序.02


さて、これからどうしようか。
ぶっちゃけトイレから出るのが怖い。
かといって、このまま便座に座りっぱなしな訳にもいかない。

「でもなぁ…トイレの先にまたアレがあるかもしれないと思うと…」

このままトイレで寝てもいいかもしれん、とさえ思う。
が、そうもいかない。
人間は喉が渇けば腹も減る。トイレの心配だけはしなくていいからいいけども

「オンナは度胸?でもそんな度胸はいらんわ…」

出るしか他はないんだけど、出るに出られん。
あと一歩を踏み出す勇気がありません!ってちょっとカッコ良く言ってみても埒があかない。

「しゃーないか…うん。行くか」

出た後に確認すればいい。
ドアノブ離す前に振り返って確かめればいい。
それで大丈夫だったら手を離せばいいし、アウトだったらトイレに逃げるしかない。
と、意を決したアタシ。

カチャリ

ドアノブを捻り、足でドアを蹴って開けてからトイレの外を確認する。
うん、大丈夫家の廊下がある。
今度は荷物より先に身体を出して、キャリーバックを引きずり出して、
振り返って確認してから扉を閉めた。
そして、再び振り返った先は

「のぅ…」

廊下は綺麗サッパリ消え、またしてもあの公園にいた。
が、今回は大丈夫だったりする。
だってアタシの左手は、まだトイレのドアノブをガッチリキャッチしているのだから。
そーっと、そーーーーーーっとトイレのドアノブを捻り、扉を開けてトイレの中に入って

「マテ、それはありえんだろ!!!!」

その有り得なさに一瞬ドアノブを離したのが間違いだった。
トイレから出たんだから、戻る先はトイレが当たり前なのに、何故かそこは公園で。
ドア一枚挟んであっちもこっちも公園とか誰が許してもアタシが許さん!
と、息巻いたところでアタシの手にドアノブはなく、扉もなく、
アタシはキャリーバックをお供に再び悪夢の公園へ舞い戻ってきた。

「ハッ…」

もう、笑うしかない。
でもただ笑うだけじゃ癪に障るから鼻で笑ってやる!!

三度舞い戻ってきた公園は、やっぱりまた夕方で、
アタシはあのベンチに腰を下ろし、煙草を吸う気力さえ失い

「どうすっかなこれ…」

途方に暮れまくる。
多分、アタシが戻れるのはトイレが限界臭いし、トイレから出たら最後、
またこの公園という振り出しに戻る。
用心したところでトイレの中が公園に変わられちゃどうしようもなく

「公園で野宿デビューか…」
「野宿すんのか?」
「そーなるかなぁ……ってアンタ…」

独り言に返事があった事に驚いて後ろを振向いた。

「ねーちゃんもしかして…昨日ってか一昨日から公園で寝てんのか?」
「や、そうじゃないんだけど…」

そこにいたのはあの金髪の子供。
昨日…って事は、やっぱり今の夕暮れは数十分前の夕暮れより一日後で、
この子とは昨日逢った事になっててつまり?

「困ってんのか?」
「困ってるっていうかー…迷子っていうかー、家に帰れない?」

どうしようもなくて、つい子供に愚痴るアタシ。
子供相手に愚痴る大人にだけはなりたくなかったが、この際仕方ない。
アタシは唯一の頼みの綱になった金髪の子供にイロイロ話を聞く事にした。




「木の葉隠れの里ね…は、ははは…」

現実が厳しいってのは十分知っている。
だってアタシ大人だし。

だけどこの現実は些か受入れ難い。
何だかなぁ、この子どっかで見たことあるなぁ…とは思ったけれど。
でも、子供の金髪なんて親が若けりゃありえるし?
コスプレさせてるって事もありえるし、と今さら言い訳しても仕方ないけど。
アタシに親切に声を掛けてくれた子供は、

「俺、うずまきナルトだってばよ!夢は…」

と、お約束の台詞と共に自己紹介をしてくれ、アタシを愕然とさせてくれた。

そりゃ?アタシはどっちかってったら漫画は好きな方だし?
マフィアだとか死神だとか海賊とかテニスとか読むけど。
どっちかっつーと、時間を掛けて深く読み込むんじゃなくて、
サラッと読み流して何度もってタイプで。

(あんまし覚えてねーよ!こないだ読み返しはしたけど…)

アニメも見てない、数回しか見てない!云わば無知寄りな訳で。
ただ、ナルトが一人暮らししてるのは知ってる。
九尾を封印されて周りに嫌われて?だっけ?

(もしかして?)

あれなんだろうか?
この子がナルトって気付く前、アタシに最初に声を掛けてくれた時、
この子は一人で周りの目を避けるようにしてアタシの様子を伺ってた。
云わばこの公園で、周りから浮いた存在だったのはアタシとナルトだけ。
ポツンと一人いるアタシが凄く困ってるのを見て、だから声を掛けてくれたんだろうか?

親は無くとも子は育つ、っていうけど、好きでそうなった訳じゃないのに
優しい子だなぁ。

「何すんだよっ!わっ!?」
「いや、そこに頭があったからつい…」

ガシガシ仔犬を撫でるようにナルトの頭を撫で回し、少しだけホッとした気分に浸る。

「それよりねーちゃん、家に帰れないって家出してんのか?」
「家に帰る方法が判んないんだよなぁ…ねーちゃんは。」
「何だよそれ!」
「あ、アタシまだ名前言ってなかったな、っての、」
「ねーちゃんか!よろしくな!」

アタシの名前を聞いて、嬉しそうに笑うナルトを見て少し安心したけど…現実は甘くない、甘くなんかない。
状況が理解できた今、本気でどうすればいいか判らなくなってきた。
よりによって何で二次元に入り込んだんだアタシは?
漫画は好きだか小説も好きよ?
純文学からホラー、ファンタジーにBLに果ては官能小説まで、何でも読む。おもしろけりゃ。
けれど、二次元に入り込んだ人間が元に戻る方法なんて、そんなの知らんわ!
ファンタジー小説なら使命を果たせば元に戻ったりするけど、
ゴメン、アタシには使命とか有り得ないし!
特殊技能も特殊能力も何も無い!在るのは主婦並に出来る家事位だ。
あと口の悪さか…。

「ねーちゃん?どうかしたのか?」
「これからどうしようかなぁって。」
「よかったらさ、うち来る?」
「なんですと!?」
「俺一人暮らしだからさー、ねーちゃん一人位来ても問題ないってばよ!」

正に渡りに船!?
わーい!やったー!って諸手上げて喜びたい。喜びたいのは山々なんだけど。
正直それはちょっと、と思う。

サラリサラサラとはいえ、アタシは漫画で読んでる訳で、
ナルトがどういう生活をしてるのか知ってる訳で。

自分の弱みを見せて、子供の親切心に漬け込んだ!ってのを
狙ってやったみたいな気がして(狙ってはなかったけど)気が引けた。
けれど、ナルトはやっぱりナルト?というべきなのかもしれない。

「遠慮しなくてもいいってばよ!」

煮え切らないアタシのキャリーバックを持ち、さっさと歩き始めてしまった。

「ちょ!待たんかこら!ナルト!!」

そうなると、必然的にアタシはナルトを追うハメになり

「仕方ないか…」

アタシは思い切る事にした。

もう少し、この先に起こる自分に降りかかるであろう災難や今後を
改めて考え直す必要もあるし、公園で暮す訳にもいかない。
この際仕方ない、そう腹を括り、アタシはナルトを追い公園からようやく抜け出したのだった。

ただ、そのアタシとナルトのやり取りを誰かに見られていた事を知るのはもう少し先になる。





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2008.08.12



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