本.20 『自分の目で確かめるといい、これから君達の踏み入れる世界を。そして…』 喜助さんの言葉の通り、アタシ達は一護と石田の戦いを廃屋から眺めていた。 チャドも織姫も、固唾を飲んでその様子を見つめ 「石田と…隣にいる一護は見えるか?ハッキリと?」 「うん。」 「そうか…俺にはかすれて見える。」 「ここから見ていてください…か。見て、それで選べって事なのかな?」 「…………。」 「あたし達の行く道を…。」 搾り出すような声で、それでも前を見て言葉を口にした。 今のアタシは2人と何ら変わりない。なのに何も口に出来なくて、 ただ黙って2人の様子を見てる事しか出来なくて。 「茶渡くん…あたし達どうしたらいいのかなぁ…。」 「…………。」 迷うのは当然だ。 アタシですら、迷ってるんだから、いきなりこんなハードな現実を突きつけられて 迷わない筈はない。 「杏子は…知っていたのか?」 「…………。」 それなのに、アタシは返事をする事すら迷っていた。 「知らなかった…か?」 「…………。」 知っていた、と答える事も出来ず 知らなかった、と嘘を付く事も出来ず。 ただ窓の外で繰り広げられる現実を、黙って見続ける事しか今のアタシには出来なかった。 「おかえり一護。」 「………ただいま。」 結局、あの場でアタシは明確な答えを出せた訳でもなく、 かといってチャドの問いに返事をする事も出来ず、 一人先に家へ帰った。ボロボロで帰って来るだろう一護を待つ為に。 「大丈夫?」 「ああ、全然なんて事ねーよ。」 「そっか…。」 けれど、アタシはやっぱりここでも何も言う事が出来なかった。 残された時間は後僅か。 決断の早い一護と違って、未だ迷い続けてるアタシには時間が足りなくて。 「ご飯出来てるから…。」 「んじゃ先に風呂入ってくるわ、俺。」 一向に浮かんでこない自分の重く下がった気持ちをどうする事も出来なかった。 その夜。 家中の誰もが寝静まった深夜、アタシはやっぱり寝付けなくて、 窓の外をぼんやりと眺めていた。 窓の外の街すら眠っているような、闇夜はとても静かで フワリヒラリ 現れた揚羽蝶に気付くには明りが少なすぎて 『こんばんは、ちゃん元気にしてはる?』 その声でやっと、アタシはその存在に気付く事が出来た。 つい吐いた弱音を地獄蝶が持って帰ってから数日、 定期であり不定期なギンちゃんからの便りは何もなかったかのようなもので。 『今日の空は曇ってるみたいやね…確かめてみ?』 その言葉に誘われるよう窓を開け、少し身を乗り出して 「ホントだ…曇ってる…。」 眠る街を覆う空が曇っていたからいつもより濃い闇夜であった事に気付いた。 そして、その闇夜の道を照らす街灯の下に、いる筈のない姿を見つけたアタシは上着を手に慌てて外へ飛び出した。 「嘘っ…何で!?」 「こんばんは、何や元気ないみたいやねぇ…。」 「どうして…いるの!?」 そこには、相変わらず安穏とした表情で微笑むギンちゃんが立っていたのだった。 「どうして来てんの?」 深夜の公園。 誰もいないその場所で、アタシはギンちゃんとベンチに隣り合わせに座っていた。 何故?どうして? そればかりを繰り返すアタシにギンちゃんは曖昧に微笑むだけで、 明確な答えをくれようとはしなかった。 もちろん、アタシの中にもしかして?って考えがなかった訳じゃない。 あの日、つい零した言葉の為にここにいるとしたら?って。 でも、それに違いない!って思える程アタシは厚かましく出来てる訳もなく 「別に意味はあらへんよ?ただ逢いたいから来ただけや。」 そんな風に、気を遣ってくれてるギンちゃんの優しさが嬉しかった。 本当に気まぐれで、飄々としてるギンちゃん。 そんなギンちゃんがこうして顔を見せてくれる事が嬉しいって思うと同時に、 それまで感じなかった疾しさをアタシは感じ始めていた。 偶然に出逢って、偶然知り合って、こうして話すようになったからこそ感じる疾しさ。 「ギンちゃんはあの時…。」 「何?」 「あの、初めて逢った日どうして…」 「あの強烈な出逢いの日やね?」 「どうしてアタシを…見逃してくれたの?」 不審すぎる人間。 知りすぎてるかもしれない人間なアタシを、何故ギンちゃんは見逃したんだろうか? こうして顔を逢わせて話をしながらも、嘘を付いてるアタシを。 「気に入ったから、やアカンの?」 「アタシは…本当はっ…」 自分の吐いた言葉一つで、こうして来てくれたギンちゃんに仕方ないとはいえ嘘をついたアタシ。 現世に来てる場合じゃない、って知ってるアタシにとって、 ギンちゃんの行動が優しすぎて余計自分の持つ後ろめたい部分が重くて。 「言いたない事は言わんでもええんよ。」 「ギンちゃ…」 「僕が出逢ったのはちゃんなんやしねぇ。」 「もしかして…気付いて…」 二度と逢う事も関わる事もないと思ってた。 ””であるアタシが初めて”杏子”として目覚めたその日だったから、その名を告げた。 アタシは嘘を言ったつもりはない。 嘘じゃないけれど、今となっては嘘になるかもしれない事になってしまった以上、 ギンちゃんを知れば知る程重く圧し掛かってて。 「泣きながらあんな台詞言うのは反則や思うんよ、僕。」 「っゴメン…ねっ…」 「あんな風に言われて動かん男や思われたら心外やからなぁ…。」 「あんなっ…言うつもりはっ…アタシ…」 「せやから来てん。まぁ来て正解やったみたいやねぇ。」 アタシに対して、あの市丸ギンという死神が気遣ってくれてるって事が痛くて 「アタシっ…ホントは…」 全てを話せる相手ではない、けれど結果嘘になるかもしれない名を告げた事だけは知って欲しくて 「せやから、無理せんでもええよ。君が誰であれ君である事には変わらんのやから…。」 アタシの嘘じゃない嘘になってしまった真実を、真実のまま受け入れてくれた事に涙が零れた。 「そない泣く事やあらへんのに…なぁちゃん、そんなにここが辛いなら…」 「っ辛い…訳じゃっ…」 「せやけど無理してるんと違うか?」 「して…っない…」 口癖のように、アタシを誘うギンちゃんの言葉。 色んな事に迷ってる今のアタシには、その言葉は酷く魅惑的で 「僕は、ちゃんが一緒に来てくれたら嬉しいんやけどなぁ。」 「っでも…アタシは…」 いつものように、キッパリ拒絶する事が出来なかった。 (アタシはそこまで、弱っているんだろうか?) 自分の中の、冷静な自分がそう感じる程に。 それでも、アタシが選ぶのは一護が立つ方で、家族がいる場所だ。 「ごめっ…ギンちゃ…っん…」 「そない泣かすつもりやなかったんやけど…仕方ないか。」 「アタシにはっ…捨て…られなっ…」 アタシから、手を離す事は絶対にない。 アタシがここに居る意味は判らなくても、それだけは絶対ない。 でももし、向こうからアタシの手を離し突き放したら? 今、アタシの手を取るギンちゃんの手を、 差し伸べてくれる手を振り払う事は出来るのだろうか? 押し寄せる不安は自分ではどうする事も出来ない。 そんな場所に立たなければならない風にしたのはアタシで、 アタシが悪いって判っているのにどれも選べなくて。 「気長に待つ事にするさかい、もし気が変わったらその時は…」 「ごめん…っねギンちゃん…」 誰に何も話す事が出来ない臆病なアタシは、 自分の抱えてるものなのに、自分じゃどうしようもない位それに振り回されて、 ギンちゃんの言葉一つ一つに揺れ動く心が許せなくて、でも仕方って思うしかなくて。 「嫌や言うても連れて行かせてもらう事にす…」 「させませんよ、そんな事は。」 ギンちゃんの台詞を遮るように被せられた言葉がなかったら、 アタシは楽な方へ逃げる事を選んだかもしれない…。 -------------------- 2008.12.15 ← □ →