本.13 『ただいまもどりました…店長…あのっ…これ…』 まぁ、こうなるんじゃないか?って予感はあった訳だが。 案の定ウルルが彼女…さんを連れて戻って戻る事はなかった。 小さな手に白い箱を持ち、うれしそうな顔でアタシへとそれを差し出したウルルは 『黒崎杏子さんはやはり来てはくれませんでしたか。』 『ごめんなさい店長…』 『ウルルを責めてる訳じゃないっスよ。まぁ…アタシのミスみたいなもんだ。』 アタシの言葉に一瞬で表情を変え、今にも泣きそうな顔でアタシに頭を何度も下げた。 今回の彼女に関する件は、明らかにアタシのミスが原因だ。 何から何まで疑って掛かるのが悪い訳じゃないが、今回ばかりは相手が悪すぎた。 疑われた側が、あそこまで潔く引き下がるのは想定外で、アタシは正直 (揺さぶりさえすれば…) 何かしらの秘密を抱える者は、他者からの揺さぶりに弱い。 彼女もそうだとアタシが思い込んでしまったのが今回この状況を招いてしまった。 アタシの揺さぶりに、腹を立てた彼女の行動は通常であれば取るはずの、 誤解を解こう、というものではなくアッサリ身を引くというアタシの予想を超えたものだった。 つまりそれは、アタシという存在が彼女の興味から外れた事を意味する。 (少なくとも最初は…) 初めてアタシを見た彼女は自分では気づいてなかっただろうが、かなり動揺していた。 焦り・驚きに混じる、そこに混じる筈のない喜び?のようなもの。 まぁそれにアタシがついうっかりミスを犯したんだが。 ああいう手合いには下手な小細工は逆効果、という事はこの数日でハッキリした。 そうなれば残された道は一つ。 「ウルル、明日は行かなくていいっスよ。」 「店長!?」 「なに、怒ってるんじゃない、アタシが行く事にしただけっス。」 正面切って頭を下げれば話の判らない相手ではない。 アタシは、漠然とした考えでありながらもどこかでそれを確信して、自ら行動する事にした。 何というか、この姉弟…否、父親も含めこの家族は本当に判り易い。 よもやアタシが待っているとは思ってもいなかったんだろう 「ども〜…」 「…………ども。」 冷静を装ってはいるものの、隠し切れない動揺がさんの引き攣った笑顔からハッキリ伺い取れる。 「同行願えますかね?」 「今更何用だっつーの…。」 「まぁ、イロイロあるんっスよ。」 「早めで切り上げてもらえるなら…ね。」 それでも、さん自身アタシが諦めないって事をどこかで判っていたんだろう、 渋々ではあるものの了承し、大人しくアタシの後を着いて来てくれる。 が、やはり雰囲気というか空気が重い。 アタシも何から話していいか判らない上に、彼女の醸し出す雰囲気につい遠慮してしまい、 店に着くまでアタシ達は一切会話をする事はなかった。さらに、 「で?話は?」 無言のまま辿り着いた店の奥、居間に彼女を通したまではよかったが、 そこからの行動は彼女の方が早かった。 座るなり口を開き、さぁ早く用を済ませろ!と云わんばかりの目でアタシを睨むさんは、 さぁさぁさっさと言いやがれ! と、バシバシ卓袱台を叩いてアタシをせっつくんだが、正直そこまでされるとアタシだって傷付くんっスよ。 何もそこまでバッサリやらなくてもいいんじゃないんっスかね? 「ハッキリ申し上げた方がいいっスかね?」 「今更っしょ?これ以上何をハッキリ言おうってのよ。」 まるで手負いの熊…ってのは表現が悪いが、それしか上手い例えが浮かばないのは アタシのボキャブラリーが貧困な訳じゃない。 明らかに醸し出す雰囲気が、アタシに牙を剥いているのがその理由だが。 たかが人間の小娘一人に頭を下げる事位、どうって事はない。 確かに最初に判断ミスをしたのはアタシが悪い。 が、こうも敵対心剥きだしに威嚇されるとどうにも腹が立つというか、 素直に頭を下げる事が躊躇われてしかたない。 かといって、このまま彼女を野放しに出来ないのも事実。 厄介な相手に目をつけられ、取り込まれる位ならば先に取り込まねばこの先、 事態がどう転ぶかアタシですら予想は困難なのだ。 腹を括り、座る彼女の前に座りなおし、 「先日の非礼をお詫びしようかと思いまして。いやホント、申し訳ありませんでした。」 礼を尽くすべく帽子を取り、土下座をする形で深々と頭を下げれば案の定 「えっ!?いや…ちょっと…頭上げてってば!」 彼女は慌ててアタシの肩を押し戻そうとする。 やはり、正攻法が一番効果があった…かと思えば。 「男が簡単に土下座すんじゃねーよったく。で?今度は何考えての攻め方な訳?」 頭を上げたアタシを見据える彼女の台詞は真っ直ぐアタシの暗い部分へと向けられ、 「何考えて…って、単に先日の非礼を詫びようってだけっス。」 「あのさぁ、アタシ言ったよね?浦原喜助ってのはそんなに甘い男じゃないって。」 「言いましたね、確かに。」 「そんな男が何もなしにただ詫びるだけだって土下座紛いの事するとは到底思えませんのよアタシ。」 隠し事を持つ人間とは思えない、真っ直ぐに相手を正面から見据える彼女の視線に、 アタシは自分の方こそが甘い考えを持っていた事を思い知らされる。 彼女はある種自分と同じ側の人間だ。 自分に疑いを向ける相手など簡単に切り捨てる事ができ、 それをしても尚、守らなければならない秘密を抱えている…のかもしれない。 単に、今後のアタシの邪魔になるようならば…と思っていた浅はかな考えなど、 やはり彼女には判っていたのだろう。 「本当にアンタが自分の非礼を詫びたいんなら、アンタの本気見せてよ。」 彼女に対して、腹など括る必要などなかったのだ。 必要だったのは括るではない、腹を割って手の内を晒す事が大切だったのだ。 「判りました。アタシ腹ぁ括ったつもりだったんだが間違いだったようだ。」 「へぇ〜…。」 「この際、腹ぁ割って話ししようじゃないっスか。」 「なるほど…。」 「それで構いませんかね?」 「今更そんな事言われてもね、アタシ相当ムカついた訳だし…。」 「なら、どうっスか?アタシ、大人しく一発殴られますんでそれでチャラって事に…」 「本気なの?それ…。」 「男に二言はないっス。」 「………判った。なら遠慮なく一発殴らせてもらうわ。」 そう、アタシが括った筈の腹を解き、 割って話す事を選んだ時から彼女の表情は柔らかいものへと変化していた。 彼女は最初からそれを望み、そしてアタシがそれを選んだからこそ会話の途中から表情が柔和したんだろう。 がっ! 「………ゴメン。」 「………いえ。」 喰らうのは平手打ち程度と踏んでいたアタシ。 やはりここでも自分の考えの甘さに、事態が起こってから気付く訳だが。 よもや、平手打ちではなく握り拳が飛んでくるとはさすがのアタシも想像してなかったっスよ…。 -------------------- 2008.11.04 ← □ →