本.32


「オラオラ!ゴールはまだまだ先やで?気合入れて走らんかい!」
「はぁっ…はぁっ…。」

廃工場から一番近い河原沿いの土手を、自転車を漕ぐひよ里ちゃんに帆走されながら走るアタシは既に虫の息。
ちなみにスタート地点からややゆっくりめに走り始め、現在地は100m程進んだ辺りだったりする。

「ひよ里…こらアカンわ。」
「やっぱ最初からは無理やったか…。」
「っはぁ…っはぁ…。」
「もーええ、止まれ!」
「はぁっ…はぁっ…。」

ひよ里ちゃんの自転車の後部座席、座る真ちゃんの言ってる言葉はもうアタシの耳には入ってない。
っていうか、呼吸するのもやっとな状態で、

「アカン聞えてへんわ…。」
「っぐぇっ!?」

上着の襟首引っ張られて訳判んないままひっくり返りそうになって、
でも辛うじて寸でそうならないで済んだ代わりに尻餅ついて地べたに座り込んでしまう。

「ぜぇっ…ぜぇっ…はぁっ…っはぁっ。」
「こら考え直さなアカンやろ。」
「せやなぁ…ここまで酷いと考え直した方がええなぁ…。」

ぜーぜーはーはーと、呼吸するのにも精一杯。それでも走ってる最中よりはマシんなって、
どうにかこうにか真ちゃんとひよ里ちゃんの会話が耳に入ってきた。

─── 考え直すって、何を?
「あっ…アタシまだっ頑張れるからっ…っはぁ…っはぁっ…。」
「いや、無理や。」
「うん、絶対無理やわ。」
「でもやらないとっ…っ。」

まだ1日目な上に始めてから1時間も経ってないのに、さじを投げられても困る。
すこぶる困るっていうかマジ困る!

「今日は走るんは止めや。とりあえず…。」
「せやな。ともかく…歩け。」
「歩く…の?」
「せや。とりあえず昼間で歩けるだけ歩こか。」
「っ判った!」

とりあえず、さじを投げられた訳でも見放された訳でもないらしい。
アタシの予想外の悲惨さに方針?を変えてくれたみたいで、
二人とも自転車から降りて、アタシと一緒んなって歩いてくれる。

「ありがと…ごめんね?」
「まぁ、ひよ里も悪いわな。」
「やかましいわっ!お前も止めへんかったやんけ!」
「せやったかなぁ?覚えてへんわ。」
「お前なぁ!」
「ほら、じゃべってへんとお前もちゃっちゃと歩けや?」
「………あったま来た。先行くで!」
「え?ちょ…ひよ里ちゃん!?」

けれど、二人が言い争い始めるわひよ里ちゃんはキレてアタシの手引っ張って先に行こうとするわ

「んなっ!?」

真ちゃんに上着の腰の辺り引っ張られてつんのめって前に進めなくて、
びっくりして振り返ったらしたり顔でひよ里ちゃんの事見下ろしてて。

「行くんやったら一人で行ったらええやろ?」
「むっかあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!わーったわ!先行ったるっちゅーねん!」

当然その顔にブチ切れたひよ里ちゃんはカンカンに怒って先に行ってしまった。

「あーあ…怒らせちゃったよ?どーすんの?」
「ほっとけほっとけ。アイツちょい沸点低すぎんねや。」
「アタシ、知らないよ?」
「かまへんかまへん。」

怒らせた当の本人である真ちゃんは何事も無かったように歩いて行く。

「割れ鍋に綴じ蓋?」
「ん?何か言うたか?」
「何も言ってないですよー…。」

アタシは、ゴールである廃工場に辿り着いた後再び勃発するであろう二人の再戦を思い

─── 距離は保っとこ。

巻き沿いだけは喰わないでおこう、そう思いながらとりあえずは前に前に歩き続けた。





それから、ちょうど折り返し地点になる辺りにどうにか辿り着いた頃

「。」
「んー?」
「昼からやけどなぁ、いっぺん喜助んトコ行って来い。」

本当に唐突に、真ちゃんはアタシにそう言った。

「へ?何で??」

一応昨日の電話で真ちゃんとこにお世話になってるって伝えたのに下手に戻ったら逃がしてもらえない気がすんだけど。
特に、一護に見つかったら絶対てか100%家に連行される。
そうなったら特訓は続けられないし、そしたらアタシは尸魂界に行く事も敵わなくなる。

「やっぱ…アタシには無理?」
「そういう訳やない。」
「じゃ何で?」
「 ───── 。」
「………真ちゃん?」

無理だから、じゃないなら何で?と、隣を歩く真ちゃんの顔を見ると

「えーっと ───── まさか?」

まさか?ってアタシの台詞に頷く真ちゃんの様子にアタシは察した。

「あ、あははは ───── 。」

おそらく、アタシが思い浮かべた理由を真ちゃんがまんま汲み取って、そんで頷いたんだとしたら。

「ご迷惑をお掛けしました。で、出来れば見放さないで頂けるとありがたいんデスヨ…。」
「わーってる。ともかくいっぺん顔見せて来てくれ。」

懇願めいてる時点で、やっぱりそうなんだ。とアタシは頭を垂れる。

「ま、それでアイツも納得するやろ。」
「だったらいいんだけど…。」

もしかすると一護も一枚噛んでるかもしれない。
そうすると、マジでアタシは二度と特訓出来なくなるかもしれない。

「せやな、どないしてもアカン思たら…。」
「思ったら?」

それを、察してくれたんだろうチョイチョイ、と真ちゃんは小さく手招きしてアタシにこっそり
伝授してくれる。必ず相手をウンと言わせる方法ってやつを。

「そんなんでホントに上手くいくの?」
「ま、あんなけ心配性やったら確実や。」
「でも、一護もいるかもしんないし…。」
「なら余計効果あるかもしれへんで?」

たかが、涙浮かべて”お願いっ”って言うだけで、ホントに頷いてくれるんだろうか?

「ま、どないしてもアカンようやったら…。」
「どうすんの!?」
「諦めて喜助んトコで頑張るしかしゃーないわ。」
「それは絶っ対無理!」
「ま、心配せぇへんでもさっきの方法試したらええ。」

イマイチ信用出来ないんだけど?と思いつつも、それしか方法が無いっていうならやるしかない。

それから約2時間。どうにかお昼には廃工場に戻れたアタシは1時間だけ休憩した後、
浦原商店へ向ったのだ、一応荷物は置いたままにして。





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2009.08.03