本.15


『ニャァ…』

その、一鳴きと共に現れた一匹の黒猫。
見た目は猫だがそれは仮の姿、中身というか元の姿は人でありアタシの幼馴染でありそして、
共に尸魂界から逃れてきた共犯のような人物なのだが。

「いらっしゃい夜一さん。」
『ニャァ〜…』

四大貴族四楓院家22代目女性当主であり、
元隠密機動総司令官及び同第一分隊刑軍総括軍団長、護廷十三隊二番隊隊長四楓院夜一。

さて、夜一サンの目にさんという人物はどのように写るだろうか?

「可愛い〜〜〜〜!!」

いやそれ以前に、だ。
アタシや市丸ギンの過去、そしてこの先起こるであろう未来の事をも知るさんが、
何故夜一サンを見て普通の反応を示すのか?アタシには判らなかった。
動物好きが示すであろう、普通の反応で夜一サンに接するさん。

もしや、夜一サンの事に関してだけはさんも予測出来なかったのだろうか?
じゃなければ、近付いてきた夜一さんの足を素早く捕らえたかと思えば、
いきなりその足を左右に開いてその…何と申しましょうか、
猫をご開帳とでも表現すべきなのか、まぁそういう事っス。

「女の子なんだね夜一さんって…」

ようするに、夜一さんの正体を知っていれば絶対に出来ないであろう事を成し遂げたさんは、
満足したのだろう暴れる夜一さんを抱き上げ、その背に手を這わしていた。
敵対心剥き出しの猫を、宥めるよう優しく。

そして、怒りを納めたのだろう夜一サンの方はというと、
アタシをこれでもか!って位睨んでまして。

「あの、さん…」
「なにー?」
「その、夜一サンの事なんスけど…」
「何!?もしかしてアタシに預かって欲しいの!?」
「いや、アタシは…」
「OKOK!どーんと任せてっ!夜一さんはアタシが責任をもって預かってあげるから!」
「いえ、そうじゃないんっスよ!」
「よし、夜一さん帰ろっか!」
「あの、さ…」
「今晩一晩だけ?」
「…………お願いします。」
「じゃ、また明日ね〜バイバーイ!」

あれよあれよという間に、何故か夜一サンは黒崎家滞在が決定し、
9割強引いやむしろ拉致!?の形で連れ去られたんっス。

「ノリは普通の女子高生なんっスけどねぇ…。」

今は大人しく拉致されて行ったが、夜には戻ってくるだろう夜一サンに
アタシ一体どんな仕返しをされる事になるやら。




















「杏子姉ェどうしたのその子!?」
「可愛い〜!杏子姉ぇ、その子抱かせて〜〜!」

夜一さんを連れ、帰ったアタシを出迎えてくれた夏梨と遊子はおおはしゃぎ。
動物など飼ったことのない我が家にやって来た初の猫の扱いはそりゃもうお猫様!?といった感じで。

「杏子、その猫は一体…」
「預かってきたの、友達に頼まれてさぁ…」
「その…っその友達ってのは勿論おんn…」
「男だけど?」
「許さん!お父さんは絶対に許さんからなっ!一護っ!一護はどこだっ!?」

親父一人違う方向で盛り上がってるけどそこは当然家族全員でスルーする事にして、
アタシ・夏梨・遊子の女三人で夜一さんを接待すべく晩御飯の支度に取り掛かってる訳なのですが、
猫相手にそこまでするか!?そんな過保護っていうか、接待ぶりに一護もやや呆れ顔を浮かべてた。

(だってねぇ…中身は…)

相手は貴族様なんですから?そりゃ丁重におもてなししますよ!
まぁ、喜助さんの前では(夜一さんの前でも)気付いてないフリしたのは確かだけど。

猫だと思い込んでる相手の目の前で、人に戻って見せて驚かせるのが好きって公言してた夜一さん。
ぜひ何も知らないフリして猫扱い(そしてご開帳)してみたかったし?
いやいや、大股開かされて暴れる夜一さんの反応はなかなかどうしてとても面白かった、うん。
でも、相当怒ってた臭いし後でバレ時はアタシ、
どんな仕返しされるんだろう今更になってちょっとだけ怖くなってきたぞヲイィ!

ま、けどそん時ぁそん時だ。

夕食を終え、後片付けを済ませ、アタシ・夏梨・遊子で意気揚々と夜一さんをお風呂へ連行
交代で夜一さんを洗いまくり(ようは3回も洗われた夜一さん)、ようやく落ち着いた就寝時間前。

「杏子姉ぇずるい〜!」
「だってアタシが預かってきたんだもーん。」
「ずるい…絶対杏子姉ェずるい!」

誰が夜一さんと一緒に寝るか?で散々争った結果は当然勝者アタシ。
そりゃだってアタシが連れて来たんだし、まぁ目的も無しに連れて来た訳じゃないしね。

「じゃ、おやすみ遊子、夏梨。」
「「おやすみなさーい…」」

ゴネる可愛い妹二人をどうにかベットに押し込んで、
アタシはようやく夜一さんと二人きりの時間を得る事になった。





















「ねぇ夜一さん、やっぱさ?何事も体験しないと判んないもんよね…」

喜助が言っておった不審人物は、どこにでもいるごく普通の少女だった。
父親があの黒崎一心をである、という事はのぞいてだが。

流石に出会い頭のあの行動に関しては儂でも驚いたが、
それ以外の扱いはとても猫相手とは思えない、丁寧かつ親切なものであった、この少女然り妹然り。

それが夜、ようやく落ち着き寝床へと儂を招き入れた少女は、
猫相手にポツリポツリと語り始めた。
まるで儂を猫とは思っていない、儂に話し掛けるように語る少女。

(黒崎杏子、といったか。喜助は”さん”とも言っておったかの…)

彼女の言う、体験しなければ判らない事とは一体何であろうか?
儂は、儂を腕に抱く少女の言葉を一つも聞き逃すまいと、視線を宙に漂わせるその瞳を見つめた。

「生まれた世界、いる筈だった世界にもう二度と戻れないってのは…辛くはないけど結構堪えるよねぇ…」
『ニャァ〜…(それをお前は体験したというのか?)』
「例えばさ?待ってる人が居たらそれは余計辛い事なんだよね…」
『ニャァ…(儂を待つ者…か。)』
「でも、待ってる人が居ないってのもさ、悲しいもんなんだよね、以外とさ。」
『ニャァ〜…(喜助を待つ者は…)』
「この世界は優しいけど…それでも長い時間一人で過ごすのって嫌だよね。アタシには無理だ…。」
『ニャァ…(やはりこの娘は…)』

おそらく、少女の頭に浮かんでいる浮かべているであろう者は喜助なのやもしれん。
しかし、何故この少女が喜助のそれを憂う必要がある?

「悪人じゃないのは判ってたけどさぁ…あんなイイ人ってのも…困るなぁ…」

宙を漂う視線が虚ろになり始め、零れ出す言葉も徐々にあやふやなモノになっていく。

「アタシは…やっぱり家族が一番で…」

儂の背を、撫でるその手から伝わるのは温もりと優しさ。

「退屈しないなら…良かったのに…」
『ニャァ…(退屈?)』
「やっぱり悪い奴じゃないのに…どうして上手くいかないの…」
『ニャァ…(喜助の事ではない…?)』

そういえば、この少女はあの男とも接点がある、と喜助は言っておった。
取り込まれる前に取り込まねば、予測不可能な事態になる、とも。
あの浦原喜助にそう言わせたこの少女はもしかすると?

(本当にどうにかせねばならん者だと?)

あの市丸ギンが興味を示したという事自体、おかしな事だった。
飄々としているようで、実は何を考えているか?を一切悟らせる事のないあの市丸ギンが、
この少女に興味を示した。それはつまり

(そう成り得る者は他にもあるかもしれん…という事か。)

事実、この儂ですらこの少女に興味を抱いた。
どこか喜助に似ているこの少女は、儂の知る限りあの市丸ギンにも似た点がある。

(早々に手を打たねばマズイ事になる…か?)


儂が夜中、抜け出す事を想定していたのだろう窓を少し開けたまま寝床へ入った事自体、
この少女の持つ何かを急ぎ知らねばならん、という懸念を抱かせる。

規則的な寝息から、少女が寝入った事を確認した儂は、喜助が待つであろう店に戻る事にした…。




















「のう喜助よ…」

アタシの思った通り、夜一サンは深夜抜け出してきたようで、
そろり部屋へと入り、姿を戻した途端アタシに驚きの事実を告げた。

「あの娘…」
「サンっスか?」
「思いのほか着痩せするタイプのようじゃ。」
「……………。」
「……………何じゃその目は。」
「いえ別に…。」

夜一サン、アナタ一体何観察してきたんっスか…。





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2008.11.07