本.29


「こんにちはっ!」
「杏子っ!?」

あの夜、一護サンをアタシに預けたきりだったサンが店に顔を出した。別れ際のどこか暗い表情とは違う吹っ切れたような表情で。
ただ何か妙に引っかかる。それが何か?を探るようアタシはサンを観察し ───── 気付いた。

「なぁ杏子、それ何だよ。」
「ん?何??」
「だからそれ!何だその荷物はっ!」

そして一護サンも気付いたのだろう、サンが持っている不自然に大きな荷物に。

「着替えならいらねぇぞ?」
「判ってるって。これアタシの荷物だもん。」
「はぁ?お前何言ってんだ!?」
「どこか旅行にでも行かれるんスか?」

それなら荷物の大きさに納得出来る。けれど、今の状況でサンが旅行に行くなどありえない。
そうなると、荷物の量は余りにも不自然すぎる。

「ねぇ一護。」
「んだよ。」
「アタシお父さんに”一護と同じ友達んトコ泊まりに行く”って家出てきたからよろしくね。」
「ちょっおまっ…。」
「あれだよね〜まるで処女の外泊の言い訳っぽいよね!」

サンはアタシに一護サンを頼む、と言った。
その時点で、サンがアタシを頼る事はないだろう ───── そう思った。
それは構わない。サンが一護サンを優先する事を望んでいるのだから構わない。サンが自分で何かをしようと
していたのが判ったからこそそう自分に言い聞かせたのだが。
今の状況を見て、冷静に判断しそれを納得ってのは土台無理な話だと思うのはアタシだけじゃない筈だ。

─── まさかあの男を頼ろうとでも?
「杏子っ!?お前まさっ…。」
「杏子サン、それはどういう意味っスかね…。」

案の定、一護サンは大慌てでサンに掴み掛かる。

「ちょっ…一護っ!おおおおおお落ち着きなさいよっ!」
「落ち着ける訳ねぇだろっ!」
「杏子サン、事と次第によっちゃアタシも黙ってる訳にはいきませんよ?」
「ちょ…喜助さんまで何言い出して…。」
「ちょっと待て。喜助さんだぁ?こんなヤツ浦原で十分だろっ!」

困り顔で一護サンを見て、助けを求めるようにアタシを見上げるサン。

「まぁまぁ一護サン少し落ち着いて下さい。話を聞いてからどうするか考えればいい事だ。」
「あのっ…二人とも何か勘違いしてない???」

助けたいのは山々だが事と次第によっちゃアタシも全力で阻止させてもらうつもりで彼女の言い訳を待つ。
未だ興奮中の一護サンを羽交い絞めにして。

「一護は喜助さんと特訓でしょ?」
「浦原だっ!」
「ハイハイ浦原さんねー…。」
「杏子っ!」
「まぁまぁ…。」
「で、アタシもどこかで特訓しよっかなーって。」
「はぁ?お前特訓って…お前まさか…。」
「アタシも一緒に行くわよ?ルキアと約束したんだもの。」
「んなの無理に決まってんだろ!」
「決め付けるのは良くないっスよ一護サン。」
「アンタは知らないから軽口叩けんだよ!杏子は身体が弱いんだ!んな危ないトコ連れてく訳ねぇだろっ!」
「だから特訓して足手まといにならないようにしよう!って思ってんでしょ!」
「無理だ!」
「何で決め付けんのよ!!」
「絶対連れてかねぇ…俺は反対だっ!」
「ともかく、そういう事だから。」

けれどそれが裏目に出たようだ。
アタシは一護サンを羽交い絞めにしたまま始まった姉弟喧嘩を静観していたつもりだったが
その行為は完全に一護サンの足止めになってしまい。

「杏子っ!」
「杏子サン!?」
「じゃあね〜…。」

あれよあれよという間にサンは行ってしまった。
当然、残されたアタシと一護サンは呆然とするしか他なく。

「うっ…浦原っ!テメェのお陰で杏子がっ…。」
「ちょ!待ってくださいよ?何でアタシの所為なんスか!」
「うるせぇ!ちきしょう…っ杏子にもしもの事があったらテメェ血祭りに上げてやるからなっ!」
「だから何でアタシが…。」

怒りの矛先をアタシに向けるが、それは完全に八つ当たりではないだろうか?
第一アタシだって怒りたいのは同じなんスよ一護サン ───── と言える筈もなく。

「無事を祈る他ないっスよ。」
「人事だと思いやがってえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

喚き続ける一護サンを尻目に、アタシはどうやってこの後のサンの足取りを掴むか?
それに意識を集中していたのだった。




そして、その夜。

サンが何処へ向い誰を頼ったか?を本人の口から聞き、
アタシは呆然としたのである ────────── そうさせた己の不甲斐無さに。





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2009.07.27