本.24 初めて足を踏み入れた地下。 そこは、想像していた以上に広く何も無い空間で、荒れた荒野と表現するのが一番な感じのする場所だった。 けれど、それだけだった。感じたのはそれ以上でもそれ以下でもなく、むしろどうでもいいとさえ思えた。 ─── アタシにはもう関係ない…。 この世界がどうなろうと、この世界に居場所の無いアタシには関係ない。 何も受け入れず、何も考えず、関わりも含めて最初から無かった事にして、 元の居るべき場所へ帰る事だけを願い、それ以外には目を閉じ耳を塞ぎ口を開かなければいい。 そう思わなければ、そうしなければこれ以上は耐えられないだろう。 そうなるまでに自分を追い込んだのが自分自身だったとしても、何もかももううんざりだった。 だから、浦原喜助が何をしようが何を訴えようが、アタシは全てを拒絶しようと決めていた。 「穿界門…。」 「そうっス。ここと尸魂界を結ぶ門であり…アタシが決して潜れない門だ。」 強引に連れてこられた場所は穿界門前で。 ─── この場所で今度はどんな茶番を演じるつもりなんだろうか? アタシはそんな風に冷めた気持ちで目の前の門を見上げた。 「触れてみてください。」 そう言われ、言われるままに門に手を伸ばした。 侵入者を拒む門の薄い壁の感触。 それに触れた指先は、押せば簡単に向こう側へ入り込み進入が容易い事が判る。 「ご覧の通り…で、アナタが拒絶される事はない。けれどアタシは…」 けれど、浦原喜助は別。 「ご覧の通りっス。」 バチリと音を鳴らし、浦原喜助の手は薄い壁に弾かれ行き場を失った。 「アタシは永久追放された身。自分が作ったこの穿界門すらアタシを拒む…。」 だからどうだというのだろうか?それがアタシに何の関係がある? 「障壁がアタシを拒み、触れたとしても弾かれて終わり。けれど本当にそうなんスかね?」 「…………。」 「サン、アタシは…弾かれると判ってる、それが当たり前だから試した事がなかったんスよ。」 「…………。」 「ですからね、試そうと思うんスよ。本当にアタシがここを通れないのか?を。」 「………アタシには関係ない。」 「そうっス。これはアタシの勝手であってアナタには関係ない。ただ…」 「………。」 「アタシにはこれしかないんスよ。アナタに証明する術ってヤツがね。」 「何言ってんの?それこそ関係ないでしょ!」 「アタシはこれ以上見せられる札が無いんっス。身の潔白を証明しようにも…ね。」 「だからそれとこれとは無関係だって言ってるでしょ!何考えて…」 「何考えて…そうっスね、いやホント、アタシも何考えてんスかねぇ…。」 この男はふざけてんのか?と思いたくなる。 「もういいって言ってるでしょ!?もううんざりだって…。」 「ハイ判りました、って引き下がる訳にはいかないんスよ。」 「それはアンタの都合であってアタシには関係ない!」 「アタシはそれで済ませないんスよ。アナタの信用を得て…っ!」 「ちょ…!?」 「聞かなきゃならっ…ない事が…っ…」 身の潔白を証明するのは勝手だけど、その手段が無いからって こんな…絶対に無理な事をやって見せて今更アタシが信用するとでも思ったのだろうか? アタシはそれほど単純じゃないし馬鹿じゃない。 これ以上嘘や誤魔化しで全てを覆い隠すのも、嘘で誤魔化されるのもうんざりで、 全部が嫌でもう何にも関わりたくないし関わらないと決めた…のに。 浦原喜助という存在を受け入れず、頑として拒む障壁はその手をどれ程の痛みで襲っているのだろうか? 痛みに顔を歪ませ、それでも笑って見せようとするやせ我慢が腹立たしく、 無理やり存在を受け入れさせた部分である手首より先が至る部分で裂傷し、 その痛みに呻きを堪えるその姿も見苦しい。 そんな風にやって見せて、アタシの同情を買おうという姑息な手段そのものが許せない…筈なのに。 進入を拒む障壁が自分とダブって見え、ボロボロに傷付いていく喜助さんの手が自分の心に見えて怖くなった。 気付けば喜助さんの身体にしがみ付き、アタシはその身体を門から引き剥がそうと躍起になっていた。 「もーいいよ…もうやめてっ!」 「止め…っませんよ…止める…訳には…」 「判ったから…」 「引く訳にも…アタシは…」 「っもう判ったから!信じるからっ…喜助さんの事絶対信じるからもう止めて!」 「許して…貰えるんスか?アタシを…。」 「許すから…っだから…」 「っ…サ…ン…。」 「ごめっ…なさ…っ…」 アタシに事情があるように、喜助さんにだって事情があるのも判っていたし、 そうせざるを得ないのも判っていた。なのにアタシは自分の事しか考えられなくなってた。 こんな強引な方法じゃなきゃアタシが気付かないって、アタシが気付かないそれを喜助さんが気付いてくれて。 今のアタシじゃ”見えない痛み”じゃ気付けないから自分の目で見て確認して、 そうまでしなきゃ納得しないだろうって、自分を傷付けてまで教えてくれた。 『丈夫っス…よ?』そう言う喜助さんの傷付いた手。 それはまんまアタシ自身の感じた耐え難い痛みでもあり、アタシが喜助さんに与えた痛みだった。 「話して…くれますか?」 「アタシはっ…」 こんなアタシにここまでしてくれる人は、この人以外現れないだろう。 自分にとって、辛い事をやってまで判らせてくれようとする人なんて、きっとこの人位で。 ─── もう…。 話して楽になろう。信じてもらえなくても仕方ないけど。 多分、ここまでしてくれた人なら、信じてくれなかったとしても、構わないだろう。 そう思う事を受け入れる事が出来る程の事を、して見せてくれたのだから。 「アタシは…」 アタシは、この世界で消えても尚、誰にも話すまいと決めていた自分に起きた事をすべて話した。 ”杏子”ではなく””であるアタシに起きた事。 ””であるアタシはこの世界の住人ではなく、違う世界から来たのだという事。 この世界が、アタシの居た世界では別次元の物として存在していたという 彼らにとって最もありえないだろう事も含めて全てを、 何度も中断しながら、自分の持つ全てを…話したのだった。 -------------------- 2009.02.27 ← □ →