本.25 漸くだった。彼女が執拗なまでに頑なであった事も、そんな彼女の父親が語った事の意味も、 彼女が自分にどこか似ていると言った夜一サンの言葉の意味も漸く全てが理解出来た。 アタシからすれば別次元になる彼女の元居た世界。それはアタシにとっての尸魂界であり、 二度と戻れない故郷であり、この現世は”放り出された”世界だった。 彼女もアタシも、生まれ故郷から無慈悲にも放り出され、本来居る場所ではない世界に 留まらなければならないという不幸に見舞われた。確かにその点だけすれば、 彼女とアタシの中に有る孤独感というものは近しいものがあるかもしれない。 それでもアタシには夜一サンという共犯者が居て、テッサイサンという同伴者が居た。 けれど彼女は一人だった。 目覚めた世界は別次元、自分ではない自分として存在し、自分を知る家族が有るという現実は 彼女にとってどれくらい衝撃的でどれくらい孤独だったのだろうか? 真実を語らなかったから気付かなかった、知らなかったとはいえ、 受け入れる事を選び、前を向いて進む彼女を幾度と挫折させたであろうアタシは今、 彼女の目にどう映っているのだろうか? 彼女の父親は暗に示していた。彼女の抱える問題もその重さも。 だからこそ偶然とはいえ彼女に関わり、何かに気付いたアタシに釘を刺したのだ。 『アイツは 。』 それなのにアタシは取り違えた。あの言葉がどれほど重要な意味を持っていたか?に気付かないまま 彼女の意思ではない強引過ぎる手段で、彼女の父親の最も望まない形で事実を手にしたのだ。 あの言葉の意味はアタシでしか理解し得なかったというのに。 「すいませんでした…。」 他人との関わりを絶ったから、では言い訳にもならない。 それしか手段が無かった、では済まされない愚か過ぎたアタシの愚考。 「許されるとは思っちゃいない。許してくれとも…言えません。ただアタシはっ…」 アタシは、幾度と繰り返した結果重みも持たない軽い言葉と化してしまった己の謝罪の言葉を 「すいませんでした…本当に…。」 それでも繰り返すしか他は無かった。 全てから切り離されたような空間で、泣き続ける彼女と謝罪を繰り返すだけのアタシ。 一体どれくらいの時間をそうしていただろうか? 漸く泣き止んだ彼女が口にした最初の言葉は驚きの言葉だった。 「喜助さんは…間違ってない。」 「何を言ってるんスか…間違いじゃない?間違ってないと!?」 間違いだらけのアタシ。全てを間違えたのはアタシだけで、間違ってないのは彼女の方で。 その結果が今だというのにそれでも彼女は間違いじゃないとどうして言えるのか。 「アタシは…偏ってるから…っ自分で消化出来ないの判ってたのに…。」 「それでもアタシは…。」 「確かに強引だったかもしれない…けど!」 「アタシは何度も間違えてその都度謝罪した。けれどそれだけだ。謝れば済む、程度にしか…。」 「それでも、そうやってしてくれたのは喜助さんしかいない。」 「それはっ…アタシの自分本位の…。」 「それでもっ…誰も…誰にも言えないと思ってた。判ってもらえないと思ってた。」 もし、アタシが彼女の立場であれば。 当然アタシは何をされようが口を開く事はないだろう。それは自分を守る為には当たり前の行為で、 そうしなければならないだけの理由がある。そして、アタシはそこに強引に踏み入った。傷を抉るような形で。 「ホントは誰かに聞いて欲しかった。話して楽に…っなりたかった…。」 本来は、アタシが知るべきではなかったのかもしれない。 彼女が何を守ろうとし、何の為に行動していたか?を考えれば相手は自ずと知れて。 「何故…一護サンに話さなかったんスか?」 「一護にだから話せなかった。”家族”にだから…っ話せなかった…。」 「なら…。」 彼女の守ろうとする存在以外で、家族ではない誰かの中で 彼女に最も近い場所に居た筈の彼になら話せたのではないだろうか? 「市丸サンになら話せたんじゃないんスか?多分、彼はアタシよりアナタを…。」 アタシ以上に彼女を理解している。それにアタシは対抗意識を持っていた。 自分が劣る、という事が理解出来なくて。だからアタシは… 「もしギンちゃんが…聞いてきたら話したかもしれない。でもギンちゃんは聞かなかった。」 「そして、アタシが強引に聞いた…と。」 「それだけの違い。たったそれだけかもしれない、強引だったかもしれない。けど…。」 「許してもらえるんスか?アタシはサンに…。」 「許すとか許さないとか問題じゃない。手段はどうであれ…」 ─── 話す事があるとしたら、相手は多分喜助さんだろう。って何となく思ってたから。 向けられた言葉の意味を初めて素直に理解し、許された事に深く感謝した。 ─── アナタの居場所はアタシが作ります。アタナはアタシを目印に帰ってくればいい。 彼女が最も望む”居場所”で有ろう、と心に決めて。 その数日後だった。 彼女の言う”はじまり”の時が動き出したのは。 -------------------- 2009.04.06 ← □ →