本.31


喜助さんちにある地下の勉強部屋のようなコノ場所で、この人達はどうやって過ごしてるんだろうか?
って結構疑問に思ってたんだけど、意外だった ───── っていうか案の定っていうか。
このだだっ広い空間に、各々がテント張ったり寝袋使用したりしてるんじゃないかな?なぁんて想像してたけど、
いやまさかいくらなんでもね?って否定もしてたつもりが。
いざ目の前に広がる色とりどりのテントや寝袋を見ると、ほんの少し切なくなるっていうか目頭が熱い。
思わずグズッと鼻をすすりたくなる位には、切ない光景だ。
そんな、どこの橋の下だここは?な場所をアタシは静かに見渡して確認する。

「気配は…ないよね?」

気配自体はある。ただ起きている気配はない。
アタシはそれを確認して、地下から地上へ上がって表へ出た。
ワザワザ外へ出る必要はないかも?とは思ったけれど、廃屋とはいえ元は工場。
天井に穴が開いていようが壁が所々抜けていようが、結構音は反響するのだ無駄に素敵に。

そして、ポケットに忍ばせていた携帯電話を取り出して履歴から発信する。
コールが聞える間、さてどう説明してどう言い訳すればいいものか?考えていたんだけど。

『ハイ、浦原商店っス。』

店の電話にはいつもテッサイさんが出る。だからそれが当たり前だと思い込んでいた。
なのに、電話の向こうから聞える声はテッサイさんじゃなかったから何を言えばいいのか?判らなくなってしまう。

『もしもし?もしもーし…。』

ど、どうしよう。普通は”こんばんは”からだよね?
よくよく考えてみればアタシ、夜に浦原商店に電話すんの初めてなんだ ─── って考えたら
何故か物凄く恥ずかしくなってきた。意味は無い、断じて意味など無い…多分。

『 ───── サンっスか?』
「っ!?」

そんなテンパった状態で、結局何も言葉を発せなかったというのに。
何故判ったんだろうか?どうして喜助さんは、アタシからだと気付いてくれたんだろうか。

『無事っスか?』
「はい、っていうか無事って聞かれるのってどうなんだろうね…あはは…。」

どんだけ信用ないかなアタシ ───── って全然信用ねぇか。

『で。今どちらに?』
「えーっと…町内におります。」

それより、やっぱ何か怖い。普段のアタシだったら”声のトーン低っ!やぁん格好イイ!”なんて言いそうなものなのに。
冗談すら出ない程、緊張してしまう程喜助さんの声には何か含まれていた。

『アタシは何処にいるのか?聞いてるんスよ。』
「(ひぃぃっ)」

アタシ、ちゃんと行って来ます!したよね?
一護の事お願いします!してきたよね?
な、なのに何で!?何で喜助さんこんなに怒ってんの!!!!!

「あっ…あのっ…怒ってるの?」
『 ───── そうっスね。』

ぎゃーっ!やっぱ出掛けに地雷踏んだんだよアタシ!どーすんのよ!!

『何も言ってくれない事に、じゃない。サンがアタシに言えないって判断したって事はつまり ─── 。』
「えっ?あっあのぉ…。」
『信用されてないのは仕方ない。けれどいつまでも信用されない不甲斐無い自分にイラついてるんスよアタシは。』
「ちょ…それ間違ってるっていうか、単にっその…。」

何か勘違いされてるー!アタシが何も言わなかったのは、言いたくなかったとかじゃなくて、言えなかっただけだ。
だって一護居たんだもん言える訳ないし!

『自分がこれほどダメージを受けるとは思ってもいませんでした…。』

おまけに!何かものすんごいシリアスっていうか?喜助さんがすんごい弱ってるっていうか?
ヤバイ何これ超萌え ────────── てる場合じゃないんですけどアタシィィィィ!

「ごっ…めんなさい。言いたくなかったんじゃなくて言えなかっただけなの一護がいたから。」
『なら今どこに?』

ていうか、あれか?作戦な訳!?
こっちが謝った途端に何か態度が違うんですけどぉぉぉぉぉっ!

「………………。」
『心配なんスよアタシ。サンがアタシに一護サンを頼むとおっしゃるからアタシはアナタの力になれない…。』
「いやいやそれちょっと何か…。」
『アタシの心配は迷惑っスか?』
「くっ…んな訳ないし…。」
『アタシじゃ…頼りにはならないんスか?』
「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃっ!」

ダメだこれ以上耐え切れん。違う意味でアタシのHPは0だ。
よもや、こんな手口でジリジリ削られるとは ────────── 不覚也。

「実はアタシ ────────── の所に。」
『聞えませんよ。』
「鬼ィィィ…。」
『何なら今すぐ探し出して引きずって帰ってもいいんスよ…。』
「すいませんすいません、平子さんにお世話になってますっ!」
『 ────────────────────────────── あ゛ぁ?』
「へっ!?」
『っいえ、あまりに懐かしい名前を聞いたような気がしたもんでつい。』

ちょ、マジ怖ぇよ!
半ばトラウマになりそうな、ギンちゃんとの逢引現場目撃(襲撃)事件以来、何ていうかそういう類の
時の喜助さんの迫力はパネェんスよ!

『申し訳ありませんが、もう一回お願いできますか?今どこに?』

電話の向こうの喜助さんが、ニッコリ笑ってるのが目に浮かぶ。しかも目が笑ってないから怖いんだなこれが。

「じ、じつは…平子真子さんちにお世話になってますっ!」
『今すぐ荷物纏めて帰ってらっしゃいな。』
「や、っそのそういう訳には…。」
『冗談スよ。ええ、冗談ですよ ────────── フ。』

嘘だーーーー!

『サン。アタシはアナタの事を信じていいんスよね?』
「それはどういう意味デスカ?」
『この期に及んでシラぁ切るつもりっスか?』

信じてもらえないんだろうか?
アタシのする事に対して、喜助さんは未だ疑いを抱いている ─── の?
そんな事はありえない、と言い切りたいのに言い切る自信がない。
アタシは散々喜助さんに迷惑をかけた。そりゃ喜助さんだって大概アタシに対して酷い態度だったけれどそれでも。
それでも、アタシは信じると決めた。喜助さんだったから信じれると自分を信じたのに。

「信じて ─── もらえないの?アタシはまだ喜助さんの信用を得る事は出来ない?」
『サン?』
「そりゃそうかもしんないけどぉ…こうもハッキリ言われるとキツイなぁ…あはは。」
『どういう意味っスか?』
「だって信じてないから聞いてんでしょ?」
『どういう意味でアタシが言ってるか、理解してますか?』

あ、あれ?何か語尾に”あぁん?判ってんのか?”って文字が見え隠れしてるっていうか。
アタシ、もしかして何か勘違いしてる??

『ハッキリ言わないと判らないとおっしゃるなら言いましょうか?』
「と ─── 遠まわしでお願いします。」

もしかして?な意味が一瞬頭を過ぎる。もし、そのもしかして?がイイ線いってたとしたら、
ハッキリ言われて聞く余裕はない。

『サンには警戒心が薄いんスよ。平子サンに口では言えない様なマネされたらどうするおつもりで?』
「ないない!絶対ありえないですそれは断じて!」
『何も無い、そういってアナタ市丸サンと随分親しげにされてたじゃないっスか。』
「や、それはそうなんですけどね?それとこれとは違うっていうか、今そういう事言ってるんじゃなくて?」
『アタシはそういう意味で言ってるんスよ。』

何だろう、このこっ恥ずかしい会話は。
今この会話の相手が喜助さんなのは問題ない。ただ相手がアタシってのがちょっと何ていうかいやいやいや。
一護に言ってるんならともかく、何でアタシにそんな ───── 事を?

『本当に大丈夫なんスね?』
「だから、大丈夫だってば。」
『帰ってきて”アタシ、平子さんとお付き合いする事になりました”なんて報告いりませんよ?』
「ぜぇぇぇぇぇったいにないから!っていうか、なんでそうなる訳!?」
『平子サンが指一本触れようもんならその指切り落としてやんなさい。いいっスね?』
「どこの過保護な親だよオイィ!」
『おっ…親っスか。アタシは親扱いなんスか!?』
「ちょ!声大きいってば!」
『そりゃアタシは散々っぱら酷いマネしましたけどもそりゃないんじゃないっスか?』
「ずれてるから!脱線しまくってるから戻ってきて!喜助さん!!」
『そりゃアタシだって口挟める立場でもなければこれっぽっちも関係ないっちゃないが…。』
「判った!アタシが悪かったからもー勘弁してください!戻ってきて!!!!」
『じゃあ今すぐ戻ってきてくれますか?』
「っそれは…無理!」
『…………………。』

何か、全然意思の疎通が図れてない気がすんだけど。
大体なんでアタシが平子真子と ───── なんて妄想が出来る訳?
あんまり詮索っていうか心配っていうかそんな風な態度されると勘違いしちゃうじゃないか。
や、そんな勘違いとかおこがましくて簡単には出来ませんけどね?つい衝動に駆られてしちゃうかもしんないし。

「アタシは、喜助さんにだから全部話した…んだから。」
『……………サン?』
「っだから全然信用してるって事だからっ…だから…っその…。」

言いたい事って何だっけ?
アタシは、何でそんな必死に喜助さんに事情を説明したり言い訳したり ───── したいの?

「喜助さんが…安心してくれないとアタシは嫌だ。」

そう、アタシの事で気を揉む喜助さんを見たくないんだ。
アタシの事なんかに気を取られて ───── とかじゃなくて、信じるとか信じないとか、
またあんな事になって喜助さんとの今の関係が壊れるのが嫌だから誤解とかされたくなくて、だからアタシは必死なんだ。

『無理だけは…しないで下さい。アタシの目が届かない場所にいる以上は。』
「うん。絶対しない。」
『出来るだけ早めに切り上げて帰ってきて貰えると…ありがたいっス。』
「うん、善処してみる(多分無理だけど。)」
『いっそ一護サンの方を平子サンに頼んでサン今すぐ戻ってくる訳には…』
「絶対ありえない!それありえないから!」
『冗談っスよ。それじゃ毎日ちゃんと連絡を忘れずに。』
「え?」
『そうっすね…時間は今日位の時間で問題ないっス。』
「や、あのね?」
『それじゃまた明日。頑張って下さい。』
「え…あの?喜助さ…。」
『おやすみなさい、サン。』

ツーッツーッツーッツー…。

あんにゃろう言うだけ言って切りやがった!!!!!!

「もぉぉぉぉぉっ信じらんないぃぃぃぃぃぃっ!」
「随分親しげやな。」
「そらアンタ、親し…って ───── っひ。」

らこさん、あなた何時からそこに!?って言葉は頑張って飲み込んだ。アタシえらい!
って自画自賛してる場合ではない。一方的な終了に半ば憤慨してたからなのか?
普段なら絶対気付く筈の気配に気付けなかったアタシ。それはつまり

「元気にしてるみたいやなぁ喜助のヤツ。」
「ええとぉっても元気デスヨ!」

思いっきり会話を聞かれてたって事か。いやん恥ずかしい…じゃなくて。

「いつからそこ…に…?」
「せやな、その携帯の向こうから”平子サンが指一本触れようもんなら…”って辺りの10分位前か?」
「そっ…それは随分と…。」

ってか最初からじゃないのかそれ…。

「喜助とは親しいんか。」
「普通程度かと…。」
「それはお前の見解であって喜助のとは別やろ。」
「そんな事はないと思う…んだけど。」

何か平子真子の視線が妙に緩い。緩い上に生暖かい。

「お嬢ちゃん見とったら喜助の苦労が目に浮かぶわ。」
「っていうか何でお嬢ちゃんな訳!?」
「お前、オレの事実は呼び捨てにしとるやろ。」
「何で知っ…。」
「墓穴やな。」
「アンタ!とかよりマシでしょ!」
「よー言うなぁ”真ちゃん”て抱き付いて来たんはどこのどいつや?喜助に言うたろか?」

それだけは勘弁して欲しい。

「ま、喜助にだいぶ大事にされとるみたいやし ───── 信用したるわ。」
「え?」
「オレの事はお前の好きに呼んだらええ。」
「何で?何で急にそんな風に…。」
「そらお前、あんなオモロイもん見せてもろたしな…。」

そして、生暖かい視線がアタシを真正面から捉える。
そして結構真剣?な色に変わり。

「明日電話掛かってきたら伝えてくれ。”頑張れよ”てな。」
「あ…うん。」

何で?な、真ちゃんの手がアタシの頭を撫で撫で撫で撫でと撫で続けそして。

「アカン…オモロ過ぎや…ぷっ…。」

笑いを必死で堪え、腹を抱えながら廃屋内へと消えていった ───── ゾロゾロと。

「何なの…アタシってば思いっきり恥さらしちゃった訳!?」

つまり、あの場に居たのは真ちゃんだけじゃなくて全員だった訳だ。
あのこっ恥ずかしいやり取りを一部聞かれた挙句、意味不明の同情めいた視線を向けられるとは。

「抜かったわ…アタシとした事が。」

とはいえ、それを切欠にアタシは確かに彼等に信用されるようになったのは間違いない。





--------------------
2009.07.27