本.02


「おばんです〜ちゃんいてはる?」
「………やぁ?」
「さっきぶりやねぇ、元気してはった?」
「アンタの顔見るまでは元気だったと思うよ…。」

このやろう!何でこんな夜更けに乙女の部屋に侵入してきやがるんだ?
全く持って理解不能なギンちゃんの行動に、アタシは思わず頭を抱えた。

「何用よ…。」
「いや、退屈やったからお話しでもしたいなぁ思て」
「あのさ、アタシは退屈してないから!」
「でも僕退屈やし、ちゃんと話ししたかったんよ。」

だからって、だからって時間考えろっての。

「上…」
「上がどないかしたん?」
「上行こう。家族に見つかったら…」

アンタ、三枚に下されるから。特に親父に。
パジャマの上に一枚羽織り、アタシはギンちゃんに連れられ(?)て屋根上へ移動する。
むしろ避難する、と云った方が正しいかもしれない。
月夜の明るい屋根の上、アタシはギンちゃんと並んで腰を下ろして夜空を眺める訳だが。

「で?お話ししたいって何。」
「まぁそう慌てんと。」
「あのさ?判ってる?アタシ一応人間なんだから!」

何が悲しゅうて死神と並んで夜に屋根でお話しせにゃならんの!?

「そやかてちゃんおもしろそうやったから。」
「アタシはアンタの何のツボを突いたんだろうね。後悔してるよ今更…。」

これは、懐かれたと言うやつだろうか?
見た事もない(のは当然だけど)ニコニコ顔のギンちゃんは、一人楽しそうだ。
本当に退屈が嫌いなんだねぇこの人は。と改めて思う。
退屈の、一体何処がそんなに嫌いなんだろうか。

「ギンちゃんは何で退屈が嫌いな訳?退屈、上等じゃん。」
「どこが?退屈する位やったら…」

死んだ方がマシ、とか言うんじゃないだろうな?と思ったら案の定

「死んだ方がマシや…。」
「言うと思ったよギンちゃんなら。」

どこか、遠い所を眺めながら、少し表情を変えてギンちゃんは言った。
小さい声ではあったけれど、躊躇いもない口調で。

「アタシは退屈って好きだけどなぁ。面倒事の方が嫌いだわ。」
「面倒は死ぬほど嫌い?」
「面倒事は死ぬほど嫌い!」

けれどあれか、面倒事を死ぬほど嫌いと言い切るアタシも同類なのかもしれない。
面倒事が嫌いだから、直ぐに割り切る。
面倒事に関わりたくないから、考え方を変える。
それが出来ないならやっぱり?いや、それはやっぱり嫌か。

「なぁちゃん。君、もしかして自分で気付いてる?」
「何に?」

いきなり話題の方向転換か。
思ってた以上に俺様配分っていうか、マイペースなヤツだギンちゃんは。
正直、市丸ギンってキャラはあんまり興味がなかった。
存在は濃いけれど、ただそれだけ?って感じだったから。
それが、何がきっかけだっただろうアタシはある瞬間から市丸ギンってヤツが妙に好きになった。
具体的に、どれが何が?は思い出せない。
漠然とした記憶の中にあるそれは、たった一言もしくは一コマの表情だった気がする。
アタシはそれを見た(聞いた?)瞬間から、市丸ギンってヤツが好きな部類に入った。
そして、キャラクターとしてではない、現実として逢ったギンちゃんは思ったとおりだった。

「ギンちゃんってさ、イイ男だよね…。」
「何?僕に一目惚れしたん?」
「んな訳ねーし。何かさ、感性っつーかよく判んないけど、好きなんだよね…」

相当歪んでる臭いギンちゃんに、そう言ってしまえるアタシはそれ以上に歪んでるのかしら。
妙に破滅的っていうか、嫌いな退屈を感じない為なら行くトコまで行けるその潔さが、
自分には無いから”好き”の部類に入ったのかもしれない。

「やっぱちゃんは変わってはるねぇ…」
「そう?ギンちゃんも十分変わりモンでしょ?ほら…えーっと何だっけ?」
「ん?何かあるん?」
「干し柿と干し芋間違えてから、干し芋が嫌いになった…だっけ?」

だっけ?ってあれ?それって言ってもよかったっけ?

「君、何でそんな事知ってるんや…。」
「ん〜…何でだろうね。」

や、言っちゃマズイじゃんネタバレじゃんどうするよ!アタシ!!

「あ〜…何か非常に面倒事になりそうな気がしてきたー…。」
「君、やっぱり何か知ってるんやね。僕の事」

にこやかだったギンちゃんの表情は一変、無表情へと変わる。
うん、相当迫力ある顔だ。だって能面みたいに無表情だし。
それはつまり、アタシが死ぬほど嫌いな面倒事に発展する兆しで、
それを回避するには適当に誤魔化さなきゃならん訳で。
さて、どうやって誤魔化すかな…。

「もしかして、アタシと話したくて来たんじゃなくて、顔見に来たんじゃないの?」
「何でそう思うん?昼間初めて逢っただけの君の顔、何で僕が見たくて来なアカンの?」
「殺伐とした世界は思いのほか退屈だったから?」
「言うてる意味がよー判らへんよ。」
「やっちゃった?もしかして、中央四十六室。」
「………ちゃん君、一体何者や?」
「昼間、用があるからって言ってたじゃん。その用ってそれかなーって。」

それは、本当に思った事だった。
血も涙も無いとはいえ(?)大量殺戮の後じゃ殺伐とする気持ちは1o位は沸くだろうし。
それが0.5oだったとしても、これっぽっちも感じないヤツだとはアタシには思えない。
偶然出逢った、人と死神の区別のつかない不思議な人間。
それを、その殺伐とした気持ちの中で思い出して、
暇つぶしでもしよう、そう思ったんじゃないだろうか?ギンちゃんは。
ま、それは単なるアタシの憶測なんだけど。

「アタシ、言ったよね?ギンちゃんの事好きかもーって。嫌いじゃないって思うのは確かよ?」
「君、どこまで知ってるんや?」

どこまで?と聞かれたら、答えてあげるが…って違うし。
具体的に言うと、最新刊(+立ち読みした号)までなら知ってるし。
原作通りに話が進む前提で。
と、思ったら何か変な気分になってきた。

「何か、おかしいよねぇやっぱり。」
「何がおかしいん?僕からしたら君はおかしいんやない、怪しいよ。」

この15年の杏子の記憶は間違いなくアタシのモノなのに、
アタシが知るこの先の起こる未来も知ってる事が、酷く嫌な感じに思えてきた。

「怪しい…か。そりゃそうだわ…」
「君、自分の霊圧が高い事、気付いてるんやろ?」
「うん、そりゃうちの一家、通常よか高いから感受性が。」
「そやない、そういう意味やなしに…」
「これから後、自分達の障害になる?」

訝しんだ視線がアタシに向けられる。
ギンちゃん、そう気軽に呼ぶには重苦しい空気が漂う。

「ちゃん、僕は君を消す事になるかもしれんなぁ…」

確実に脅しだろう、台詞を吐くギンちゃんは今、間違いなく市丸ギンの顔をしていた。
なのに、アタシは事もあろうか

「ブッ…」
「あのなぁ…。」

噴出してしまった。ついうっかり、ブッて…。

「妙にシリアスって好きじゃないのよ、面倒だし。」
「それ、口癖なん?」
「かもね。だって実際考えるのも面倒じゃん。」
「呑気やね。もしかしたらここで僕に殺されるかもしれへんのに」

は?今何と??
こここここここここ殺すだぁ!?

「ハッ…」

あれだ、スイッチが入っちまったというか、入った。
カチリ、神鎗を鞘から抜く音がスイッチ音と重なったアタシ。

「神鎗で射殺す?」
「せなアカンかもしれんね。僕の斬魄刀の名前まで知ってる人間、野放しにする訳にいかん。」
「じゃやれば?」
「開き直りか?」
「ってかさ?斬魄刀って生きてる人間切れんの?」
「試してみる?」
「試し切りしたいなら大根持ってくるけど。」

ギンちゃんは、能面のような無表情を呆れたようなものに変え、

「本気なんか冗談なんか、よぉ判らへんわ…ちゃんは。」
「そう?アタシはいつでも本気だけどね。だけど…」
「まだ何かあるん?」
「アタシが何者かなんて…」

アタシが一番知りたいっつーの!!!!!

「そうやなぁ、射殺さへん代わりに取り込むってのもアリかもなぁ。」
「冗談っしょ、お断りだわ。」
「そない嫌がらんでもええんと違う?」
「だって、アタシの居場所はここしかないもん。」
「そら残念や。ちゃんとなら仲良ぉやれる思うねんけど。」
「アタシもギンちゃんとなら仲良く出来るけどね。」
「ほな、僕戻るわ。」
「戻る前に、部屋まで送ってよ?」
「……ホンマかなわんわ、君。」

生命の危機は逃れた。というか自力で回避できた臭い。
多分、昼間に逢った時だったらこうはいかなかった気がする。
あの時だったら、アタシは確実に尸魂界送りになっていただろう、魂が。
完全に毒気を抜かれたようなギンちゃんは、アタシのお願いを聞いてくれ、
きちんと部屋まで下してくれた。そして

「また遊びに来てもええ?」
「藍染惣右介にバレなきゃOKよ。」

うん、完全に戦意(殺意)喪失したのだろう、再び呑気臭い口調に戻る。
まだ来る気なの?とはもちろん言わない。
だってアタシ、ギンちゃんお気に入りだしね、かなり。

「藍染隊長にバレんかったらええんやね、判った。」
「ようするに、バレなきゃいいのよ!バレさえしなきゃ。」

(だって、藍染惣右介はそうやって行動を起こすんでしょ?)

流石にその台詞には、ギンちゃんは驚いてアタシを凝視する。
そして、額に手を当てながらクスリと笑い

「そやね、確かにそうや。」
「アタシ、さすがに藍染惣右介には目ぇ付けられたくないし。」
「何か、それ僕も嫌やなぁ…」
「でしょ!だから、バレなきゃいいの!ってかバレたら来るな!」
「判った、ほなまた来るわ…さいならちゃん」

今度こそ、ギンちゃんは尸魂界へと帰って行った。
随分長い時間話し込んだ気がして、時計に目をやれば

「1時間か。濃厚な時間だったわ…。」

思いのほか時間は経過していなかった。
うん、確か冷蔵庫にケーキがあったはずだ。
コーヒーでも淹れてケーキでも頂くか。と、アタシは一護も誘おうと
隣の一護の部屋のドアを開けた。

「いちごー、ケーキ食べな…いぃっ!?」
「何だ急に変な声出しやがって!ビックリするじゃねぇか!」

開けた瞬間だった。
一護の部屋の窓から、一羽の黒い蝶がフワリと入り込んで来た。

(まさか、帰るって言ったのにまた来たの!?)

え?あれ?何か違う???

「黒揚羽?何だコイツ…どっから入って…」

これは、まさか!?

「なっ…」
「んなっ…」

っ て 今 度 は 朽 木 ル キ ア か よ っ !!!って当たり前か。





--------------------
2008.08.20



←