?ったってウチのじーさんの”ミズキ”ってどんな字だ!?と、
アタシは自分の脳内に在る漢字を必死んなって変換しまくった ────────── が。

「どんな字?」
「えーっと…だな?」
「まだ?」
「ちょい待って!」
「早く ───── 。」

水木は違うし瑞樹じゃない。水城でもなけりゃ瑞貴でも瑞希でも水樹でもなく

「水っ…鏡…。」
「”水鏡”?」
「やっ…ちがっ…。」
「”水鏡”。」

それじゃ完全に当て字 ───── にもならないんじゃね?いやいやちょっと待って。と、言える雰囲気は限りなくゼロだった。

「水鏡と一緒、あっち。」

やっちゃった感を垂れ流すアタシの手を嬉しそうに握り、零れるような笑顔でアタシを誘導する水鏡(仮称にして欲しい)。
こんなチビッコに手を引かれ、アタシは一体何処に連れてかれんだろうか?と思いつつも付いていく事数分。

「ここ。」
「はっ?」
「ここ ───── 行く。」
「いやいやいやあのね?」
「水鏡。」
「いやそうじゃなくて。」
「名前。」

崖っぷちに立たされた挙句、ここって崖下指差してたかと思えば名前を呼べとおねだりしてくれる。

「あのね?」
「違う。」
「ミズキ?」
「違う。」
「水鏡、あのね?」
「一緒にここ。」
「ちょ!まっ ────────── !!」

結局、アタシがその場の勢いで付けた名前を正確に呼んだ瞬間、アタシは小さな手に引かれ
崖下にダイブしていた ───── っつぅかさせられた。
が、人間ってのは結局生き汚いっつーか、死んでも仕方ない、諦めたと思っていながらも、
実際その場面に直面するとやっぱりどっかで思ってしまうのだ。死にたくない、と。
そりゃこの訳の判らん場所に来る羽目に陥る直前は、どうなってもいいだとか、このまま死んでも仕方ないとか
死ぬんだろうなぁ、と思っていたのも事実。
けれど、頭のどこかに助けがくるんじゃないか?って一切考えなかったとは言い切れない。
崖っぷちから真下に落下して、それで生きてるられる自信も可能性もアタシには無い。
だからこそこの落下の真っ最中意識を半ば手放しそうになりながらも、

───── 死にたくないっ…。

そんな思いに支配されていたのだった。




















そして、アタシは目を覚ました。
目覚めるべき場所でも知っている場所でもなく、天国でも地獄でもない何処か。

───── 天井の木目…。

全く見覚えの無い木目の天井が最初に目に入り、身体を起こして自分がいる部屋の様子を伺う。

───── っていうか誰んちだここ?

見ず知らずの場所で、おまけに布団に入ってて?
って事はつまりアタシは何処かの誰かに保護されたからこうなってるという事だろう多分。
っていうかそういう回答しかアタシの頭じゃ導き出せない。ならその親切な誰かさんに感謝して、
自分の置かれてる状況等把握する事が最優先事項 ───── という事をアタシは経験上知っているので
先ずは実行!と布団から這い出し、襖を開けてそして。

「目が覚めましたか。」

そこにいた親切な誰かさんを見た瞬間脊髄反射で襖を閉めた。
うん何か凄い懐かしい久しぶりの自分の反応に思わずウットリ ────────── してる場合じゃねぇぇぇぇぇぇっ!

「随分な反応じゃありませんか?」
「おっ、お気遣いなくっ!!」

閉じた襖を開けようとする誰かさんに抵抗し、襖を必死で閉じるアタシは

「ところでアナタ、どちら様で?」
「名乗る程のモンじゃありませんっ!」

とにかく必死だった。今、どっかの誰かさんと対面して上手く説明出来る自信がない。
それくらい、どっかの誰かさんってのはとんでもない相手だった。

「助けた相手にお礼一つ言えないとは…。」
「だからっ!お礼ならいくらでも言うからちょっと待っ…!?」

何でアタシがこんな目に!?って嘆く暇もあったもんじゃねぇ。
一体アタシが何した!?何してこんな目に!?
元を正せばあのクソガキがアタシを崖からダイブさせたから ────────── ってそういやあの子は一体何処に?

「水鏡…?」

返事は無い、ただの屍のようだ。や、屍すら無い気配も何も微塵もねぇ。

───── まさかアタシだけ助かった…なんてオチないよな?

実はあの場所は賽の河原で見えない川を渡ろうとしてたアタシをあの子が助けてくれて、
あの子は実はユウレイだった…とか?????

「どうしたんスか?」
「っ!?」

いや、いっそユウレイだった方が良かったかもしれない。なぜなら、
襖のアッチとコッチで攻防を繰り広げてた筈の相手 ────────── 浦原喜助がすぐ横にいたからだった。





--------------------
2009.12.21〜2010.01.14