本.21


『させませんよ、そんな事は。』

ギンちゃんと2人きりだったその場所に、割って入ってきたのはまさかの人で。
アタシはその声が幻聴じゃないか?とこちらへと向かってくる誰か、
が誰なのか確認しようと目を凝らした。

「喜助さんっ!?」
「随分物騒な話っスね。全く…」
「久しぶり…って程仲良ぅしてた訳やあらへんし、おばんです?」
(どうして喜助さんがここに?)

アタシは自分が酷く動揺している事に動揺した。
ギンちゃんと逢っている事を、喜助さんには話した。
けれど、その場面をこうして目撃された事に対して訳もなく後ろめたさが込み上げる。
ギンちゃんはそれに気付いたんだろう、まるで挑発するかのようにアタシと繋ぐ手を見せ付け

「邪魔せんといて欲しいなぁ、久しぶりの逢引やねんから。」
「冗談はそこまでにしてくださいよ。アタシが信じるとでも?」
「か弱い女の子を泣かせるようなトコに置いときたないんよ、僕は。」
「心配して頂かなくてももう二度とそのような事はないっスからお引取り願えませんかね…。」
「嫌や、言うたら?」
「彼女が望んだというなら引き下がりますよアタシだって。けれど…」

ただでさえ読めない喜助さんの表情は、それまで以上に険しくなっていく。
まるで、自分が責められてるんじゃないか?って思ってしまう程に険しい表情は、
思わず握っていたギンちゃんの手を、より強く握ってしまう程で。

「そないな顔見せたら怯えるだけやのに、ホンマ無粋な人やわアンタ。」
「そんなもん、後から幾らでも謝罪しますよ。とにかく…サン、こっちに…」

ギンちゃんの言う通り、アタシは今目の前に立つ喜助さんの様子に怯えていた。
見えない判らないその表情と、感じる空気にアタシは自分に差し出された手を思わず凝視するしか出来ず

「…サン?」

アタシへと真っ直ぐに差し出された手と喜助さんと、
ギンちゃんを交互に見るだけで身動きも取れず

「はぁ〜っ…。」

大きな溜息を一つ吐き、差し出した手を戻した喜助さんにビクリと身体が強張った。

アタシへと差し出された手。
その手を取る事に躊躇したアタシ。

零れた大きな溜息は、アタシに対する呆れや幻滅の表れで、
もう二度とあの手がアタシに差し出される事はないだろう。
そう思うと余計身体が強張っていく。

ギンちゃんは何も知らない、知らなかったからアタシに手を差し伸べてくれた。
けれど喜助さんは少しだけ知ってて、知ってる上でアタシに手を差し伸べてくれた。
その手を取る事を躊躇した時点でアタシは喜助さんの期待を裏切った事になるのかもしれない。
つまり、その手が二度とアタシに向けられることはないだろう、
その事実に強張る身体を震えが襲う。

(判って…た…)

中途半端な状態の自分が、同情とはいえ向けられる厚意を無碍にした以上、
それを得る事は二度と許されない。
それが、これ程まで自分にダメージがある事までは想像していなかった。

一護がいて家族さえいればそれでいい。

アタシはずっとそう思っていた筈なのに、なのに何故これほど動揺してしまうのか?一度は
”二度と顔を見なくてもよければ関わらなくてもいい、居ない人だと思えばいい”
とまで割り切っていた筈なのに。

「申し訳ありませんでした…。」

けれど、アタシが思ってたのとは全然違ってた。
被っていた帽子を取り、喜助さんはアタシに向かって深々と頭を下げ

「アタシもまだまだだった、って事っス。」

二度と差し出されないだろうと思っていたその手を再びアタシへと差し出して

「サン帰りましょう。アナタがいる場所はそっちじゃない。」

ギンちゃんに向ける険しい表情とは違う、
憂いの混じる困惑したような?懇願するような?
そんな表情でアタシを真っ直ぐ見つめ、
戸惑いながらも手を取ろうとしたアタシの手を先に捕らえ、
ギンちゃんから引き離すように喜助さんは引き寄せてくれた。

「悪いっスね、サンは返してもらいますよ。」
「残念やけど今回は引き下がる事にするわ。けど…」
「ギンちゃん…アタシっ!」
「次はあらへんよ?」
「ええ、次なんかありませんよ。」
「ほな、またなちゃん…」

深く暗い闇夜へ吸い込まれるように姿を消すギンちゃんの背を見送るアタシ。
そんなアタシの手を握ってくれる手はさっきまでとは違う温もりがあって、

「ごめんなさい…アタシはっ…」
「アタシが心配するのは…迷惑っスか?」
「違うっ!そうじゃ…っなくて…」
「ここに来た事、御家族の方に気付かれては?」
「誰も…気付いてないと…思う。」
「ウチに寄って少し暖まって行った方が良さそうっスね。」

アタシは頷き、手を引かれるまま喜助さんと一緒に浦原商店へ向かうのだった。

(もう限界かもしれない…)

自分が自分でいられる為にも、全てを話す時が来たかもしれない…そう思いながら。





--------------------
2008.12.15