本.19


目覚めは最悪だった。明け方の数時間も寝られず
泣き腫らした目は真っ赤で、

(こりゃマズイかも…)

鏡に映る自分の酷い顔に少し焦る。
こんな顔を見られたら、絶対に詮索される自信が沸く。
詮索で済めばいいが、あの親父に見つかったら大騒ぎに発展する恐れすらある。
冷たく冷やしたタオルで目元を覆い、何度も冷やしながら支度と二人分の弁当を用意し、
夏梨と遊子を起こして後を任せてアタシは登校には早すぎる時間に自宅を出た。










普段より早い時間の街。
いつもすれ違う人とは違う人の顔を見ることが新鮮で、
アタシの足は普段より軽く、気付けば学校までがあっという間の時間だった。
朝早い学校も静かで、おそらくクラスメイトの誰も来ていないだろうと教室のドアを開ければ

「珍しく早いんだね、おはよう。」
「おっ…はよう…。」

石田が既に席についていた。
真面目なのは知ってたけど、こんな朝早くから学校来てるってのはどうなんだ?
と思いつつアタシも席に着いたんだけど

「黒崎さん、今日の予定は?」
「予定?」
「放課後…」
「ああ放課後ね、特に予定はないから真っ直ぐ家に帰るつもりだけど…」
「そうか…ならいい。」
「???」

奥歯に物が挟まったような石田の物言いというか質問に、あの光景が頭を過ぎる。

(まさか…)

無茶苦茶で強引で、時間が動き出すきっかけになるアレを、
もしかしたら今日起こすつもりなんだろうか?

少し前に座る石田の背中を見ても、それがハッキリ伝わってくる訳じゃない。
けれど、いつもとは違う緊張感が漂うその背中に

(今日…やるつもりなんだ…)

何となくどことなく?その意思が見て取れた。

当たって欲しくない予感。
出来ればもう少し先、アタシの中の決意が固まるまで待って欲しかったけれど、
待ってくれそうにもない動き出した時間に、

自分がどうするべきか?
何をすべきか?
どうしたいのか?

という明確な答えに、アタシは未だ辿り着けずにいたのだった…。










「思い違いだった?」

放課後、アタシはぼんやり歩いていた。
正確には、考え事に気を取られすぎてぼんやりしていた、なんだけど。

アタシは石田が教室を出て、その後を追うように教室を出た一護を確認してから
教室を出た。
なのに未だ何も起こる様子のない、いつもと変わらない街の様子に首を捻らざるを得ない。

「アタシの…勘違い?」

今朝の、妙に真剣な面持ちの石田の様子に、今日アレが起こると思い込んでいただけに、
未だ何事も起こってない街にいささか拍子抜けというか、
気負っていた気持ちにゆとりが出来た。

「はぁ〜っ…少し考える余裕できたかも…」

たとえ1日でも、先送りに出来る事ならそうなって欲しかった。
あの事件とも言える出来事をキッカケに全てが動き出し、
そこからの流れが余りにも速すぎるから、だからこそ余計に1日が大切に思えた。

「余裕無さ過ぎんのかしら?アタシ…っ!?」

と、ひとりごちた瞬間、
空の割れる音、姿無き者の声が空座町の上空に響いたのをアタシは聞いた。





「はぁ…っはぁ…」

瞬発力はあっても持久力は皆無なアタシにとって、街中を走るという行為は
自殺行為に匹敵する。

息切れを通り越した息はもはや絶え絶え、という感じだろうか?

なんて余裕ぶっこいてる場合じゃない!
あの不気味な音が響いた瞬間、アタシの頭に浮かんだ事はただ一つ。
毎度不運ともいえる遭遇率でそういう事に巻き込まれがちな夏梨の事だった。

「はぁっ…ったしか…」

遊んでた空地で虚と遭遇して、そこに偶然逃げ込んだチャドと遭遇する夏梨。
そこにアタシが行ったとして何の役に立つ訳じゃないけど、
それでも行かない訳にはいかなかった。

あと少し先、もう少し先に空地はある。
重い足を引きずるように、歩いて…って状態になりながら
前に進んでもうちょっと、という所で

「はぁっ…はぁっ…った!?」
「っ杏子!?」

これも一種のナイスタイミングなんだろうか?な空地手前10mの場所で、
違う道から飛び出してきたチャドと偶然にも正面衝突。
そのままひっくり返りそうになる所をチャドの手に助けられる。

「杏子…どうしてこんな場所に?」
「っちゃど…空地にっ…」
「どうした?」

アタシは多分、空地に到着するのにあと5分は掛かりそうで、ともかく夏梨が心配で。
でもアタシじゃ間に合わないのも事実で、

「夏梨がっ…空地にいるのっ!」
「夏梨…?」
「妹がっ…だから…チャド!」
「判った。」

先に走って行くチャドの背を見送らなきゃいけない自分の不甲斐なさに
情けなさを感じつつも、
そんな事考えてる場合じゃない、と自分を叱咤し
息を整え、すぐ先に見える空地に向かってそして。

「夏梨!!」
「杏子姉ェ!?」

アタシの目に飛び込んできたのは、チャドのお陰で無事な様子の夏梨と、

「チャドっ!?」

何かを守る為に、その右手を変えたチャドの姿だった。










「おっさーーーん!大丈夫かおっさん!?」
「……ケガはないか…一護の妹…」
「ばかやろ…ケガしてんのおっさんだけじゃねーか…」
「そうか…そいつはよかった…」
「良くねぇだろっ!今ウチのヒゲ親父呼んで治療させるから…杏子姉ェ!おっさん見張ってて!」

チャドのお陰で夏梨は無事だったけれど、それが引き金だったのは明らかだった。
変化したチャドの右手はチャドが望んだからそうなったのかもしれないけれど、
素質があったとしても、キッカケがなければこうはならなかったかもしれない。
巻き込まれる事も、戦う必要も。

「アナタがそんな顔する必要はないっスよ。」
「それでもっ…」
「ともかく今は…」
「うん、判ってる…。」

どこからともなく現れた喜助さん達。
アタシは、喜助さんが気を失ったチャドを回収し、織姫の所へ向かうのを知ってる。

「一緒に行きますか?」
「アタシは…」

でも、アタシは
一緒に行くべきなのだろうか?
一緒に行った方がいいのだろうか?
まだ迷っていた。
自分の中で眠る力を認めるか?受け入れるか?どうするか?も。

だから一緒に行くか?と聞かれて直ぐに答えが出せなくて

「一緒に行きましょう、さん。」
「…………うん。」

けれどアタシの行く先を、喜助さんが決めてくれた事で漸く歩く事が出来た。
今はともかく、一緒に行こう…と。





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2008.12.14