本.16


「こんにちは〜!」

放課後、アタシは浦原商店を訪れた。
その理由はただ一つ。

「いらっしゃいませ、昨日は夜一サンがお世話になりまして…」
「あ、全然!楽しかったし妹達も喜んでたから〜…ってそれはいいんだけどさ、あの…」
「何か問題でも?」
「その…夜一さん…何か言ってなかった?」
「何か…とは?」
「いや、ほらそのイロイロあるでしょ?」
「イロイロ…と言われましてもねぇ…」

アタシがこうして浦原商店にワザワザ足を運び、夜一さんの様子を伺うには訳がある。
実はアタシ、昨夜の事を全然覚えてなかったりするんです、ええ綺麗サッパリ。

夏梨と遊子のおねだり攻撃から夜一さんを確保、自室へ連れ込んだまではよかった。
うん、そこまでは良かったんだけどそこからがマズかった。
ベットに入る前、トイレへ降りたアタシの目に留まったのは無人の居間で、
丁度親父が一人晩酌でもしてたんだろう、テーブルにはこう…非常に喉を潤してくれそうな
泡のキメ細やかなビールがありまして。

や、判ってるんだ、判ってはいたんだ…けど、如何せん中身っていうか””なアタシは
未成年どころか十分立派な大人で、そのビールを目撃した瞬間こうゴクリ喉が鳴って。

ぷっはぁ〜うんめぇ〜〜〜〜!

そう口走った瞬間、はっ!?っと我に返ったときにはコップは空で、
証拠隠滅にコップにビール注いで逃亡した訳なんだけど。

自分の今の身体が未成年でアルコール耐性のない綺麗な肝臓だってのをド忘れしてた。
そのお陰で、部屋に戻った時には半分意識がなかったっていうか、
ようするに何も覚えてねぇ!!!って状態だった。

朝起きてみりゃ夜一さん居ないし?部屋の窓は開いてるし?
アタシ、寝言だとか何かでうっかり変な事口走ってないかなぁ…と、
それを探りに来た訳だ、ハハハ!!!

「その前に伺っていいっスか?」
「何を?」
「夜一サンが何か、っていうのはつまり…」
「え?あ…………。」
「サン、夜一サンの正体ご存知だったんスね。」
「………ゴメン。だって…猫の夜一さんからかったら面白いかな?って。」
「まぁ…特に何も言ってはいなかったっスよ。」
「ほ、ほんとに??????」
「………ホントっスよ。」

何かなぁ、こう泳ぐ視線が嘘だって言ってるようなもんなんだけど、
っていうかアタシを直視するのを避けてるのは気のせいだろうか?

「きーすーけーさん?」
「っハイ!?」

身を屈め、帽子に隠れる顔を覗き込むようにして名前を呼べば、動揺しまくりじゃねーか。

「何か隠してない????」
「や、隠してないっスよ?」

キョドってる自覚ないのか、喜助さんは。

「バレバレなんだけど…。」
「そ、そうっスか?」
「ま、別に構わないけどね…。」
「それよりサン…」

と、キョドってた喜助さんは突然アタシの肩を掴み

「な、なんでしょう…か?」
「非常に申し上げにくい事なんスけど…」
「そこはハッキリさっさとお願いします!」
「もし、もしも…」
「はい、何でございましょう。」
「もしまた夜一サンが来たら一緒の入浴だけは避けて下さい。意味判らんわ!!!!

と、まぁそんな謎めいた会話はそこで終了、アタシは店先から居間へと上がりこみ
テッサイさんの特製茶菓子に舌鼓を打ちつつお茶を啜ってんだけど、

「サンは…一護サンのように死神化出来ると思いますか?」
「誰が?アタシが???」
「そうっス。」

ふざけた(?)会話から一転ごく普通な(?)会話へと自然に変わる。

「どうだろ…一護はルキアの力でああなったんでしょ?」
「ええ、朽木サンの力で死神化出来るようになった訳だが…」

いきなり何言い出すかと思ったら、ホントいきなりだよねぇ。
冷静に考えても答えは判ると思うんだけど。

「無理じゃない?普通…。」
「ええ、普通は無理っス。」

キッパリ言い切ってんのに聞くってのはつまりアレか?

「喜助さんはアタシの事普通じゃないって言いたいんだ…」
「いや、そういう意味じゃないっすよ!?」
「アタシの事変態だと思ってたんだ…。」
「そっちの意味でもないっス!」

多分、喜助さんはこう聞きたいんだろう。

一体どんな能力を隠してるのか?って。

お互い腹は割った。
蟠りも捨てて壁も取っ払って、名前で呼べる最初の時みたいに戻った。
っつってもその最初ってのもつい最近の事だから、そんな深い関係じゃない。
だから喜助さんはハッキリ口に出せず、
それでも知りたい知っておかないとマズイって感じてそれで…。

「ギンちゃんは、一緒に行かないか?って誘ってくれたんだよね…。」
「っ!?」
「そりゃもう何回も、会う度にそう言ってくれんの。」

開けっぴろげっていうか、率直っていうのかは判らない。
けど、ギンちゃんのアタシに対する言葉に嘘が無いって事だけは判る。

「サンは…どうなさるつもりで?」
「行く訳ないじゃん。アタシが居るべき場所、アタシの居場所は…」
「サンの居場所は一護サンの所っスか?」
「当然でしょ。アタシの居場所じゃない、アタシが居る意味がそれだもん。」
「アタシじゃサンの考えは判らないが…一緒に行く気は無い、と?」
「しつこい男は嫌われるよ?喜助さん…。」

実際ギンちゃんもしつこかった。
実は、あれから(いつだっけか?)ギンちゃんとは一度も会ってない。
そう、会ってはいないんだがお使いが来てたりする。
ああいう物を私用に使用しちゃいかんだろ!と、最初は言ったんだけど

『ちゃんが気にする事やあらへんよ』

そう言って、伝書鳩ならぬ伝書地獄蝶がちょくちょくヒラヒラ舞って来るんです。
他愛の無い言葉。
その最後に必ずギンちゃんはそれを残す。

『一緒に行かへんか?』

けれどアタシがそれを受け入れる事はなかった。
もちろん何をどう言われ様が受け入れるつもりはないし、絶対にありえないって断言できる。
アタシは何があってもどうなってもあちら側に行く気は一切ない。

「ギンちゃんにはちゃんと理由も言って断ってるから心配しなくて大丈夫よ?」
「サン…アナタ…」
「アタシが向こうに立つ事は絶対ありえない。」
「じゃあもしも、一護サンがアナタを拒絶するような事があったとしたら…」
「そんな事ありえないし〜!」
「例えば、の話っス。もしも、だ。もし一護サンが…。」
「っ家族がいるもん…一護に拒絶されても…お父さんや夏梨や遊子がっ…」

だから、もしも?なんてあやふやな事で迷う筈もない。と、思ってた。
けど、こうしてその”もしも”って想定を想像させられたアタシは、

「サン、大丈夫っスか!?」

自分の声が震えてる事にも、喜助さんが心配して声を掛けてくれた事にも気付かない程動揺していた。

もしも、もしも一護がアタシの隠してる事を知って、アタシを拒絶したら?
もしも、もしも親父や夏梨や遊子が全てを知ってアタシを拒絶したら?
もしも、もしもアタシという存在そのものが、この世界に拒絶されたら?

もし、そうなったらアタシは何処へ行くんだろうか。
黒崎杏子という人間が拒絶される事はなくても””であるアタシに絶対は無いかもしれない。
そうなった時、アタシはどうなるんだろうか?
存在が否定され、それでもこの世界に留まる事を許されるのだろうか?

””である事しか知らない、””であるアタシをあの銀色の死神は誘ってくれた。
アタシに何があって、何を隠してるかも知らないギンちゃんは、
それでも””であるアタシに一緒に行こうと言ってくれた。

「アタシは…アタシはっ…」

そうなった時に、ギンちゃんに一緒に行こうと言われら、アタシはそれでも拒絶できるんだろうか?

アタシは初めて、自分が立っている地面が本当は脆くて壊れやすい物だという事に気付いた。
アタシの信じる絶対が、絶対じゃなくなる瞬間に、一瞬で消えてしまう程脆い物だと知ってしまった。

「どっ…しよ…アタシっ…ど…うすれば…」

この世界はもうアタシにとっての現実で、この世界だけがアタシの居場所で。
その世界に拒絶されたらアタシは居なくなる他ない。
優しい家族がいて、友達がいて。
””であるアタシが居た絶望した世界とは全然違う、アタシの居場所があるこの世界。
しがみ付いてでも離したくないこの場所に、
アタシを繋ぎとめてくれる者が一人も居なくなってしまったら…アタシの全ては終わる。

そんな恐怖にアタシの身体の震えは止まらなくなった。
溢れる涙も止まらなくて、ボロボロ泣いてるっていうのに、
アタシはその全部に気付かなくて、

「すいませんでした…」

喜助さんが何度も何度も謝りながら、
アタシが泣き止むよう、繋ぎとめてくれようと、
包み込むように優しく抱きしめてくれていた事にも気付かなかった…。





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2008.11.19