本.35


何処にも存在しなかった斬魄刀の柄を右手が捉えたその瞬間、
何処からとも無く姿を現した斬魄刀はその身を一色に染めていた。

───── 蒼天のアオ。

そう表現するのが一番であろうその斬魄刀は見事な蒼色だった。
それを、静かに真正面で真一文字に構えるサン。
刀を鞘から抜き取りながら静かに ─── けれど確かな口調で唱える。

『湮晦蒼生神無月』

地下に響く声は静かで穏やかなもの。その声に誘われるかのように鞘から現れた刀身も勿論 ───── 蒼。
その、見事な蒼い斬魄刀をサンが一振りした瞬間だった。

─── っこれは…。

今の状況ではハッキリとした事は言えない。けれど、これがその能力を発揮出来る状況にあったとしたら。
それがどこまで影響を及ぼすか?はその状況下でなければ判らないが。

─── マズイっスね。

気付く者は気付くだろう。”神無月”という名の斬魄刀の本当の能力に。
それが齎すであろう様々な影響に。

「サン、一護サンと共に尸魂界に行くんスよね?」
「えっ?うん、一応そのつもりなんだけど…っその…あのですね?」

サンは自ら戦闘へ飛び込むようなマネは決してしないだろう。
けれどそ、うせざるを得ない状況に追い込まれたら話しは別だ。
特に一護サンがその状況に関係していた場合、サンは躊躇う事なく卍解する筈だ。
ならアタシはどうするべきか?
尸魂界でのサンの卍解をは危険かもしれない、その事実を伝え出来る限りそれをしないよう
促す他ないだろう ───── アタシはそう思い、それを伝えようとしたのだが。
サンの様子がおかしい。初めての卍解で疲労を感じているのだろうか?といった風ではなく、
挙動不審に近い怪しい様子で。

「サン?」
「えーっと、っその実は…。」
「どうかしたんスか?」

やはりどこかおかしい。
彼女は何かをアタシに伝えようとしているのか?
そう思い、彼女の斬魄刀と彼女を交互に見やった瞬間だった。
一つ、大きく深呼吸した彼女は右手に携えていた斬魄刀をおもむろに左手に持ち替え

『湮晦象數神在月』

そう口にした。その瞬間、蒼く輝いていた神無月という斬魄刀は一瞬にして色を変えた。

───── 紅蓮のアカ。

蒼天のアオから対極の位置にいるような、見事な紅へと姿を変えた斬魄刀。
そして先ほど同様その刀を一振り ───── し。

「一応これで終わり…かな?」
「そうっスか…。」

全てを曝け出した事に対する安堵感からかホッとした表情に変わり

「結構疲れるね、卍解って。」
「サンだから仕方ないっスよ。」

”神在月”という名の斬魄刀を鞘に収めた。

おそらく彼女は己の斬魄刀の齎す影響に気付いてないだろう。
否、気付いているからこそアタシにそれを見せてくれたのかもしれない。
けれど、その結果までは気付いてないかもしれない。
その能力が、自分が考えている以上の効果を齎す可能性が在る事に。
だとしたらやはり、アタシがすべき事は一つ。

「サン、一つ約束してくれませんか?」
「どうしたの?何か改まる喜助さんてちょっと怖いんですけど。」
「冗談はいらないっス。」
「っすいません…。」
「いいっスか?」
「はいっ!」

サンに危害が及ばない為のたった一つの手段を教える事。



「絶対に ──────────────────── 。」





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2009.08.09   

 
─── 補足 ───

湮晦(いんかい:滅び隠れること)蒼生(そうせい:あらゆる)神無月(かんなづき)
湮晦(いんかい:滅び隠れること)象數(しょうすう:形象と変化)神在月(かみありづき)

神無月 ─── 蒼い長髪に蒼い瞳の美丈夫
神在月 ─── 紅い長髪に紅い瞳の美丈夫

※ 台詞参照 【近思録:致知(49)】【四字熟語より】