本.34


浦原商店でお風呂を借り、スッキリして上がってほっこりしてる最中。

「どうぞ。」
「ありがとうございます〜!」

テッサイさんから冷たい麦茶を頂き、ありがたくゴクゴクやってたお茶を

「お泊りになる部屋の用意は出来ておりますので。」
「ブッ!」

衝撃的事実によって噴射したアタシ。
そういえばそうだ。相当時間を掛けて浦原商店に辿り着いたはいいけど既に外はどっぷり夜が更けてた。
当然家には帰れない。オマケに町外れの真ちゃん宅にも今から帰ったら日付変わりそうな勢いだし。

つ、つまりアタシは今晩ここに泊まる ────────── のか!?

「どうかしましたでしょうか?」
「っいえ!」
「店長が居間でお待ちですので…。」
「判りました…。」

どうしようマジでお泊り!?キャーーーーーー!って言ってる余裕があるのはあくまで脳内だけであって、
実際問題としてアタシの心臓はばっくんばっくん言ってるんですよ。
冷静に装ってるつもりなんだけど、それも見透かされそうな喜助さんの待ってる居間に行くのには
まだちょっと勇気がいる。(いらないんだけど)

だからアタシは、踊る心臓と活性化する脳を落ち着けようとあの扉を開けた。
地下の勉強部屋という広大な場所の広がる入り口の扉を。





「しっかしなぁ…広いよなぁホント。」

この場所に初めて足を踏み入れた時、こうしてこの場所を見る余裕は1ミリも無かった。
何も無い広大な大地。そんな風にしか言い表せないこの場所は何の為に作られたんだろうか?
永久追放の末、辿り着いた現世の空座町のこの土地の地下に
何を目的として喜助さんはここを作ったんだろうか。

自分の持つ力を維持する為?持つ力を衰えさせない為の修行っていうか訓練をする為?
尸魂界にもあるここに似た場所で、喜助さんと夜一さんが競って腕を磨き合ったその場所に
似せて作った此処に ────────── 此処を見て、郷愁を感じる事はなかったのだろうか?

アタシならダメだ。ここで今を生きるしかないとはいえ、アタシには我慢出来ないかもしれない。
帰りたい ───── そう願ってそればかり願って、おかしくなってしまうだろう。

「強いなぁ…。」

アタシにはない確固たる強さ。強靭な精神力があるからこそ浦原喜助なのだろう。

「見習わないとなぁ。」

ここで生きて行くと決め、この先の出来事をどういう形であれ
関わっていく覚悟を決めたのだから、アタシも強くならなければならない。精神的にも肉体的にも。

『覚悟を決めた ───── か。』
「まぁね。」

だからなんだろう。
そう決めた時から頻繁に聞えてくる声は ────────── アタシの斬魄刀。
そして、初めて聞いた時と口調はおろかその姿も違ってるのは多分アタシが覚悟を決めたから。

『無理をする必要はありません。ただ ───── 』
「うん、判ってる。」
『ならばどうする?』
「そうだなぁ…。」
『早急とは思いません ───── が。』

厳しくも優しい斬魄刀。アタシの意思を全部汲み取ってくれて
アタシの全てを優先してくれるアタシだけの斬魂刀。
アタシが向き合ったからこそ、彼等も漸く全てを手に入れた。

『杏子、機会はいつでも言い訳じゃない。』
「判ってる。」

彼がアタシを”杏子”と呼ぶのはアタシがアタシである事を忘れない為で

『けれど、無理強いはしたくありません。』
「判ってるって。」

彼がアタシを””と呼ぶのもアタシがアタシである事を忘れない為。

『『覚悟があるなら ───── 。』』

二つの異なる声が重なって、アタシの中で形を変えていく。ヒトガタから刀へ。
そして、そのタイミングに重なるかのように喜助さんが現れた。静かで穏やかな空気を僅かに揺らしながら。

「そういう事か…。」
「どういう意味っスか?それより何故こんなとこに?」
「何となく…ですよ?」
「そう言うと思いました。」

覚悟を決めた意味を知れ。その覚悟を決められた理由に気付け。覚悟を決めたのならそれなりの態度で示せ。

「それより喜助さん。」
「何スか?」

彼等はその全てを知っているからこそ、それが今だと言ったに違いない。
浦原喜助という存在が、アタシにとって何を意味するか?を。

だからアタシは応えるしかない。

「見てみます?アタシの卍解…。」
「いいんスか?」
「うん、浦原さんだから ───── いいらしいよ?」
「含みがある気がしてならないんスけど…サンが構わないというなら。」
「ん、判った。」

アタシ自身の為、アタシの為に在る斬魄刀の為。
そして、アタシというあやふやな存在に形を与えてくれたこの人の為に。

───── いい?
───── 来い。

初めての感覚だというのにどこか懐かしくも感じる。
その感覚に抗う事無く全てを委ね、アタシは最初の言葉を静かに発した。
心穏やかに揺れる事無く、静かなでありながらもハッキリとした口調で。

「常時開放型らしいので解号ありません。以上!」
「 ─────────────── 。」

と、ぶっちゃけてスッキリしたところで改めまして。
アタシは何処にも存在しなかった筈の柄の感触を、確かに右手に捉えたのだった。





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2009.08.08