本.01


「よし!」

この世界で生きていく覚悟も出来た。
それは、自分にある”黒崎杏子”の記憶が誰かのものではなく、
確かに自分の物だという確信があったからこそ出来た覚悟だ。

「帰って昼寝でもして晩御飯の用意でもしよう」

時計を見れば10時を少し過ぎた頃。
妙に過保護な家族を心配させる訳にもいかないし。と、アタシはともかく自宅へ戻る事にした。
そして、自宅までの道程、一応今後を考えてみる。

さて、今は原作でいう所のどの辺りなんだろうか?
始まる前か、それとも既に突入しているか?
流石に、虚圏編です!なんて事はないと思う。

「それらしい気配しなかったしね…。」

何となく、ではあるがそれを肌で感じていた。
と、いうか多分一護と双子であるが故か?

「どうにもね…。」

一護同様、見える話せる触れる上に霊媒体質でハイスペック臭いアタシ。
それに気付いたのは、さっきいた公園にアレを見たからだった。
黒い着物を纏い、腰に刀を携えた”死神”がアタシには見えた。
妙に弱っちそうな、アレが空座町担当の死神かと思うと少し泣けてくるが。

「そろそろなのかなやっぱ?」

近いうちに、ルキアが現れそうな予感がする。
確信にも近いその予感は、想定外の遭遇で見事かき消される訳なんだけど。





自宅に向かっていたものの、やっぱり帰る前に何か買っていこう。と、商店街に寄り道した帰り道。
近道しようと路地裏を歩いていたアタシの前を、横道から現れたヤツの姿に、アタシは思わず足を止めた。

(んなっ!?何でアレが…ウロついてんのよっ!)

今、この現状で何故アレがここに居る?
そのありえなさに止まったアタシの気配に気付いたのだろうか、数歩先を行くアレが足を止め

(ヤバイかもしんない…ってか絶対ヤバイって!)

ゆっくりとこちらを振り返った。その刹那、バッチリ目が合ってしまう。
思わず後ろずさるアタシと、アタシの様子に”ん?”といった表情をし、たかと思えば

(来るな来るな来るなーーーーっ!)

完全にこちらに向き直り、一歩また一歩アタシに近付いて来た。
退けば老いる?臆せば死ぬってか?
いや、まだ老いたくないし死にたくないけど退きたいし臆してるし!!
今更思えば、普通は見えないんだから見てないフリしてスルーすればよかった。
でももう遅いーーーー!!
買い物袋に入ってる大根を取り出し、近付いて来るヤツに突き出して

「っ来るな…!!」

威嚇した所で効果なんてある訳ないよねぇやっぱり。
ってか、いかんだろ!!
何で隊長格が現世ウロついてんのよっ!
お願いだからアタシの事は放っといて!
そんな願いも虚しく、アタシの態度がヤツの気を引いてしまった。

「へぇ…君、僕の事が見えてるんやね…。」

ちきしょう!アタシだって好きで見てるんじゃないやい!
ジワリジワリ、近付いてくる市丸ギンと、ジワリジワリ後ずさるアタシの無言の攻防は

「ちょっと!離せってば!何すんのよ!!」
「その辺りでちょっとお茶でもせぇへん?」

市丸ギンの強引なナンパ(?)によってアタシの負けが確定したのだった。





「なるほどなぁ。つまり君は僕を人間や思たんか…」
「当たり前じゃない!ってどう見ても人間じゃん…。」

1時間程前、旅立った公園に再びアタシは舞い戻っていた。何故か市丸ギンと共に。
そして、何故か仲良く茶(自販機購入)を啜っているアタシとギン。

それでも最初はアタシの慌てっぷりがギンに疑念を持たせたのだろう、
それはもうしつこい位に根掘り葉掘り詮索された。
アタシはそれを、どうにか誤魔化そうととにかく必死に言い訳を考え、考え付いた。
自分で言うのも憚られる怪しい言い訳を。

「模造刀か本物かは知んないけど!そんなの持ってる人が近付いてきたら普通逃げるでしょ!」
「そうなん?」
「そうなんだよ!!アンタ、銃刀法違反で捕まるよ?」

相当苦しい言い訳だな、とは判っちゃいるが。
あの状況で指差し名指ししなかっただけ立派じゃね?アタシ?

「でも君、今でも僕の事人間や思てるん?」
「え?何ソレどういう意味?」
「僕な、実は…」
「まった、まさかアンタ”僕幽霊なんですー”なんて言わないよね?」

っていうか、もう女優じゃん!すっとぼけ演技完璧?
自画自賛してる場合じゃないのは判っているけど、そうでもして自分を奮起させて
今を乗り切らないと本当に危ない気がして。

「黒い着物着たヤツ、見た事あらへん?」
「そういや…見た事あるかもしんない。」
「あれ、僕の仲間でな?死神やねん…」
「へぇ……。」

ギンよ。そんな簡単にぶっちゃけちゃっていい事なの?それは??
誤魔化そうとする事もなく、アッサリ暴露するギンは涼しい顔をしている。

「えらい反応薄いね、君…。」
「え?そう?こんなもんでしょ?」

だからだろうか?妙に鋭い所を突いてくる。
えーーーーーっ!?うそーーーーーっ!!とか派手に驚くべきだったんだろうか、やっぱ。

「普通は”想像してる死神と全然違う!”とか…?」
「あ、だってさ?アタシ生死無関係っつーか区別つかないしぃ。」
「見慣れてるから驚かへんって事?」
「かもしんないー。じゃなかったら今ここで呑気にお茶なんか飲んでないし。」
「君、ホンマおもろい子やわ…。そうそう、僕、市丸ギン言うねん。」
「ギンちゃんね?アタシは…」

どうする?正直に名前を言う?
後々面倒になるのも嫌だけど、もう逢う事もないだろうしいっか。

「アタシ、っていうの。」
「ちゃんか、ちゃんね…。」

黒崎杏子として逢う事は多分無い。
もし万が一、尸魂界にルキアを助けに行く事に同行するハメになったとしても、アタシがギンと接触する事はないだろう。
そう思ったからこそ、アタシは自分の名を”杏子”ではなく””と名乗った。

「残念やけど僕、そろそろ戻らなアカンわ…ほなまたな、ちゃん。」
「ギンちゃんバイバイ!」

さようならギンちゃん。
もう二度と逢う事はないだろうよ君とは。
ぶっちゃけ、最近妙にお気に入りに食い込んで来た君ではあったが。
やっぱりそれはそれ、である。
ヘタに関わって寿命縮めて本気の尸魂界送りにはなりたくありませんからっ!!

アタシはギンと別れを告げ、もう二度と逢う事はないだろう。そう確信していた。
し て い た ん で す が!!





夜、見覚えのある黒い蝶がフワリとアタシの部屋に入り込んできた。

「まさか…?」

地獄蝶、それが我が家に入り込んで来たという事はつまり。

「始まる…?」

あの蝶に導かれ、ルキアが現れる。そして時が動きだ…すって何か違うくね?

「あれ?あれって一護の部屋に現れるんじゃなかったっけ?」

それがどうしてアタシの部屋を横断するんだ???

「おばんです〜ちゃんいてはる?」

っ て お 前 か 市 丸 ギ ン !!!!





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2008.08.19



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