本.28


近付いてくる音。
カランコロンと独特の音を響かせるその足音はアタシが待ち続けた人のもので。

「間に合ったようっスね。」
「うん、なんとか?」

その待ち人の登場に、完全に意識を失い雨に濡れ血を流し続ける一護を漸く助けられる事にアタシは安堵した。
心配なら自分でどうにかすればいいじゃないのか?と普通は思うかもしれない。けれど、いくらアタシが
どれ程怪力であったとしても腐っても女。流石に意識の無い男を背負って浦原商店まで連れて行くのは無理だ。
だからこそアタシはジッと待った。必ず来てくれる喜助さんの事を信じていたから。

「さっき石田サンとすれ違いました。後は頼む、と…。」
「石田…………。」

やべぇ石田の事すっかり忘れてた。

「という事は、石田サンには気付かれたという事っスね。」
「気付かれたっていっても、見える話せる触れるっての知られただけだし。」

マジゴメン石田。ルキアに気を取られて恋次と白哉に応戦してる内にアンタの存在すっかり忘れてたよ…。

「喜助さん、一護の事お願いしていいですか?」
「もちろんそのつもりっスけど…サンはこれからどうなさるおつもりで?」
「えっと、一護の着替えの準備したりとか、イロイロ?」
「判りました。後の事はお任せ下さい。」

ともかく。一護だけならまだしもアタシまで家に居ないのは流石にマズイ。
一護の事は喜助さんに任せておけば大丈夫 ───── と、アタシは急ぎ家へ向いながら考える。

「アタシも本気でどうするか、考えなきゃいけないよね…。」

尸魂界へ向うまでの日、アタシはどうすればいいか?を。
それ以前に、根本的に解決しなきゃならない問題がアタシにはあった。
それを片付けなければ多分、ルキアを助けるどころかアタシ自身が身動き取る事も出来ない。

「先ずはそれから…かぁ。あんまし行きたくないんだけどな…あそこ。」

けれど今は悩むより行動するよりほかない。
これからが本当に大変な一護に比べたらあそこに行く位どうって事 ───── な、ないよね?

「はぁ〜っ…。」

どのみち、あそこを避けて尸魂界へ行くことは不可能だ。
アタシは先ず最初の一歩として、行きたくない場所へ行く覚悟を決める事から始めた。










昨夜一晩中考えて考えて考え抜いた末、アタシは仕方なく覚悟を決めた。
家に帰るまでに覚悟を決めたつもりだったけどいざ朝になるとどうしても覚悟も鈍り、
明日でもいいかな?とか先送りにする?とかつい逃げる方向を探し始めて。

「黒崎杏子さん。」

暫く行ってない事が余計行き辛い原因でもあったんだけど、それでも行かない事には尸魂界に行ける自信もなくて、
ああどうしようこの際身近で手打っとく?いやいやそれやっちゃったら余計ややこしい事に成りかねないっていうか
絶対なる自信が沸いて来たもんだから、ホントにホントに覚悟を決めた。

「黒崎さん?居られませんかー黒崎杏子さん!」
「っハイ!」
「中へどうぞ。」

そして、学校を休みアタシがその足で向った先は

「久しぶりだね、杏子君。」
「ごっ無沙汰してオリマス。いっ ───── しだ先生。」

ワタクシ黒崎杏子の主治医、石田竜弦先生の居られまする空座総合病院だったのです。



「調子はどうだね?」
「特に不具合もなく?といった塩梅でしょうか…。」
「そうか。」
「……………。」
「……………。」

アタシがこの渋いオジサマが苦手なのはこの会話のキャッチボールが成立しない間にあった。

「しかし、いいお嬢さんになったものだ。どうだい?ウチの息子の嫁になっては…。」
「いやだわ先生。そこは冗談でも”妻とは別れる。私の嫁に…”じゃないと!ハハ…ハハハ…。」
「そうか。なら ─── 妻とは別れ…。」
「っ冗談ですっ!!!!!」
「……………そうか。」

さらに、この冗談が通じてるのか通じてないのか全っ然判らない表情とか雰囲気とか何か妖しい笑顔諸々が苦手だった。
見た目だけなら全然ガッツリストライクゾーンなのにホントもったいない。

「で、随分久しぶりの検診だが本当に特に何も?」
「はい!」
「本当に?」
「っ…はい。」
「自信がないようだが…さて、今日の検診の目的を聞いておこうか。」
「いっいや、っその…あのです…ね?」
「何を怯えているのか判らないが。」

そりゃアンタのその目力だろーがっ!
キラーンと光る鋭い眼光とかフレームが妙な迫力醸し出して聞きたい事も聞けないっての!

「あの…先生。私っ…」
「そうか。そこまで言うなら判った。妻とは別れ…」
「………………。」
「………………冗談だ。」

どこまで引っ張る気だこのオジサマはっ!
っていうかこのまま長引けば長引くほどアタシに不利なだけな気がしてきた。

「体力を…。」
「すまない。よく聞えなかったんだが?」
「私っ体力付けられますか!」
「体力…か。具体的にどの程度だね?」
「具体的に…って…。」

だから思い切ってそれを口にした ───── ものの、いざ具体的に?と聞かれて思わず口篭る。
ぶっちゃけると、アタシの身体には体力と称される代物は存在しないと断言出来る。
火事場のナントカだとか、数秒に全てを掛けるような瞬発力ならあるかもしれない。けれど、基礎体力が無さ過ぎた。
ミジンコ程度の基礎体力で何が出来ようか!せめて ───────

「無理さえしなければ構わない。普通にゆっくり徐々に体力を付ければ自然に付くだろう。」
「徐々に…ですか?」
「例えば、だ。無理の無いウォーキングを少しずつ距離を伸ばしながら…」
「っそれで…?」
「1年もすれば十分基礎体力は付くだろう。」
「いっ1年も!?」

1年掛かりで付ける体力なんか全然役に立ちゃしねぇってーの!
アタシは今すぐ、せめて足を引っ張らない程度の体力が欲しいんだっつーの!

「まぁ…無理さえしなければ構わないだろう。自分のペースでやりたまえ。」
「ハイ…。」
「検査結果の方は特に問題無いようだ。」
「判りました。ありがとうございました。」

これで良かったのか悪かったのか判らない。その気になれば体力を付けられる事が判って
良かったと言えば良かったけど、1年計画だって現実が重く圧し掛かって来る。
家路が遠い。ものっそ遠くて心も身体も斜め45度に傾いでいく。

「えっと…。」

一護が喜助さんに特訓してもらう期間は確か十日間。で、穿界門を開くまでに七日…だっけ?
その十七日間で皆必死で特訓してそれで ──── アタシは何が出来る?
一護には喜助さん、チャドと織姫には夜一さん。石田は自分一人で必死で特訓して力を付けていく。
じゃアタシは?一人じゃ何も出来なくて、助力を請う相手すら見つけられない。

「流石に…。」

流石に、親父に頭下げる訳にはいかない。チャドや織姫に便乗する訳にもいかない。
考える時間はほとんどなくて、思いつく誰かを考えて考えて。

「はぁ〜っ。他にないか…。」

思い浮かんだのはとある人物の顔。

「探せる…かなぁ。」

探せるかどうか?じゃない。一人でどうにも出来ない以上、誰かを頼るというのなら探さなければならない。

「仕方ないよね。他にいないし…。」

やらなければならない時。アタシにとってそれが今なのかもしれない。
一護にとっても今がそうであるように、アタシにとっても今が一番大切な時なんだ。

「よし。」

当たって砕けるつもりはこれっぽっちもない。
どうせやるなら衝突事故に巻き込まれた被害者になって示談に持ち込んでやる。
開き直った女は強いのだ。
アタシはさっきまでとは違う軽い足取りで、明日からの自分の行動等計画を立てつつ、
寄り道もしていないのに何故か普段の倍の時間掛かってようやく自宅に辿り着いたのだった。





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2009.07.25