本.10


この世界で、アタシが””じゃなくて”杏子”として生きているという事を現実として受入れてから、
アタシはずっと毎日この先起こる事を考えていた。
次に何が起き、どんな事になるか?を考え、なるべく関わらないよう、話を変えないように
努力し続けていた。

そんな日々の過ぎる中、その日だけは考えなくとも思い出す事が出来た。

その日が近付くにつれ、家族の誰もが明るく振舞い、無理をして笑いその日を向かえる。
そしてアタシはその日をいつも一人で過ごす。

「大丈夫か?」
「いつもの事だしね。それより一護…」
「何だ?」
「気を付けて。無茶はしないように!」
「何だよそれ…。」
「あと、ぬいぐるみ…持ってくの忘れないようにね?」
「………判った。」
「あと、えーっとそれと…」
「あーっもういいから!お前は寝てろっ!」
「うん、それじゃホントに気を付けてよ?」

母の命日、黒崎真咲という一人の女性が命を落とした日。
家族は揃ってお墓参りに行く中、アタシだけが家に残る。
正しくは、アタシは何故かその日になると熱を出し動けなくなり、結果一人家に残るハメになってる。
それが、何を意味するか?過去のアタシは考えた事はなかった。
家族が出かけた後、一人残ったアタシはベットの上でそれを考える。

5年前の今日、母はアタシと一護を庇い命を落とした。
あの日、もしアタシと一護が河原で子供を見つけなかったらこんな事にはならなかった。
人と、人じゃない者の区別が付かなかったアタシと一護が、
人ではなかったあの子供に気付かなければ、母は命を落とす事はなかっただろう。
アタシ達を庇い、冷たくなっていく母の身体に縋り泣いたアタシと一護はあの日あの場所でアレを見た。

不気味に笑う子供と、その後ろに立つ巨大な影

それを目にした瞬間、アタシも一護も母が死んだのではなく殺された事を悟る。
もちろんそれを親父に言う事は出来なかった。
妻を亡くし、四人の子供を一人育てる事になった父に、それを言える筈はなかった。
人には言えない最初の【秘密】。
アタシと一護はそれを他言する事なく今日まで来た…が。

一護は今日、アレと再び出逢う事になる。

母を殺したあの虚が、家族を襲い一護は守る為にアレと戦う。
それなのにアタシは何も出来ず、身を案じる事しか出来ないのは不甲斐無いという他はなく。

「何でアタシだけ…?」

後付された存在だからアタシはこの日を動けずに過ごさなければならないのだろうか?
それとも、アタシはあの場所に行ってはいけないのだろうか?
母が死に、小さな骨の欠片となってから、アタシは一度も母のお墓へ行った事はない。
今日という、命日以外で行こうとしてもやっぱりアタシは行けなくなった。
熱を出したり怪我をしたり、何かに阻まれるようにアタシはあの場所へ行く事を邪魔され続けた。

「やっぱ何かあんの?」

受入れたものの、出来すぎた事に疑問を持たない訳じゃない。
黒崎杏子の記憶が、自分の物としてアタシの中にある事が、素直に受入れられる事自体、
本当ならありえないのかもしれないというのに。
それなのに、アタシは何故かそれをすんなりと受入れた。
杏子ももアタシに変わりなく、アタシである、と。
共有でもなく、それが間違いなく自分の物である、とアタシは受入れて今を生きてそれで?

「どうなるのかなぁこれ…」

ありえない、と思いながらも考えてしまうその二つ。
母のお墓に行けない事と、自分の中にある自分じゃない自分の記憶。
その二つは何処かで繋がってるんじゃないか?そんな気がして。

「はぁ〜…」

天井の、木目を数えながら溜息を付いて、
丁度1583つめまで数えた所でそれに気付いた。
階段を登ってくる気配。
自分以外誰も居ない筈の家の、
一階から階段を登ってきた気配がアタシの部屋の前で止まるのが判った。

「誰かいるの?」

その気配に危険を感じないのは、ドアの前で止まった気配がもしやのものだったから。

「誰デスカー?」

いやでもまさかね?
いくらなんでもワザワザ玄関から入って階段上がって来る必要は…ないんじゃない?
と、思ったんだけど。

「こんにちは、お久しぶり?」
「どうだろうねぇ…久しぶりな気がしないでもないんだけど…」
「お邪魔させてもろてええやろか?」
「既にお断り無く侵入してる時点でその台詞は無駄だと思うよギンちゃん…」

今度は玄関から不法侵入ですか!?なギンちゃんの、またまたまたまた4度目(?)の登場となった。





「今日は誰もいてはらへんの?」
「見た通りですよ、ええアタシ一人お留守番なのです。」

ベット横、机に付属の椅子に座りギンちゃんはニコニコしてる。
全くこの男は何が楽しくてそんなにニコニコしてるんだろうか?
タダでさえ細い目が糸じゃん糸!!
それよりも!だ。

「で?今日はどーしたの?」
「どーした?て言われてもなぁ…通り掛かったついでに顔見に来たんやけどアカンかった?」
「いやアカン事はないけど…」

あれか?次ルキアが強制連行されるまで暇だからプラプラしてんのかしら。
てかその暇をアタシで潰そうとするの止めてくんないかしら。
ただでさえ!不審者扱いなのに!!
もしまたギンちゃんが侵入してる瞬間とか目撃されてたらどーしてくれんだろ。。。

「それより今日はえらい大人しいけど熱でもあるん?」
「どんなだよそれ…アタシが大人しいと何で熱ある訳!」

と、突然アタシの視界を覆う影。
それは、ギンちゃんの大きな手で

「熱あるみたいやねぇ…どおりで大人しいはずや。」
「ギンちゃんの中にあるアタシってどういうのか聞いてみたいもんだわ…」

額に乗せられた手はヒンヤリとして、それが凄く気持ちいい。
うーん、出来れば交互に乗せていただいて熱を取ってくれると有難いなぁ。なぁんてな!!

「あのさギンちゃん…」
「何?どないしたん?」
「いつまでも手、乗せられてたら熱いんだよ!汗かくわっ!!」
「ほなこっちの手で…」
「いやいや結構デスヨ!遠慮しておきますからっ!」
「こんな季節に風邪引いたん?ちゃんてもしかしてアレなん?」
「バカは風邪引かないとか抜かしたら叩き出すからね?」
「そんな事言わへんよ?」
「夏風邪はバカが引く…とか言ったら追い出すよ?」
「せやからそんなん言わへんよ。」
「なら何デスカ!!」

熱=風邪って決め付けんじゃねーぞ!風邪じゃねーっつーの!
じゃ何だ?うん何だろう…知恵熱?や、違う違う。

「あのさ?風邪じゃないし!疲れ過ぎて熱出ただけだから!」

むしろ何故そこまで風邪を否定したいんだろうアタシは。
バカと思われたくない?
いや違う、だって風邪じゃないから風邪って思われたくないから!!
いやいや何か違うぞー?
あっれー?

「なぁちゃん、僕がいつから居ったか知ってる?」
「へ?」

まぁたイキナリだなヲィ!
ギンちゃん得意の話題の180度転換で、アタシはマヌケな声を出さざるを得ない。

「いつから…ってさっき下から不法侵入じゃ?」
「実はな?違うねん。萱草色の髪の男の子おったやろ?」
「かんぞういろ…ってどんな色?」
「夕焼け色?橙いうん?」
「あ…って随分前じゃねーか!どこにいたのよっ!」

コノヤロウ!具合が悪くて寝込んでる乙女の部屋を覗き見するなんざ拝観料取るぞゴルァ!!

「窓の外、中覗いたら何や随分難しい顔して話しこんでたさかい…」
「嘘つけ!窓の外何もいなかったし!!」
「窓の外の上から覗いてたんよ。」
「随分いい加減だなおい…。」
「まぁそれはええやないの、それで…」

窓から入ろうとして、一護が(顔は見てないらしいが)居たから遠慮して入ってこなかったというギンちゃん。
いやむしろそのまま帰っていただいても問題なかった。
帰らずに玄関から不法侵入のほうが問題アリじゃないかっ!

「で?結局ギンちゃん何が言いたいの?」
「よー判らんのやそれが。」
「なら黙ってれば?」
「ちゃんは辛口やなぁ…この間、僕の事好きや言うてくれたのに。」
「まてまてまて!好きって…言ったっけ?」

言ったけど、確かに言ったけど何か違うんじゃね?
アタシの言った好きってのは、犬猫が好きと同等の好きであって特別な意味はないし。

「あれから僕なぁ、色々考えたんや…」

だから!余計な事は考えなくていいからっ!
ギンちゃんの醸し出す雰囲気がヤバイ。
何かこうヤバイ!よく判んないけど何かヤバイーーーーっ!
またコイツ、あのお約束の台詞を言い出すんじゃないだろうか?と思ったら案の定だった。

「やっぱな?ちゃん僕と一緒に…」
「スタァーーーップ!あのさギンちゃん。アタシは絶対一緒に行かないから。判る?」
「せやけどな?僕と一緒に行ったら面白いと思うんや…」

それはアンタだけだろうがっ!アタシは全っ然面白くないっ!

「なぁちゃん。何でそんな僕と一緒に行くの嫌がるんや?」
「や、アタシじゃなくても絶対嫌がると思うんですよそれ…。」
「そやろか?」
「絶対そうだから!!!何なら誰か誘ってみたら?乱菊さんとか乱菊さんとか乱菊さんとか!!」
「何で乱菊なん?」
「何で?ってアンタ幼馴染でしょ?
 一緒に過ごした幼少時代。幼馴染だった関係が大人になって微妙に変化して
 それに気付かない二人はすれ違いを繰り返し、そしてある時ふと気付く。
 嗚呼、彼女は(彼は)単なる幼馴染じゃない、幼馴染だから気になるんじゃない好きだったんだ
 好きだから気になるんだ木になるんじゃないよ気になるんだよ?みたいな???」

やっぱさ?ギンちゃんは乱菊さんが好きなんじゃないか?って思う。
個人的希望を述べるとしたら、藍染とか日番谷シロちゃんでもいいけどさー。
別れの時、乱菊さんに謝った時のギンちゃんの表情にアタシはそんな気がした。
(出来ればその相手は♂であって欲しいが)

「幼馴染なんかそれ以上にもそれ以下にもならへんよ?」
「そんなもんかねぇ…」
「そんなもんなんやで?それよりちゃん、自分さっきより…」
「何?随分顔色良くなってきた?」
「その逆や!ごっつ青い顔してるけどどうもないんか?」
「気のせいじゃない?」
「鏡どっかにあらへん?」
「机の引き出しにあるけど…」

アタシの顔色って今どうでもよくね?
アタシ的には今最も重要なのは君の相手が誰なのか?なのだよ…。
それなのにギンちゃんは慌てて机から鏡を取り出しアタシに手渡して顔を見るよう急かす。

「げ…何これ…」
「僕がおるから心配せんでもええよ?万が一の時はちゃんと魂送したげるから。」
「いらんわっ!!!!」

鏡に映るアタシの顔は、真っ青っていうかもう真っ白っていうか、よー判らん状態だった。
人間ってのは現金なもんで、それを見た途端に具合の悪さを自覚したというか何というか。
自分の尋常とは思えない顔色に、頭を掠めたのは一護の事で。

もしかした今この瞬間、一護はあの虚と対峙しているのかもしれない。
傷付きながらも向かっていく一護の姿が知識としてではなくリアルに頭に思い浮かぶ。
途端、胸に不安が渦巻いていく。
夏梨と遊子を襲い、一護を傷付ける虚は結局逃す事になる。
そして一護は求めるのだ、より強い力を守る為に。
それなのにアタシはこんなトコで何をしているんだろう。
そう考えたら本当に情けなくて。

「寝た方がよさそうや、大人ししてちゃんと寝なあかんよちゃん…」
「ギンちゃん?」
「僕がおったら寝られへんやろし、帰るわな。」
「……ゴメンねギンちゃん。」
「その代わり、また来てもええ?」
「不法侵入じゃなかったらね…。」

多分ギンちゃんは気付いたんだろう、アタシが何か違う事に意識を取られ、
それに意識を向けすぎてこうなった事に。
大人が子供をあやすように、アタシの頭をポンポンっと軽く撫で、ギンちゃんは姿を消した。
そんなギンちゃんの気配を、追えるとこまで追って気付く。

「………何でまた玄関から出てくんだよ全く。」

それでも、感謝すべきかもしれない。
一人で過ごしたくなかった今日を、アタシは初めて一人じゃなく過ごせたのだから。





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2008.09.20