◇◆ Autumn  -October- ◇◆










不思議で仕方がなかった。もしかしたら、何かの呪いか祟りなんじゃないだろうか?と、
普段では思いもしない事が当たり前のように浮かんでしまうほどに。

もしくは新手の嫌がらせ?
いや、そんな筈はない。自慢ではないけれど、
赤の他人様に恨みを買うようなヘマをした覚えは一度たりとて無い。無い…んだが。

「今回は続いてるみたいじゃねぇ?」

人の店の不幸をあざ笑うかのような相手の無遠慮な言葉は聞き流す事にした。
腐っても相手は客なのだから、などという配慮も必要ない相手だから構わないが。

「おかげさまで。」

呪いか、はたまた祟りかもしれない、と考えた事の原因の全てがコイツにあった。
この店を買い取ってから2年。経営も順調な時にそれが出来た。

けれど、隣の空き地に建ったビルの1階。そこに入った撮影スタジオが齎した災い。
それは、雇うアルバイトが尽く俺の逆鱗に触れた事だった。

『遅くなりました〜』

そう言うだけの頭の悪そうな女子大生。

『戻りました〜』

コーヒー数杯届けるのに3時間掛かって帰ってきたと思えば、悪びれる風もない女子高生のそのバカさ加減。
いっそ捜索願でも出してやればよかったと何度思っただろう。そんな輩ばかりだった。

【アルバイト募集】の張り紙をしてからの半年。
最高1日最低3時間でクビにしたアルバイトのバカ共は、
半年という月日と同じかもしくはそれでも足りない程の数になっていた。
それもこれも、今目の前で安穏とコーヒーを飲むこの男が隣のスタジオに越して来た事が原因だった。

隣にスタジオが出来たお陰で、そこに多種多様なモデルなどというチャラチャラした人種が出来入りし始めた。
ウチに応募してきたバカ共の目当ては全てそれらだったというのに。
それに気付かずバカ共にたとえ1時間分だとはいえ自給を払った事が恨めしい。
が、どうせ続かないのだからと電話で面接をしただけで決めた高校生がそれらに終止符を打った。
どこにでもいそうな、いや、どちらかといえば非常に今時らしからぬ少女は慣れないながらも仕事を覚え

「戻りました〜…」
「えっ!?も…もう戻ってきたの?」

俺にそんな言葉を吐かせたツワモノだった。
いや、単に今までのバイトの全ての目的が【隣】だっただけで、
目的が【バイト】であれば誰でも続いていたのかもしれない。
ともかく、彼女がバイトに入ってくれたお陰で店の外に張られていたバイト募集の張り紙は、
半年たって漸く剥がされる事になった…のだが。










「何か悩み事でも出来たのかな?」

どちらかといえば普段からおっとりとした彼女は、このところ様子がおかしかった。
ふぅ〜っと溜め息をついてはボンヤリとして、まるで何かを思い悩んでいるようで。

「へ!?」

俺の言葉に相当驚いたという事は、無自覚だったんだろう。
その上その事に思い当たる節がないのか、う〜ん…と考え込んでしまう。
けれど。

「こんちわ。」

一人の客によって、それらはまるで最初から無かったかのように彼女はすぐさま動き出した。

---若いっていいねぇ。

隣のスタジオに来るモデルの一人、
特に人気のある【葉月珪】という少年と彼女が同級生だと知ったのは、
腐れ縁のアイツがよこした情報だった。
ここで見ている限り、春から比べると随分仲良くなったのだろう。
二人のやり取りが妙に初々しいようなそうでないような。

「スイッチ入るねぇ…」

本当に判りやすい素直な子供はいい。
夏のあの日の彼もそうだった。
突然声を掛けられ、強引に大人二人に店に連れ込まれたにもかかわらず、
否定しながらも大人しくしていたあの花火の日。
あの辺りからおせっかいな大人な俺は、どうにも二人の様子が可愛くて仕方が無かった。
だから気付いてしまったのかもしれない。

「で、結局悩みは何だったのかな?」
「ホントに悩みはないんですけど…」
「そう?その割に頻繁に溜め息付いてるのは何故かなぁ?」

全力で否定されると余計に気になるというか。

「上の空っていうか、ぼんやりしてる事多いかな?」
「それは多分悩みじゃないです…。」

実は…その…、の後に続いた言葉がとても微笑ましくて、羨ましくも思う。

「何をプレゼントしたらいいか判らなくて悩んでたって事だねぇ」
---なるほど、葉月君はもうすぐ誕生日だったのか。
「いや、だから悩んでません。考えてただけで」
「多分ね、普通はそれを『悩んでた』って言うんだよ?」

俺の執拗な追及に観念した彼女が告げた内容。
それは、他人には確かに言い辛い、本人にとってとても重大な事だったかもしれない。

(友達に…誕生日とか…プレゼントした事がないから…)

何をどう選べば、どうすればいいのか?が解らないのだという。

「そっか…。それは考えちゃうねぇ」

初めて友達への贈り物を選ぶ。
その言葉の持つ意味を、深く探るべきではないのは直ぐに解り得た。
1度も休まなかったバイトを1ヶ月も休んだ時、彼女の弟だという小学生が謝りに来た事があった。

(迷惑をお掛けします、もう少ししたら必ずまた来るので)

ねーちゃんをクビにしないでください、と頭を下げた弟は土下座しかねない勢いだった。
何か事情があるのは弟の真剣な眼差しが語っていて。
あの事以降、俺は単なるアルバイトである彼女の事が気に掛かり始めたのかもしれない。
純粋な彼女の中に隠れる、彼女に圧し掛かる暗く重い何かに。
もちろん俺がそれをどうにか出来る訳じゃない。
ただその中の1つでも、ここでそれが軽くなるのだというなら、
俺はその1つを取り除いてあげたいと素直に思った。
それはそう思わせる何かを彼女が持っていたから。

「そうだねぇ、欲しい物が判るのが一番いいけど」
「ですよねぇ」
「見当とかつかない?」
「全く!」
「全然?」
「サッパリ!!」
「そっか…」

本当に潔いというかアッサリしているというか。
俺は彼女以上に彼の事を知らない。けれど。

---彼が好きな事、好きな物に関連する何かがいいんじゃないかな?

それは俺が思いついた唯一だった。
そしてそれが過去に俺もそれを想い何かを選んだような事があったから、
ふとそう言ったのかもしれない…。





けれどそれが原因だったのかもしれない。





店の戸締りをし始めた中、突然店の電話が鳴り響く。

「喫茶ALUCARDです。」
「もしもし…あの…」
「ちゃん?」

相手が直ぐに誰か判った。けれどいつもと様子が違う。
今にも泣き出しそうな彼女は

「あの…相談したい事が…」

その声で切羽詰っていることが解った。
途方に暮れ、どうしていいか判らずに俺を頼ってきたその声に、

「いいよ?とにかく落ち着いて言ってごらん」

まずは気持ちを落ち着かせ、それからゆっくりと話を聞く事にした。

「それじゃあ明日、それを店まで持ってこれるかい?」
「一度家に帰ってから…なら…」
「うん、それがいいね。帰りは送ってあげるから」
「はい…ありがとうございます…マスター…」
「気にしなくていいから」

余程焦っていたんだろう。最初は彼女が何を言いたいのかがよく解らなかった。
大きいだの何だの支離滅裂で、伝えたい事の意図する事が薄々としか解らなかったのだが。
翌日、それを見て大いに納得した上で

「こ…れはまた…」
「ぅぅっ…」
「凄い…というか…何か…可愛いねぇ」

笑っちゃいけないんだろうけど、笑うしかなかった。正確には笑ってしまったのだけど。

「最初はもうちょっと…これの半分くらいの予定だったんです」

いや、これの半分でも相当大きい気がするんだけど。
確かにコレがあの葉月珪に似合うかどうか?と問われたら否と答えてしまうかもしれない。
と、思ったのはほんの数分だった。
これは以外にもしかしたら?似合うというか気に入るかもというか。
案外どうして彼女は実に彼の素の部分をちゃんと見て理解しているのかもしれないという思いに行き当たる。

「気に入ってくれる気がするけどなぁ」
「本当にそう思います????」
「うん、俺が彼だったら…嬉しいと思うよ?」

ちょっと驚くけど、既製品とも見間違う程の出来映えの良さ+手触り+気持ちで十分喜べる気がする。
多分、彼もそう思うだろう。

「持ち帰るのは大変そうだから、此処で包装するといいよ」
「そんな…迷惑になるし…」
「気にしなくていいから。そうだねぇ…彼が持ち帰るのも大変かもしれないし…」
---まぁ後は、お節介な大人に任せておけばいいよ。

これを持って帰るのには相当な勇気がいるだろう。
何せ相手は体長150cmはあろう巨大な猫の抱き枕なのだから。



その後、彼女を自宅に送り届け、その場で携帯に電話をする。

「帰りに必ず寄るように言ってくれるだけでいい。」
「何?何かある訳?」
「理由を貴様に言う義務などない。」
「相変わらず手厳しいねぇ」
「とにかくだ。もし明日彼が店に来なかったら…」
《ウチの店に今後貴様は出入り禁止だ!》

しつこい相手を相手にする暇などは持ち合わせてはいない。
後から相当しつこく聞かれそうだが勿論理由を教える気なんぞ更々無い。
カンのイイ男は放っておいても気付くだろうから。





「あの…」

どうやらキチンと伝える事は出来たようだった。
バイトの帰り、彼はちゃんと店に顔を出してくれた。

「明日の夜、予定はないだろう?」

あるかい?ではなく、ない事を前提にして聞く辺り、俺も相当汚れた大人になってしまったようだ。

「今のところは…。」
「明日帰り、店にもう一度寄ってくれるかい?」
「……」
「とにかく、明日帰りに寄れば解るから。君ならね…」
「はい…。」

さて、明日の彼は一体どうやってこの店に来るだろうか…。





裏口のドアを叩く音がする。
カチャリと音を鳴らしてドアを開けた彼は、やはり俺の思った通り聡い子供だったようだ。

「ありがとう…ございます。」

超が着く巨大な包みをどうにか抱え、俺を顔を見るなり彼は頭を下げた。

「気にしなくていいよ、それじゃ帰るから駐車場に行ってくれるかい?」
「はい…お世話になります。」
「まぁ、これが俺から君へのプレゼント、という事にしておけばいいさ」

少し照れたような、困ったような顔をしたけれど、
彼は頷いて俺に自宅まで大人しく送られる事を素直に受け入れた。
まぁそれは仕方ないというべきか。
大きさからは想像できない軽さだが、如何せん大きさが尋常ではなかった。
なんせ、二人掛かりで包装したのだから。
自宅につくまでの時間、彼は俺が独り言のように話す言葉を大人しく頷きながら聞いていた。

「驚いたよ、泣きそうな声で電話をくれてね…」
《どうしたらいいのか解らない、どうしたらいいですか?》
「君がゆっくりぐっすりと眠れたらいいなぁ…って思ってたらしいよ?」
《そんな事考えてるうちにもうちょっと…って大きくしたらこうなっちゃって。》
「迷惑がるかもしれないけど、これは…」
《珪くんの為に作ったんです…》
「渡したいけど渡せない、でも本当は渡したいのに渡せないかも…って」
《もう解らなくなってどうしたらいいか…》
「ホント、ちゃんて可愛いね…」
《折角、珪くんの…色を見つけたのに…》
「まぁ、ちゃんと受け取った君のほうがいい子なのかもしれないねぇ」
「いい子…って…。」
「まぁ、いいんじゃない?俺も見たけど…」
「…?」
「まぁ、見れば解るよ。」

自宅前、ありがとうございましたと頭をもう一度下げ、彼は大きな包みを抱えてマンションへと入って行く。

---ホント、何だかねぇ…。

ジワリと胸に広がるものがあった。





「いらっしゃい。ご注文は?」
「あの…」
「??」

翌日、彼女がバイトではないというのに珍しく見せに訪れた彼。
注文は?と聞いても注文はない。

「昨日は本当に…ありがとうございました。それで…」
「何だい?」

彼がこっそりと告げた内容に俺は驚き、そして笑った。

「それじゃ…。」

笑い続ける俺に少しムッとした表情を浮かべたけれど、再度頭を下げて彼はスタジオへ戻っていった。

---案外似た者同士って事なのかもしれない。

そう思うと目頭が熱くなり、不意に襲ってきた切ない想いに大人げもなく涙が零れる。
理由は解らない、ただ不器用なあの二人が変わらずにいてくれればいい、
これからも一緒にいられればいいのに…そう思い願った。

『日曜…俺もアイツに誕生日のプレゼント買ってきたんです…その…』



彼が彼女に選んだプレゼント。それは偶然にも、猫の抱き枕だった…という。