本.22 目の前に置かれたカップから立ち上る湯気に、誘われるようにそれに手を伸ばした。 手の平から伝わる熱と、それを口にした事でじわじわと温まる身体に、 改めて自分の身体が冷え切っていた事に気付く。 がっ! 言われるまま、喜助さんと一緒に浦原商店へと来たものの、 身体が温まり始め一心地ついたのが間違いだった。(間違いじゃないけど) ほっこり気分から落ち着きを取り戻し、うっかり思い出したついさっきまでの公園でのあれこれ。 そして、現在そのほっこり気分が一気に萎えるんじゃないか!?な沈黙が続く非っ常に居た堪れないアタシ。 結果、場を繕うにもどう繕うか方法すら見つからず、唯一見つけたその場を凌ぐ誤魔化しを実行中。 っていっても単にカップを握り締め、飲んだり飲んだり延々飲み続けて 空になったカップをそれでも手放さず飲んでるフリをしてる訳で。 それが余計に居た堪れなさを増長してるのに気付いたのは、 「おかわりいかがっスか?」 そう言って、アタシを見てクスクスと笑う喜助さんと目が合った瞬間でしたー…。 「どうしてあんな場所に?」 おかわりのお茶を頂き、再度ほっこり気分に浸ろう(逃避しよう)とそれを一口啜った時、 容赦ないというか、バッサリ切り込んでくれた喜助さんは当然笑ってる筈もなく。 かといって、怒ってる風でもなく至って冷静っていうか寧ろ普通で、 これはもう逃げも隠れも出来なけりゃ誤魔化しも無理だ、とアタシは瞬時に判断した。 それでなくても、真実2割誤魔化し8割(でも嘘はなし)という不利な立場にある。 店に着くまでの道のり、もう話すしかないんじゃないか? そう思い始めていたのは確かだった。 けれど、いざそれを口にするのは簡単じゃなくて、アタシ的には相当覚悟が必要で 「……………。」 何から口にすればいいのかサッパリ判らなくなって、聞かれてる事にすら答えられなくて。 結果、再び痛さを増した沈黙が続くんだけど。 「……………。」 「……………。」 「……………。」 新手の作戦なんだろうか? 煮え切らないアタシに、いつもだったら痺れを切らして 呆れたように溜息を付く筈の喜助さんがずっと沈黙を貫いている。 沈黙、というよりは、アタシが何かを話すのをジッと待っている…? 「あ、あのぉ…。」 「………………。」 しかも、返事はしないくせにニコリと微笑んで、”何ですか?”と目で語る喜助さん。 そうなると、待たれる側のアタシとしては非常に辛い立場に追いやられていく訳だ。 嫌だわこの人持久戦とかも出来たのね…と、関心してるのは混乱してるからで、 心の底から関心してる訳じゃありません。 やっぱりこれは新手の作戦なんだ、そうに違いない!と、 再びアタシがこっちを見る喜助さんをチラリと見れば 「どうしてあんな場所に?」 二度聞きキターーー! ぶっちゃけめっさ怖い。 全然怒ってる感じが微塵も無いのにものっそ怖い。 話すまで絶対に引きません、ってのがあからさま過ぎて怖い。 ようするに雰囲気も含めて全てが怖いのデス喜助さん。 「あの…っ来て…くれたから…。」 「来て…?」 「ギンちゃんが…っ逢いたいってつい…」 「市丸ギンが…そうおっしゃったんで?」 「違うっ!そうじゃなくて…アタシが…この間っ…。」 仕方なく、もう言うしかない…と口を開いたまでは良かった。 けれど、頭の中を整理しないままに言葉を口にしたのは失敗だった。 自分でも何をどう言って伝えればいいのか全然わからないまま、ただ単語を羅列してる支離滅裂な 説明にも言い訳にもなってないアタシのグダグダっぷりに 「アタシは責めてる訳じゃない、ただ知りたいだけなんっス。だから落ち着いて下さい…」 「っだから…。」 「話せる事だけで構いません、無理に聞き出そうってつもりも無い。」 「この間…っここで…」 「サン、大丈夫っスよ?落ち着いてゆっくりで結構デス…。」 「アタシは…この間ここで…喜助さんと…」 本当にグダグダで何言ってるのか判らないのに、喜助さんは辛抱強く待ってくれた。 さっきまで感じていた怖さなんか微塵も感じさせない、寧ろ安心感すら感じる雰囲気に 「っこの間…ここで喜助さんと話した後にギンちゃんから地獄蝶が来て…それで…アタシっ…」 「それで?」 「判んない、判んないけどっ…つい…」 「逢いたい、と彼に言ったら彼が逢いに来た、と?」 「っうん…。」 アタシはようやく説明らしい言葉を紡ぐ事が出来た。 それはまだ少し雰囲気に呑まれた余韻が残る、たどたどしい言葉の足りない物だったけど。 「そうっスか…。」 「それだけなのよ?ただ…逢いに来てくれて嬉しくて…ただそれだけで…。」 「………。」 そんな説明だったけど、嘘は一つも無い。 それが事実でそれが全てで、多分喜助さんは納得してくれたんだろう頷いた…けれど。 「喜助さん…怒ってるの?」 「いえ、そうじゃないんっス。ただ…」 それでも何か?どこかに納得出来ないような、そんな口調で、 全てを話してしまおうか?って思いもどんどん萎んでいく。 ”心配しただけっス” 一度はその手を取る事を躊躇ったアタシに、躊躇無く喜助さんは再び手を差し伸べてくれた。 けれど、アタシの身に起こった非現実的で信じられないような出来事を話したとして、 それでも喜助さんはそんな風に言ってくれるんだろうか? 話した事で、出逢った頃のような訝しんだ目でアタシを見て、 折角得た信用の全てを失ってしまうんじゃないだろうか? 喜助さんの、アタシに対する全てが変わってしまうんじゃないか? 以前なら、たかがその程度…って感じていた事に恐怖を感じる程、 アタシは浦原喜助という人を、自分の近くに位置付けてしまっていた。 拒絶を恐れる程に、浦原喜助という人物を家族にも等しい位置にアタシは置いてしまった。 アタシの中に、スルリと入り込んできた優しい銀色の死神とは別の方向から入り込んできた、 ギンちゃん同様、どこかアタシと似た喜助さん。 「サン、アタシはアナタに話したくない、けれど話さなきゃならない事があるんスよ。」 「話したく…ない事?」 「そうっス。もしかしたらアナタはそれを聞いてアタシを軽蔑するかもしれない。けれど…」 「軽蔑ってそんな…」 「それでもアタシは話さなきゃならない…と、市丸ギンと一緒にいるアナタを見て思った。」 アタシが話したくない事を抱えるように、喜助さんもそれを抱えているというのだろうか? アタシがそれを、話せないというのに、喜助さんは話そうというのだろうか? 一度瞑目し、再びアタシを見る喜助さんの目には明らかな決意みたいなものがあった。 そして静かに口を開き、話したくなかった、というそれを語り始めた。 「アタシは…」 「そっか…そりゃそうだよね…。」 喜助さんが語った内容は、確かにアタシにとって気分が良いものではなかった。 あれだけ頑なにアタシを疑っていた喜助さんが、 何故急に掌を返したように態度を軟化させたのか? 確かにあの時、アタシ自身それが不思議でならなかった。 けれど、それをこうして聞いてみれば当たり前で当然の事だった。 何処かに誰かの思惑が存在して、それがあったからこそ喜助さんは 妥協してアタシに対する態度を変化させたのだ、と聞かされ、 何処かでそれが判っていたとしても、やっぱりいい気分じゃない。 動揺はしない、してない筈なのに膝上に置いた手を握り締めたのは、動揺してるって事で。 「夜一サンに悪気があった訳じゃないんっスよ。ただあの時のアナタは余りにも…」 「不審過ぎだったよね…あはは…ははっ…」 自分にだって、負い目があるっていうのに何て我侭な生き物なんだろうアタシは。 飲み込んで理解して、納得しなきゃならないって判ってるのに、割り切れなさだけが アタシの中で膨らんでいく。 乾いた笑いで誤魔化そうにも悔しさと涙が湧き上がってきて、 「判ってる…っそんなの判ってたわよっ!アタシはどうせっ…」 逆 ギ レ 方 面 へ 暴 走 し始める自分勝手にも程があるアタシ。 「申し訳ない、と思ってるんっス。」 「じゃ何で今更そんな事アタシに話すのよっ!」 こうなると、自分じゃどうしようもない。 止める事は出来ないし、八つ当たりだと判っていても止まらない口は 一方的に喜助さんを責め立てていく。 「アタシはアンタ等に利用される為にある駒じゃないっ!意思もあれば考える事だって出来る人間なのっ!」 「アタシのした事は責められて当然の事だ。」 「何なの!?アタシを…っアタシを一体何だと思ってんのよっ!!」 そんな一方的に責めるアタシを喜助さんは一切責め返す事なく、 寧ろアタシの言葉の全てを甘んじ受け入れ受け止めようとしているようにも見え、 それが余計、アタシの苛立ちを煽っていく。 理解のある大人の顔をして、自分が責められるのが当然だからこうして受け入れているのだ、 という姿勢が心からのものだと判っていても割り切れなくて。 自暴自棄だったかもしれない。 それまで溜め込んだ、鬱蒼としたやり切れなさなのか迷いなのかは判らないけれど、 全てがどうでもよくなって投げやりになって、 「もうっ…やだ…っアタシ…帰りたい…」 「許してはもらえません…か?」 「帰りたいっ…アタシは…アタシのっ…」 「サン…?」 ─── アタシはっ…自分の世界に帰りたいっ!もうヤダっ…こんな…振り回されるのはっ… 無意識にそう叫んでいたのだった…。 -------------------- 2008.12.25 ← □ →