本.09 帰って来た一護は少し疲れているようだった。けれど 「ちゃんと片付けてきたから。」 「そっか…」 あの、可哀想な子供の魂が無事尸魂界に行けた事に胸を撫で下ろしたのだろう、 朝家を出た時より表情が柔らかくなっていた。 これで、また一つ事が終わり次の時が動く。 (次は何だったっけ?) あの、石田との事やその後に起こる事のインパクトが大きすぎて、 正直前半に起こった事ってハッキリとは覚えてないんだよね、実は。 「まぁなるようにしかならないし…」 何か忘れている気はするけれど、思い出せないって事はそれほど重要な事じゃないんだろう。 アタシは勝手にそう結論付けて、次起こるであろう事に思いを馳せ過ぎていた。 そう、肝心なことをすっかりド忘れして。 「おはよー、あ…チャド!」 「ム…」 「元気?」 「あ、ああ…。」 「なら良いよ。」 朝、登校してみればチャドも怪我が増えてる様子もなく、 前日に起きた事も忘れているようで、 いつもと変わらない普通の時間が始まり過ぎていく。 それが。 突如現れた侵入者によって中断される事となるんですが。 「なっ…いっ…」 そこでアタシは思い出した。 この直後に起こるであろう出来事と、ド忘れしていた事の二つを。 (一護…じゃなくてあれコンじゃん!!!!!) そう、一護の身体に入っているのはコンで、それはつまり改造魂魄って事で、 さらにそれはルキアから一護の手に渡った物で、 そしてさらにそれはルキアが浦原商店から仕入れてきた粗悪品(そーわるぴん)で。 (やーーーーばーーーーーーっ!) 大騒ぎの教室。 アタシはどさくさに紛れて抜け出して、一護やルキア、コンが向かったであろう方向とは 逆方向位置するあそこへ向かった。 もちろんアタシがその場所を把握している筈もなく、道中すれ違う人にその場所を尋ねながら 辿り着いた頃には素敵に無駄に時間が過ぎていて。 「くっ…っこの…限りなくゼロに近い運動神経が…恨めしい…っ…」 軽く数時間掛かって辿り着いた浦原商店にてアタシは既に事を終え、丁度戻ってきたらしい 浦原喜助一行と鉢合わせになった。 「おや…これは郵便花子さん。」 「や…ども遅くなりまして…。」 「アタシてっきりアナタが約束を忘れてるんじゃないかと思ってましたよ。」 「あはは…そんな筈ないじゃないですか〜……。」 「後一日待って来ないようなら探しに行こうと思ってたとこっスよ。」 そんなマネされたらたまったもんじゃないっつーの! 出会い頭の軽いジャブの応酬の後、アタシは今すぐ帰りたい衝動と、 浦原喜助の視線と格闘しつつも初めての浦原商店へと足を踏み入れた。 「粗茶ですが。」 「これはどうもご丁寧に…」 居間に通され、お茶を出してくれたテッサイさんに頭を下げてそれを一口、口に含む。 うん、落ち着くなぁ日本茶は。 当然、そんなアタシの様子を浦原さんは穴が開くんじゃね?って程の目で見てる訳で。 「さて花子さん、何からお伺いしましょうかね…」 大概しつこい男だな。 嫌味ったらしく”花子”を強調し、アタシを探る浦原喜助。 「何でもいいけど、あれだよね。浦原さんって結構しつこいよね。」 「そうっスか?」 「…」 「?」 「なーまーえ!郵便花子なんか嘘に決まってんじゃん…」 「さん…っスか。」 仕方なく、名を告げたけどそれでもまだ疑ってるっぽい浦原さんの目。 目深に被った帽子をやっぱり深く被りなおし、 「単刀直入にお伺いします。アナタ、何者っスか?何故アレの事をご存知で?」 遠まわしも誤魔化しも止めたのだろう、ハッキリとそれを口にする。 うん、さてどう誤魔化すかなこれ。 え?や、実はアタシ異世界人なんで〜…なぁんて言っても信じるとは思えないし、 言うつもりもない。 確かに、アタシは異世界人なのかもしれないけれど、この世界の人間でもある。 だからその件に関して、アタシは誰にも言うつもりはない。 と、なるとどう誤魔化すか…。 「アタシ、人より霊感があるらしくてぇ…」 「そんな事で誤魔化そうったってそうはいきませんよ?」 「まぁそう慌てなくても。で、それでさ…アレな訳よ。」 「アレとは?」 「遺伝か何かかなぁ?なぁんて。」 「どういう意味っスか。」 あれ?ん〜…アタシ自分の事””って言っちゃったんだっけか。 ん〜…困ったなこれは。 あからさまに適当だと疑いは深まるばかりだし、かといって余り詳しく話す訳にはいかないし。 ”杏子”と名乗るべきだったと今更後悔してもそれこそ遅い。 どう乗り切るかなこれ。 「それより!どうだった?」 「いきなり何スか?」 「うちの弟!!!!」 「は?」 「ルキアと一緒にいたでしょ?オレンジ色の髪の浦原さん好みの美少年が。」 「サン、アナタ大丈夫っスか?」 やっぱこれじゃ誤魔化しきれないか。 仕方ないか、こうなったら…悪い親父。アンタ娘の犯した罪の責任代わりに取って! 「黒崎一心って知ってるんでしょ?アタシも、オレンジもその子供な訳。」 「それとどう関係あるんっスか…」 「あのね、イチイチ説明しなきゃ解らない頭じゃないじゃんアンタ。」 「仮に、アナタと…彼が黒崎一心サンの子供として、それとどう関係してくるんっスか?」 あれか、納得するまでは絶対追及の手は緩めるつもりはねぇ!ってか!! 「一護はあの通り無駄に霊圧とやらを垂れ流す程で、アタシはそうでもないけど…」 「けど…何っスか。」 「見るの、夢をね…たまに。」 「夢?夢で見たとおっしゃりたいんで?」 「うんそう。古い昔の夢だとか、数日先の夢だとか見るのアタシ。あ、親父はこの事知らないからね?」 「その夢でアタシを見て、アレも見た…と?」 「うんそう。」 当然嘘ですがー。 「だから、ギンちゃんも直ぐに解ったんだよね。見たことあったから…」 「それで彼と接触したと?」 「あれは偶然よ?ナンパされただけだし。」 もちろん半分以上は嘘ですよー。 「アタシ、アナタの言う事を鵜呑みにする程…」 「お人よしでしょ?浦原喜助って男は。」 「サン、この際お互い腹割って話しませんか?」 「疑ってんだ…こんなか弱い乙女なアタシを…」 「………。」 間違いない、ものっそ疑っとる!!!! 仕方ない、今度こそ奥の手で黙らせるか。 ぶっちゃけコレで黙らなかったら後はもう逃亡するしか道はない。 「真血だっけ?アタシも一護も。」 「っどこでそれを!?」 「や、だから見たんだってば…誰かってのはハッキリ覚えてないんだけど、そんな事を話してる誰かを見たの。」 「その血のせいじゃない?アタシ子供の頃から夢見てたから…」 「行った事もない、聞いたことのない場所の夢まで見たと?」 「うん、この先起こる事も…」 「その事、市丸ギンに話しましたか?」 「ギンちゃんに?話してないけど…なんで?」 「ならいいっス。まぁ…仕方ないが信じる他ないようですよアタシも。」 いやだから信じてくれないとこれ以上の弁明も言い訳考えるのも面倒だから!! 「じゃ、もう帰っていい?ってか親父には絶対言わないでよ?知らないんだから…何も…。」 「解ってますよ。アナタに接触した事がバレたらアタシがどうなるか…」 確かに、目に入れても痛くないとキッパリ言い切ってるし? そんな、箱入り息子や娘が得体の知れんっつーか、 関わりを絶ちたい尸魂界関係者と逢ってるって知ったら…ガクブルだわ。 「三枚卸しにされるよ確実に…」 「カンベンしてください…。」 「あとさ…」 「何っスか?」 それよりも大切な事があった。 まだ知られる訳にはいかない事を口止めするのが先だったー! 「一護にもルキアにも内緒にしといてくれないかな…」 「どれを黙っていろと?」 「全部…。アタシが浦原さんとこうして逢った事も含めて。」 「いずれ知れるんじゃないっスか?」 いずれ知れる時に知れる分には構わない。 そうじゃない、他者の口からだとかこの時期に知れる事が早いと思えた。 「まだ先じゃないと…だめだと思うから…ダメ?」 「っそれは…構いませんが…。」 「なら安心して家に帰れる…かな?」 「もう一つだけ、いいっスか?」 「何?」 「アナタ、力は他に…」 「ん〜…多分まだ今のところはこの程度だと思う。」 「今のところ…っスか。」 「まぁ多分…もう少ししたら…お世話になると思うから…」 「お世話?アタシのっスか?」 「うん、浦原さんのお世話になる時が必ず来るからその時は…」 「その時は?」 「遠慮しないで一護を娶りなさい!」 「………………………今日のところはお引取り願えますか?」 「さようならぁ^^^^^^^^^^」 勝った。 呆れを通り越して困り顔を浮かべる浦原さん。 アタシの大胆発言に、もしかして心揺れてるのかもっ!ってのは冗談だけど。 「あ、テッサイさんご馳走様でした。」 「大したお構いもせず…」 「お茶、美味しかったです。」 一応、浦原さんに挨拶は済ませた。 丁寧な対応に美味しいお茶をご馳走してくれたのはテッサイさんだし、 アタシはテッサイさんへの別れの挨拶をこれでもか!って位丁寧にして、 何か遠巻きにアタシとテッサイさんの様子を見てる浦原さんの方に向き直り 「それじゃ…喜助さんまたね!」 「っ!?…ええ…また。」 苗字じゃなくて名前で呼んで手を振ったらものっそ驚いた顔になった。 おもしろい反応するなぁ…なんて思い出しながら、アタシは ドえらい事になる前に浦原商店を訪れ、乗り切った自分を褒めながら家へと歩き出した。 将来、義理の弟になるんだから苗字呼びより名前呼びよねっ!うん、さすがだわアタシっ! そして、帰宅したアタシを待ち受けていたのは 「悪ぃ杏子、これ洗濯してくんねぇかな…」 ドロッドロに汚れたヌイグルミを申し訳なさそうに手渡し 「出来たらふんわり仕上げで頼む…。」 気まずい視線を宙に漂わせる我が弟一護の出迎えであった…。 -------------------- 2008.09.19 ← □ →