序.01


イヅルから逃れ、瀞霊廷内を徘徊しながら隠れる場所を探していたのだが。
度重なる逃亡劇に敵も先手を打つようになり、行く先々で先回りした隊員が待ち構えていた。

(こらアカンわ…。)

もう、瀞霊廷内に隠れる場所は残っていない。となると、行く先は一つ。
姿を隠しつつ、見つからないよう注意を払い、どうにか流魂街へ逃れる事が出来た。
一瞬、そこまでするか!?と叫ぶイヅルの鬼のような顔が頭に浮かんだが、それはそれである。
追われれば逃げたくなるのが常、だから自分は逃げたのだ。
と、久しぶりの流魂街を先ずはのんびり歩く事にした。

賑やかな街、活気ある人々の間を死覇装姿で歩くのはやはり目を引くのだろう、
すれ違いざまに他人の視線を感じる。
それが、不快だった訳ではないが、その視線が追われる身としては少々気に掛かる。

(静かな場所に行ってみるか…。)

喧騒を抜け出し、街並を抜けた先にある河原でのんびり過ごそう。
そう、思い付き、裏通りに入って人目を避けるように河原へ向かった。





久しぶりに訪れたその場所で、久しぶりに眺める景色に気も緩む。
暖かい日差しは眠りを誘う効果を持ち、それに誘われてみるか。
と、昼寝の算段をしていた時、突然の衝撃が脚元を襲った。
衝撃、と言っても何か塊がポスッと当った程度のものだったが。
それでも、いくら気が緩んでいたとはいえ自分は護廷十三番隊の隊長。
なのに衝撃を受けるまで何の気配も感じ取れなかったなどと他人に知れたら
はっきり言って面目丸潰れである。
慌てて目撃者の有無を確認し、誰も居ない事を確認してから改めて、
衝撃の元へ視線を移動させてみれば自分の脚にしがみ付く子供がいた。
見知らぬ小さな子供は、自分の脚にしがみ付き、ピクリとも動かない。

「……僕に何か用?」

けれど、自分の問いにコクリと頷き上衣を握る手の力を少し緩め

「にいさま…?」

小さな声で、そう呟いた。

「えぇ…っと、それは僕に言うてるんやろか?」
「にいさまではないのですか?」

ないのですか?と問われれば、ないのです、としか答えようがない。
自分には肉親など一人もいない。
まして兄と呼ばれるような記憶は一切持ち得ない。
そうなると、答えは一つ。

「僕、市丸ギン云うんや。君のお兄さんの名前はそれとは違うやろ?」

おそらく、少女は自分を兄と間違えたのだろう。
背格好、年恰好が似ていたのか?
はたまた顔つきが似ているのだろうか?
それは自分には判らないが、幼い少女にはそう見えたのだろう。
ならばその間違いが判るよう、上衣を握る手を取り

「よぉ見てみ?君のお兄さんの顔、こんなんやった?」


歳の頃は6〜7歳だろうか?
尸魂界には珍しい、自分と同じ銀色の髪のまだ幼い少女。
その少女の目線の高さを合わせるようにしゃがみ、顔を近づけて少女と対面した。
これで少女は間違いに気付くだろう、そう思ったけれど。
少女は何の反応も示さず、宙を彷徨う視線で自分を見る事もなく。

「おぼえてないんです…にいさまのかおもこえも…」
「ほな何で僕をお兄さんと間違えたん?それは判る?」
「にいさまの…においがしたんです。」

消え入りそうな程の小さな声で、そう呟いたきり俯いてしまった。
その様子に、浮かんでくる幾つかの疑問。

「君、もしかして目が見えてへんの?」

少女は口を聞く気力も失ったのか、自分の問いを肯定するように頷くだけだった。





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2008.08.13



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