05.うさぎとの違い…は特になし。



店を留守にしていた2週間弱の間に、このローグタウンで騒ぎがあった事を肉屋の奥さん注文の牛刀を届けた時に知った。
っていうか肉屋の奥さんと近所のおばさんの会話でそれを知っただけなんだけど。(盗み聞きともいう)
どこかの海賊が捕まって処刑されそうになって寸で逃げて海軍が追って大騒ぎだったとかどーとかで、
それはもうお祭り騒ぎ?だったとか。

───── 人騒がせな海賊もいたもんだ…。

正直、そんな騒ぎの真っ只中にローグタウンに居なくて良かったと…と話を聞いた瞬間は思ってた。
けれど、肉屋の帰りに小麦粉を買いに行って知った新たな情報に私は腰を抜かす事になる。
商品棚の隅、無造作に置かれた一枚の手配書には見知った顔がデカデカと映っていて

───── ………………ルフィ?

肉屋で聞いた騒ぎの元凶が血の繋がらない弟だと知った瞬間

───── シャンクスはアレだったけどここに居なくてホント良かった…。

騒ぎの際ここに居なかった事や鉢合わせにならずに済んだ己の運の良さに心の底から感謝した。
もし、その騒ぎの時に店…否!
このローグタウンの何処かに居たらルフィは必ず私の元に来ただろう、たとえ居場所を教えていなくても、だ。
ホント一体どんな仕組みになってるの?って思う程、ルフィの鼻はよく効く。私限定で。

───── そりゃ可愛い弟ではある…けどっ!

だからこそ、普通の出来事を大騒ぎに変える才能の持ち主であるルフィに見つかったら最後、
私は強引にルフィに連れて行かれてしまうだろう逆らえないままに。
そして全てを仕方ないと諦め、成り行きのままにルフィに着いて行くハメに陥るのだ。
だって相手は可愛い可愛い弟だもん。
ちなみに私は押しに弱く、強引な押しには特に弱い。
その上弟達には無条件で弱い。
オマケにルフィは異常に押しが強く可愛いのだ!!!
そんな可愛い弟に『一緒に来てくんねぇのか?』って小首傾げられて潤んだ瞳で見上げられて私が首を縦に振れる訳がない。

「っ助かった…。」

この時ばかりはシャンクスに感謝した。
腕を捕まれ駄々っ子が如くゴネたオッサンは可愛くなかったけど、それでもシャンクスが私を引き止めなかったら私は今頃…!

「ちょっと注意した方がいいかもしれない…。」

ルフィが海に出た以上は気を付けた方がいいだろう。
どこかで鉢合わせになったら絶対逃げ切れない。
それでなくても、既に海に出てるもう一人の可愛い弟であるエースには既に所在を知られてしまっている。
っていうか正体を知られてしまっている上に一度ゴネられた過去がある。
あの時だって命からがら逃げてきたのだ。(可愛い弟の”お願い”攻撃から。)

「ちょっと気が緩んでるかもしれない。」

この大海賊時代。
少しの気の緩みが命取りになる。
時代の波に飲み込まれないよう、ひっそり穏やかに暮らしていくにはそれなりのリスクも背負わなければならない。
暫く遠出する予定が無い今、注文が入ってからの仕事ではなく真面目に仕事をした方がよさそうだ。
お金は無いより在るに越した事は無い。

「そろそろ在庫も減ってきてるし…。」

接客が苦手な以上、在庫を豊富にしておけば接客も必要以上にする必要もないし。

「店に帰ったら掃除して作業に取り掛かろ…。」

私は気を引き締め直し、先ずは掃除から頑張ろうと角を曲がり発見した。
我が城”鍛冶屋ラビット”の前に立つ人 ────────── 熊影を。





───── 何で熊っ!?

「もしかして”鍛冶屋ラビット”?」

しかも喋ったしーーーー!

「だったら…?」

何で熊が?熊って喋る生き物じゃないよね?
と頭の中は疑問符だらけだったけどそれはおくびにも出さず対応すれば…って居ないし。
もしかしたら真面目に仕事しないから幻が見えたのかもしんない

「アンタが”鍛冶屋ラビット”か?」

って一匹と一人に増えてるしーーーーー!

「………クドい。」(うわぁぁぁん!見たら判るでしょ聞かないでよおぉぉぉっ!)
「っ…。」(何なんだこの威圧感は!?)

幻かと思った熊が人を連れて現れた。
どっからどうみても熊。
私みたいに被り物してるんじゃなくて中身も熊っぽい?熊が目付きの悪い人を連れて戻って来た。

───── ヤバイ。あれは…あの目付きは絶対ヤバイ!

つべこべ抜かしたら叩き斬っぞアァン?みたいな目付きのヤバイ人の威圧感に私の心臓(ノミ)は縮み上がり、
当然の事ながら、それに連動する私の口調はっていうか口数は極限まで減った。
余計な事を言って相手を怒らせるマネだけはすまい!と、ともかく言葉を選んで慎重に受け答えをする。

「何か用か?」(ごっ、強盗じゃないよね?)
「………が欲しい。」(クソっ!声が出ねぇ…。)
「何…?」(欲しい?欲しいって言った!?金出せって事!?)
「アンタの作ったモンは…高みを目指す海賊にとって至高の宝に等しい…。」(コイツ本当に鍛冶屋か!?)
「………それで?」(海賊うぅぅぅぅぅ!?だったら武器屋行ってよおぉぉぉぉ…!)

このまま立ち話続けたら卒倒する気がする。
一先ず店に入って椅子に座らせてもらって話しを聞こう。
もしかしたら対応が無愛想だったから(多少自覚アリ)帰るかもしれないし!と私は店に入った。

「……………。」(帰れって事なのか…それとも入れって事か?)
「キャプテン?」
「………っ入るぞ。」(ここまで来て引き下がれるか!)
「アイアイサー!」

カランカラン

開けっ放しのドアが閉まる音が店内に響く。
それはつまり目付きの悪い人と熊ちゃんが店内に入った証拠だ。
だって私、店のドア閉めた覚えないし。

「で?」(さっさと買い物済ませてもらってとっととお引取り願おう!切に!)

欲しい物あったら値引きするから早く帰って!と願いつつ、相手の様子をバレないように伺っていると

「っだから ────────── っ!?」(あれは…っ!?)

何かを言おうとした目付きの悪い人と熊ちゃんの視線がある場所で止まった。
それは、陳列棚にある刀の場所でもなければ勿論ナイフフォーク等日用品コーナーでもない店の壁、
それも私が座る場所の後ろの壁の上部でピタリと止まる。
そこにあるのは数枚の手配書。
知り合いであるシャンクスや白ひげのじーさんの他、弟であるエースや取引先である海賊さんの手配書だ。

───── 忘れてた…!

っとそういえばさっき見つけた手配書、貰って帰ってきたんだった ────────── と買い物籠に忍ばせて
ちょろまかしてきたルフィの手配書をその壁(もちろんエースの横)に貼り付けた…とその刹那

バンっ!

目の前に思いっきり叩き付けられた手。
それは、熊手でも私の手でもなく、目付きの悪い人の右手。

「何のつもりだ…?」(ひいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!おっおっおっおこってるっ!?何で!?)
「っコレはオレだ。」(絶対認めさせてやる!)
「それで?」(やっぱり賞金首っ!しかも懸賞金高っか!)
「…………………だ。」(クソっ…声がっ!)
「トラファルガー・ロー…。」(じっ、自己紹介なんかいらないからっ!)
「……っハートの海賊団船長、北の海出身。」(今貼った奴よりオレの方が上だ!)
「……………懸賞金で支払いか?」(なぁんて冗談で落ち着いて…)
「っ!?」(ヤバイ…。)
「………で?何が欲しいんだ?」(落ち着いてくれる訳なかったあぁぁぁぁぁぁぁっ!)

これ以上の会話が続いたら息の根が止まる確実に止まる!
さっさと購入頂いてお引取り願わねば呼吸が止まる!
そして、これ以上あの視線を真っ向から受けていたら穴が開く。
私は視線を逸らし、椅子を回転させて目付きの悪い人に背を向けた。

「……………。」(相手にもならねぇ…って事か…。)
「………用が無いなら帰れ。」(冷やかしお断り!ウィンドショッピングなら店外でやってよぉぉぉぉ!)
「っ刀………が欲しい。」(こっち見るつもりもねぇって事かよ!)
「刀ならそこにある。」(在庫あってよかった…!)
「っ違う!オレが欲しいのは”ホワイト”じゃねぇ!」(後戻りは…出来ねぇ!)
「”ホワイト”じゃねぇって事は…”ブラック”が欲しいのか?お前のようなガキが?」(在庫ないから今ないから諦めて帰って!)
「オレはガキじゃねぇ!アンタの作る幻の”ブラック”が欲しいんだっ!」(っ言えた…!ちきしょう身震いしてきやがった。)

目付きの悪い人、改めトラファルガー・ローさんはそりゃもうしつこく食い下がってくる。
”ホワイト”じゃない”ブラック”をよこせと私を睨み付けて喰い付きそうな勢いで。
ぶっちゃけ…なくても冗談じゃなくて本当に今、在庫が無いのでどうしようもないんですよトラファルガー・ローさんや。
私だって鬼じゃないし商売してる以上客の選り好みはしないですからあれば出しますよ あ れ ば !
けど無い袖は振れないっていうし?

───── てかどっから噂が流れてんだろう…これで何人目だよ”ブラック”欲しがる海賊は!

最初、ウチの店の商品に”ホワイト”だとか”ブラック”の区別は無かった。
鍛冶屋ラビットの店内に置いてある武器雑貨日用品は全て同じだった ────────── ある瞬間までは。
トラファルガー・ローさんの言う”ブラック”は確かに存在する。
ただ”ブラック”はタチが悪い。
ある意味粗悪品とも言える品だった。
店頭に並ぶ品々は誰にでも愛される使い勝手の良い、自分で言うのも何だけど、ともかく質のいい品だ。
けれど”ブラック”は違う。
根本的に違う。
何が違うっかっていうと、誰の手にも馴染む”ホワイト”とは違い”ブラック”は人を選ぶ。
自分を持つ相手を”ブラック”は選ぶのだ。
無理やり手にしても”ブラック”は留まらない。
自分が持つ相手を選り好みし、自分が認める者でなければ”ブラック”は留めて置けない品だった。
それがここ最近、変な噂と付加価値?が付いてトラファルガー・ローさんのように
海賊さんが鼻息も荒くやってくるのだホントいい迷惑だ。がっ!

───── …………ミホちゃんかっ!

唯一、武器の”ブラック”を持ち帰り未だ使用を許されているのは私の知る限り一人しかいない。
つまり、噂の出何処はチョビ顎髭のミホちゃんしかいない。

───── ちきしょう今度来たらあのヒゲ剃ってやるっ!

どうしても欲しいってダダ捏ねるから仕方なくタダであげたのに恩を仇で返しやがって…!

───── ヒゲはともかく、どうお引取り願おうか…。

トラファルガー・ローさんの必死の形相はぶっちゃけ正視に堪えない(怖すぎて)。

───── 何か残ってなかったっけか…?

奥の物置のミカン箱の中に何か残ってたかもしれない。

「………待ってろ。」(ロクな物なかった筈だし…。)
「っああ!」(おかしい…空気が変わった!?怒らせ…ちまった…!?)

溜め息一つ、はぁ〜…っと残して私は物置のミカン箱を取りに行って店の中心にある机の上に置いた。

「”ブラック”はこれだけだ。残念だが刀はねぇぞ。」(だからもう諦めて帰ろうよ!ね?)
「……………全部”ブラック”なのか!?」(すげぇ…!鳥肌がっ!)

箱の中にあったのはナイフにフォーク、スプーンにペティナイフと全然武器じゃない品しか無かった。
その日用雑貨品しかないという現実に諦め、購入を断念して帰ってくれる事を願う私に突きつけられた現実は。

「刀はいらねぇ…その代わりにコレを貰ってもいいか?」(何だよコレっ!手にしただけで震えちまうっ…けどっ!)
「………………メスか?」(っまさかメスを武器に居直り強盗する気じゃ…!?)

何故かメスを所望されるという予想外のものだった。
海賊がメスを片手に戦う気なんだろうか?
不意に過ぎった予感…居直り強盗をするかもしれないという予感は幸いにも外れたっぽい。
震える右手にメスを持ち、俯いたままメスを所望のトラファルガー・ローさん。

───── あれって…売れ残りじゃなくて出戻りだったっけ?

どう使おうがアナタの勝手だから別に好きにしてくれりゃいいけど本気でメスが欲しいのか!?

「オレは医者…だから。」(使える”ブラック”が手に入るなら…っ!)

っていうかトラファルガー・ローさんアナタ自己紹介で海賊って言ってたじゃん!
職業:海賊、副業:医者とかその逆とかなの!?
ってかそんな海賊聞いたことないんですけど…まぁいいや。
そのメス1本でお引取り願えるならどうぞ差し上げますよ!

「お前の手から逃げるかもしれない。その時は追うな。それが守れるなら構わない。」(苦情だけは勘弁してもらわないと!)
「それが…条件なのか?」(盗まれる可能性…か。)
「そうだ。お前の手から逃げてもオレの知った事じゃない。」(だから文句言わないでよ…?)
「判った。それで…幾らなんだ?」(億…は行くだろうな。噂じゃ鷹の目の持つ剣が3億ベリーだったらしいし。)
「金はいらん。その代わり…。」(後から文句言われて賠償金とか言われたらたまったもんじゃない!)
「いらないのか!?本気で言ってんのかアンタ!?」(落ち着けオレ。上手い話にゃ裏があるに決まってる!)
「そこの…熊。そいつをオレに寄越せ。」(ウチのマスコットに…ちょっと欲しい…かも。)
「なっ!?ベポを…だと!?」(まさか…ベポを試し斬りに使うつもりじゃ…!?)
「ああ。そのベポとやらを置いていけ。そうすりゃタダでくれてやるよ。」(置いてってくれたら…どうしようか。)
「…………………。」(試してんのか?それとも本気なのか…?)
「キャプテン、オレここに残ってもいいよ?」
「じょっ、冗談じゃねぇ!ベポはウチのクルーだ!渡せる訳がねぇ!!!」(クソっ!どうすりゃいいんだっ!)
「…………そうか。なら持ってけ。」(普通はそう言うよね…本気で置いてかれたらちょっと困るのも事実だし。)
「………………いいのか?」(認めてもらった…って事か!?)
「逃げても追わない文句も言わないなら持ってけ。」(取り合えず熊ちゃん大切にしてる人ならいきなり斬り付けては来ないだろうし…。)

この辺りでそろそろ切り上げてもらわないと晩御飯の準備しなきゃだし?
可愛がってるペットを手放すなんて普通出来ないだろうから、まぁいいや。
メス1本で大人しく帰ってくれるならそれでよし!

「っすまねぇ!あと…コレを…。(名前さえ覚えて貰えりゃこの先…。)
「手配書をどうしろと?」(いいいいいいいらないから!これ以上いらないから!)

よし!じゃなかったトラファルガー・ローさんは何故か代金代わりに私に自分の手配書を受け取らせようと必死になり、
受け取ってくれ、いやいらないを延々繰り返し ────────── そして。

「………面倒臭ぇ、テメェで貼ってけ。」(後で捨てよう…もう疲れた。コイツまた来る気満々だ…。)
「っああ!」(やった…っ!認めさせたぜ!)

どこかで見覚えのある、爛々と輝く瞳に押し負けした私は手配書をありがた〜く受け取る事となり

「おいトラ、今度来る時は前もって連絡してからにしろ。」(そうすれば逃げる事も簡単だし…。)
「……………判った。」(………何でトラなんだそこは普通”ロー”だろ…クソっ!)

トラファルガー・ローさん改め、トラちゃんはやっとこさお供のベポちゃんを連れて帰ってくれたのだった。




(上手く切れずに長くなってしまった…!反転すると兎と虎の心の叫びが見え隠れ。)
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2010.09.09