本.48


前を歩くギンちゃんの背と空に浮かぶ月を交互に眺めながら石畳を歩く。
それは、何とも言い表しようのない不思議な感覚だった。

───── 現世で逢ってた時は夜の方が多かったのに…。

現世ではないこの尸魂界で、月夜に足元を照らされながらギンちゃんの後を着いて行くという行為そのものが不思議に思えた。

───── リーチの違いかぁ。

けれど少しでも気を抜けば前を行くギンちゃんとの距離が離れていく。
事実今、考え事をしながらボンヤリとギンちゃんの背を眺めている内にその背は徐々に遠ざかってしまい

───── 届きそうで届かなそう…。

決して手の届かない月が照らすその背に、気付かれないようそっと手を伸ばしても寸で届かない。
それはまるでアタシとギンちゃんの位置関係を表しているようで

───── ちょっと痛いな…。

この先にある傷を齎す別れを思うと胸が痛んだ。
ギンちゃんが何を思い藍染と共に行く事を選んだか?はアタシには解らない。
もしかしたら何も考えず特に意味もなく、たまたまその時の流れでそうなったのかもしれない。
と、突然衝撃がアタシに襲い掛かるっていうか何かにぶつかった。

「うおっ!?」

雰囲気に流され考え過ぎて、余りにもぼんやりし過ぎてアタシはぶつかった柔らかい物が何か?一瞬解らなかった。
正面衝突した柔らかい何かは柔らかい上に暖かくて言葉を話す…ってギンちゃんか。

「随分難しい顔してたけどどないかしたん?」

アタシはこちらを振り返り、様子を伺いながら足を止めて待っててくれたギンちゃんに正面から突っ込んだらしい。

「っそんな難しい顔してた?」
「ココにシワ寄せて考えてたみたいやけど。」

ギンちゃんがアタシの眉間を人差し指でなぞる。

「ギッ、ギンちゃん?」
「ん?」
「ココ…は解ったんだけど顔が近すぎやしないかい?」
「ボク夜目が利かへんからつい。」

成る程そうか…って納得出来る距離じゃないんですけど近すぎるんですけど!

「それより…行きたい場所はこっちの方でええの?」
「あ…うん。あっちの方に行きたいからこっちでいいと思う。」
「解った。ほな…。」

と、アタシに右手を差し出すギンちゃん。

「何?」
「何?って…ちゃんぼんやりして歩いてるさかいに危なっかしいんよ。」
「それとこれと…?」
「手ぇ繋いでたらさっきみたいにぶつかったりせぇへんやろ?」

下心なんか微塵も無い親切心からの行動に、こっちが深読みして照れそうになる。
こういう時のギンちゃんの親切心とそれに伴う笑顔って凶悪すぎると思う。
はんなり笑顔ではいどうぞ…って手を差し出されたら断るに断れない ────────── が。
いざ手を繋いで並んで歩き出せば

「夜道デートやなぁ…。」
「 ……………あのねぇ。」
「冗談や、冗談。」
「冗談なの?」
「本気や言うても怒らへんのやったら本気て言うよ?」
「べっ…別に怒ったりしないけど…。」

何この甘ったるい空気!?って自分で突っ込んだら余計意識しそうになる。

「ちゃん。」
「っ何?」
「顔が真っ赤になってるけどどないかしたん?」
「べっ、別にっ!!」

隣でクスクスと笑うギンちゃんに”誰の所為だよアンタの所為だろ!”って意味を込めて睨みつけても

「ほんまちゃんとおったら退屈せぇへんなぁ…なぁちゃん、どないしても嫌?」

無駄だった寧ろ逆効果だった。
嫌?っていうのは”一緒に行くのは嫌か?”って意味だろう。
アタシがそれにYESとは言わない事を解っててもギンちゃんはやっぱり聞いてくる。
正直言うとそれ自体は嬉しい。
その言葉が理由はどうであれ”アタシを必要としてくれる”言葉だったから嬉しくない筈がない ────────── けど。

「嫌じゃない…けど一緒には行けない。ゴメンねギンちゃん。」
「謝らんでええよ。ボクはちゃんが”うん”て言うてくれると思てへんから。」
「じゃ何で聞くの?」
「なんとなくやろか?ダメやて解っててももしかしたらいつか”うん”言うてくれるかもしれへんし?」
「気の長い話だねそれ…。」
「それでも…やろなぁ。ボク結構しつこいんよ。」
「何となく解るそれ…。何か逢うと必ず言うもんね、ギンちゃんは。」
「せやから絶対”うん”て言わへんちゃんが嘘でも”うん”言うたらボクは ────────── 。」

嘘のないギンちゃんの言葉。
その言葉のどれを取っても嘘なんかこれっぽっちも無い事がギンちゃんから伝わってきて、
アタシは何時ものように笑って誤魔化したり茶化したり出来なかった。
せめて笑って惚けられたらよかったのにそれも出来なくて

「無理して笑うことあらへんよ?ちゃんは笑いたい時に笑うのが一番やから。」

それもしなくていい…と言ってくれるギンちゃんの優しさが身に染みる。
なのにアタシはアタシが危なくないようにって手を引いてくれるギンちゃんに

「ありがとうギンちゃん…。」

そんな事しか言えなかった。
もっと気の利いた台詞が言えたらいいのにアタシはありきたりな言葉しか持ってない。
そのありきたりな言葉すら上手く使えてるかどうかも怪しくて、せめて…とアタシが出来た事といえば。
アタシの手を引いてくれるギンちゃんの手を、気持ちが伝わるよう握り返すだけだった ────────── とはいえ。

───── これ位ならいい…よね?

まぁ何ていうかそんな事が出来たのはここが現世じゃなくて尸魂界で
ギンちゃんと関わる事を極端に嫌う喜助さんが居ないから出来たんだけど。
万が一ここが現世で喜助さんにバレた日にゃ厄介だろうなぁ…と思いながらもそんな心配がない気の緩みから
最終的にはギンちゃんと夜道の手繋ぎデートを楽しんだのだった。





「ありがとギンちゃん、ここでいいよ。」
「そうか?ちゃんがそう言うんやったら…。」

何となく?だけど近くに夜一さんが居るような気がした。
確信じゃないけど、どっかで夜一さんが見てるような気がして、アタシは引き際を決めた。
アタシとギンちゃんと、他に誰の気配もない静かな場所で。

「ホントにありがとう…。」
「そんなん改まって言う必要ないんやけどなぁ。」

そしてギンちゃんに最後になるかもしれない別れを告げる。
もしギンちゃんがアタシとの約束を覚えててくれたら…最後にはならないかもしれない。
けどこれまでとは違う状況がそれを許さないかもしれない。ギンちゃんもアタシも。

「ギンちゃんのお陰で安全にここまで来れた。ギンちゃんが助けてくれなかったら今頃どうなってたか…。」
「せやからそんなん改まって言わんといてほしいわ。」

だからそれを許される今、心から気持ちを込めて ────────── 出会えた事に感謝して。

「ギンちゃん…ありがとう。」
「ちゃん…。」

ギンちゃんの背に腕を回して、抱き締めるようにしがみ付いてそう言って…離れて。

「またねギンちゃん!」

これまでと同じように、再会できる事を願いながら手を振って別れを告げて背を向けた。
一度だけ振り返り、アタシに手を振ってくれてるギンちゃんを確認した後、一度も振り返る事なく ────────── 。




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2010.04.25