序.01 めっさ浮いてる。 この状況は実にヤバイ。 アタシは人目を避けるようにして街から離れ、一先ずは見つけた公園で腰を落ち着けた。 しかし、何故にこうもおかしな状況が続くんだろうか? アタシは確か、弟の家を出たのは午前10時頃な気がするというのに、 公園で煙草をプカリと吹かして吸ってを繰り返しただけで夕暮れとか、訳わからんどころの騒ぎじゃない。 ここまで来たらアレか?次におかしいのは季節とかじゃないだろうな? というか、もしかしたら既にそれに気付いていたかもしれないアノ森で。 緑生茂る木漏れ日眩しい…ってアタシは感じてなかっただろうか? その木漏れ日に、眠気を誘われそうな気がしたのは、その温かさが 熱波じゃなくて心地いいからじゃなかろうか? 3本目の煙草に火をつけ、俯きがちだった視線をふと上げて、それに気付いた。 案の定な物証、とも云うべき決定的物証が目に飛び込んで来る。 「ワオ、桜が舞ってる……。春ですか?春なんですか??」 もうね、ホントもうどうすりゃいいの? ヒラリフワリ 夕焼け空に舞い散る桜はとても扇情的で…って表現はおかしいな、うんおかしい。 ともかく、やけにその様が綺麗に見えたのは間違いなくて、アタシはその様子をぼんやりと眺めていた。 そして、公園に逃げ込む前、街中にあった店先で受けた衝撃的事実その一を思い出す。 通り掛かった何屋だかは忘れたけれど。 呼び込みオヤジにそれ幾ら?と聞いたアタシに返って来たお値段は。 『そこに書いてあんだろねーちゃん!』 指の先、値札を見れば赤字で書かれた価格は”三十二両” ヲィヲィ両って何だ?と、目を擦って再確認してもその貨幣単位が変わる事はなく。 「小判か?猫に小判とかアリな訳!?」 もー嫌だ。こんな状況じゃ発狂しかねんわ!! 混乱してテンパって、一人騒がない方が不思議だわ。 と、ぼんやりなのか必死なのか判らないアタシの耳に声が聞こえてきた。 「帰るわよ〜」 公園で遊ぶ子供達、そして、そんな子供達を迎えに来るママンの群れのお迎えの声。 アタシが風紀委員だったら絶対噛み殺してるなアレは。 うん、確実に噛み砕いてケチャンケチャンだわ。 と、考えてしまうのももはや仕方あるまい。 アタシは途方に暮れる以外、成す術成し。というか、うんどうしようこれから。 だからせめて気分だけでも誤魔化そうと吸い続ける煙草はハンパなく、携帯灰皿は膨らんでいく。 踏んだり蹴ったりとか、アタシが何した? もうホント、土下座でも何でもするからどうにかして!と、夕焼け空に浮かぶ一番星に 必死でお願いしてみた。 け れ ど ここには迷える子羊を助けてくれる神はいねぇ!ってか?そう言いたいんだな?な、状況は。 「わー…夜になっちゃうなーこれ…。」 確かにさ、新聞敷いて寝た事あるけどさ。状況が違い過ぎるんだよっ! あんなの酔った勢いの可愛いギャグだったんだよー! そう、心の中で絶叫しようがどうにかなる訳もなく。 頭抱えてあーだこーだと考えてる内に、辺りは薄暗くなってくる。 嗚呼無情、アタシのこの先の運命は一体!? もう笑うしかないの?笑い飛ばせっての? 「冗談じゃねーぞオイ、アタシは家に帰りたいっちゅーねん!!!」 人気の無くなった、薄暗い公園で握り拳で叫んでみた。 けれど、当然どうにかなる訳もなく、以下エンドレス。 キャリーバックに頭を乗せて、俯いたまま念仏唱えて目を瞑り (目、開けたら家だったらアタシ、感動して泣ける!) 心の中で3・2・1とカウントして目を開けると 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」 アタシは何故か、自宅のトイレの便座に座っていたのだった。 「っしゃー!よーやった!帰ってきたあぁぁぁぁぁぁぁ!!」 トイレの便座に座ったまま、勝利の咆哮を上げるアタシ。 家の中、最も落ち着く場所であるトイレに無事戻った事に喜びを噛締めながら、 立ち上がってキャリーバックに手を掛けてついでにトイレのドアノブに手を掛けた。 「や、いくらなんでもそれはない…よな?」 トイレの扉を開けた先は不思議空間でした。なんてヲチはもうないよな? それだけはカンベンしてつかーさい!と祈るような気持ちでドアノブを捻り、 トイレから出ないままそっと扉を空けてその先の景色を確認する。 「OKOK。間違いなくウチの廊下だ…よし」 ドアノブに掛けた手はそのままに、キャリーバックを先に廊下に出し、 身体も出してからトイレの扉を閉めた。 そ し て ドアノブを手放し、振り返った先にある筈の向かい壁は 「なんでやねん!!!」 ついさっきまで黄昏ていた公園に変わっていた。 ちきしょう!ドアノブから手、離すんじゃなかった! そんな後悔は時既に遅し。 アタシは脱出した筈の謎の公園に再び一人佇むハメに陥った。 「諦め…た方がいいって事かこれは?」 薄暗い公園、そしてそこからの脱出成功の後辿り着いた自宅のトイレ。 そして、そのトイレから脱出した後再び舞い戻った公園は何故かまた夕暮れで。 「云ったり来たり?」 時間まで逆戻り? パンク寸前の頭を抱え、数分前まで座っていたベンチに再び腰を落ち着けて、 今度こそヤバイ気がしたから真剣に考える事にした。したんだけど。 (ん…?) 誰かに見られてる気がしてならない。 数十分前に見た、ママンの群れが視界の端に入るけれど、そこからじゃないのは判る。 アタシを見てる臭い誰かの視線を追ってクルリ辺りを見渡せば 「………何?」 「…………。」 群れてない一人の子供と目が合った。 というか、確実にあの子はアタシを見てる、寧ろ凝視しとる。 小学校5〜6年生位の金髪の子供は警戒しながらもジワリジワリと アタシに近付いてきた。 手を伸ばしても、微妙に届かない距離を置いて、その子はアタシに声を掛けてきた。 「何か困ってんのか?」 「ん〜…多分、これ以上ない!って位困ってるかもしんない…」 「昨日もここにいたよな?」 「…………昨日!?」 なんてこったい!自宅のトイレに立ち寄っただけで一日過ぎたのかよ! いやいやそれよりも、あれだ。 「そろそろ家に帰らないと怒られるんじゃない?アタシの事はいいから」 「………うん。」 常識ある大人として、子供に注意はすべきだろう。とアタシは子供を諭し 「気を付けて帰れよ〜…」 妙に肩を落として帰っていく子供の背を見送りながら、念の為に試す事にした。 確かあれだ、キャリーバックに祈る形で頭を垂れて目を瞑ってカウントして、 唱えた念仏は何だっけか? (あーもう何でもいい!南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏なまんだぶ…) こい!アタシの現実よ戻って来い! そう、祈りながらゆっくりと目を開いて 「何で…何でまたトイレなんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 それでも、アタシは無事二度目の帰還を果たした。 -------------------- 2008.08.12 ← □ →