本.33


「ええか?アカン思たら思いっきり蹴り上げて逃げてきたらええ。」
「っ判った。」
「躊躇したらアカンで?思いっきりや。」
「っうん。」

まるで、痴漢撃退法だなそれ ───── な、ひよ里ちゃんの伝授してくれた方法だけは
なるべく使わないでおこう。そう決めて

「行って来る!」
「気ぃ付けなアカンで?」

昨日の出来事で一気に距離を縮めた皆様に見送られ、アタシは工場を後にした。

正直、朝顔を合わせた瞬間は非常に気まずい思いをした感は否めない。
けれど逆にあれが功を奏したみたいで、昨日に比べると信じられない位フレンドリーになってた。
だからアタシは訳は話さないまま”杏子”ではなく””と呼んで欲しい。そうお願いした。

たかが呼び名。

けれどアタシは無意識の内に呼び名によって相手を何処かに位置付けてるのかもしれない。
考えてみれば、最初に”黒崎杏子です”と名乗っておきながら今更””って呼んで欲しいなんて怪しさMAXだ。
それでも、誰一人何を聞こうともせず、頷いてくれた。

「やっぱり選んで正解だったよね。」

一方的に現れて、自分の頼みだけを主張したアタシを邪険に扱う人は居なかった。
そりゃ最初はかなり訝しい目で見てたけどそれは当然の事で。
自分でも無茶だと思う頼みを、詳しい理由は聞かずに快く?引き受けてくれた事には本当に感謝してる。
だからこそ、喜助さんや一護にちゃんと説明して必ず戻ろう。そう決めた。

てくてくと歩く道。
ゆっくり歩くだけなら息が切れる事もない。
アタシは辺りの景色に気を取られる事なく、ただ浦原商店に向って歩き続けた。

そして、漸く浦原商店に辿り着いたのは日もどっぷり暮れた夕方っていうか、夜?



「こっ ───── こんばんはぁ…。」
「お疲れ様っス。お待ちしてましたよ?」
「っそれは…恐縮デス。」

ニッコニコ笑顔全開の喜助さんに出迎えられ、浦原商店に足を踏み入れたのだった。





「っあの…一護は?」
「サンが来られるので一度自宅に帰って貰いましたヨ。」

アンタ、そこまでやんのか!?

「えーっと…っそれで?」
「それで?と仰る意味は何っスかね?」

すこぶる上機嫌で笑顔浮かべてる目の前の喜助サン。
そう、その笑顔がアタシは怖くて仕方なかった。
これでもか!?って位の笑顔なのに全っ然目が笑ってないっていうか、目が怖い。

「っそうだ!一護の様子は?」
「 ───── 。」
「っ喜助さん?」

ダメだ。全然話逸らそうにも乗ってくれない。

「ったく。よりによってなんでアノ人達んトコ選んだんスか…。」

それどころかよりによって…って幾らなんでも言いすぎなんじゃ?

「オマケに荷物置いたまま戻ってくるって事はつまり、そういう意味なんスね。」
「うっ…。」
「仕方ない、って割り切ってるんスよアタシだって。」

何だか今から数時間、延々愚痴られそうな気がしてきた。っていうか、確定?
さっきまでアタシをじーっと見てた筈の喜助さんは、やや俯き加減になったかと思うと
独り言とは思えない独り言をブツブツ(っていうかグチグチ)言い始め。

「店長、杏子さんもお疲れでしょうし…。」
「そう、アタシだって十分理解してるつもりなんスよ。」
「店長?」
「なのにこれじゃアタシの面目丸潰れじゃないか。」
「喜助さん?」

テッサイさんが話しかけようがアタシが声を掛けようが、完全にどっか違う世界に逝っちゃってた。
うん、どうしようかこれ。

「杏子さん、お着替えは?」
「一応ちょっとだけ持って来ました。」
「持って来たんじゃなくて持って帰ってきたでしょうに全く…。」
「……………。」
「……………店長。」
「帰る先が向こうに代わる?冗談じゃない!はぁ〜っ…どうしてやるか。」
「杏子さん、お風呂のご用意が出来ておりますのでどうぞ。」
「でも…喜助さんが…。」
「戻られるまで暫く掛かるでしょうし、遠慮せずどうぞ。」
「ありがとうございます。」

流石に呆れたテッサイさんが後は任せてください、と助け舟を出してくれ、
アタシはその言葉に遠慮なく甘える事にしてお風呂を頂く事にした。


けれど。

「サッパリしたぁ!って喜助さん…。」

お風呂上りのアタシが見たものは、未だ座敷で一人ブツブツやってる喜助さんで。
テッサイさんもお手上げなんだろうどうすんだこれマジで ───── と呆れた瞬間

「今度義骸のメンテの時にやるしかないっスね。」

何やる気なんですかアンタ!?と本気で突っ込みたくなるような台詞に耳を疑ったのは言うまでも無い。





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2009.08.03