本.06 『また来るから〜』 『二度と来んじゃねぇ!』 結局、あのやり取りから一度もあのガキの元を訪れる事なく数週間が過ぎた。 最初は暇つぶしに暇があればあのガキを構ってやろう、そう思っていたんだが、 何故かあの日以来、俺に暇が訪れる事はなかった。 (あのガキの呪いか?) ありえないけれど、そう思いたくもなる忙しさは半端なく。 Aランクの仕事が終わったかと思えばまたAランクの仕事が舞い込み、 Aランクの仕事の合間にBランクの仕事を片付け再びAランクの仕事を…と、 ともかく、目まぐるしいを通り越して嫌がらせか?と思う程に忙しく過ごしていた。 と、なると。当然あのガキの事など思い出す事もなく、ようやく落ち着いた頃には 俺の中からあのガキの存在はすっかり忘れ去られ、久しぶりに訪れた任務の無い時間を 俺は一人のんびりと過ごしていた。 「久しぶりに暇してるじゃねぇか。」 「おかげさまでね、ほんと久しぶりなのよ。」 「昼飯まだなら喰いに行かねぇか?」 そんな俺に、気軽に声を掛けてくるのは数少ない相手の一人で 「行くのが面倒なんだけど、まぁ久しぶりだから行くとしますか。」 「イイ店が出来たんでな、付いて来いよ。」 俺は猿飛アスマに誘われるまま、奴オススメ?らしい店に一緒に向かったんだけど。 「よう、まだ大丈夫か?」 「見て判りません?っていうかアスマさん、ワザとこの時間狙って来てるでしょ。」 「まぁそう言うなって。今日は連れが一緒でな…。」 珍しく機嫌のいいアスマと、店の奴とのやり取りに興味は無かった。 それよりも俺の興味は (マズイが評判で客の入らない食堂じゃなかったっけ?) そんな認識だったそこが、以前とは少し違う感じの店になっている事にあった。 楽しげに会話する二人を他所に、俺の意識は店へと向かい 「まかない狙って来るのってアスマさんだけですよ?」 「そりゃまかないの方が安くて旨いから仕方ねぇだろ。それより…オイ、カカシ?」 「え?悪い聞いてなかった。」 それでも、どこかで聞いた事のある声にふと目をやれば 「コイツがこの店に来てから評判良くてな、オレも気に入って結構来てるんだ。」 「上手い事言っても何も出ませんよ?」 「っていうんだ、この嬢ちゃん。」 「へ、へぇ〜……」 アスマと俺の前、あのクソガキが立っていた。 「旨いだろ?昼飯も旨いんだけどな、まかないの方がオレは好みで狙って来てるんだ。」 「旨いねぇ…」 「美味しいですか?良かったぁ〜」 正直、味なんか判る訳なかった。もちろん返事も生返事で。 それより気になるのが、クソガキの態度だった。 「でもアスマさん、いつも閉店直後狙って来るんですよ!もう…。」 これ、別人か!? そう思いたくなるような、俺の知ってるクソガキとは全然違って、口調も態度も表情も全然違うクソガキ。 「えーっと…カカシさん?」 何よりあのクソガキと違うのは、狐野郎でもナナシでもない俺の名前を呼ぶ事。 俺の名前を知ったクソガキが、俺の名を呼ぶ事が不思議で仕方ない。 「何?」 「おかわりいりますか?」 「お願いできる?」 「はい!」 俺の知るガキと、余りにもかけ離れてる目の前のガキの様子に ぼんやり食べてても皿はいつのまにか空で、言われるままおかわりを頂くハメに。 そんな俺の様子を鋭いアスマが見逃す筈もなく。 席を外したガキの居ない間に (中々可愛いお嬢だろ?) (犯罪臭い言い方やめた方がいいと思うよ。) (愛想良し・器量よし、オマケに見た目良しで最近評判なんだがな…) (だから!お前がそういう言い方すると犯罪みたいだからやめとけって。) (実際狙ってる奴多いんだぜ?) そんな会話が交わされる。 確かに、認めたくはない。認めたくないが、今俺達の前にいるクソガキは、クソガキとは言えない、 アスマの言う通り、近所で評判になりそうな、そんな少女だった。 少女というには大人びていて、大人の女というには幼なすぎる彼女。 「え〜っと、ちゃんだっけ?」 「はい、…です。」 俺の呼びかけに、嫌な顔をしていた彼女がごく普通に俺に接する事が妙な感じ?がして。 それを知りたい、そう思った時には勝手に言葉が零れ出ていた。 「俺もまた来てもいい?」 「閉店狙って…ですか?」 「うんそう、だって美味しいからね、これ」 「せめて開店時間に来てから言って下さいよ!もう、アスマさんと同じなんだからっ!」 ちょっと拗ねたような姿は確かに…あれだ。認めたくないがあれだった。(言いたくないから言わないが) 一体、どちらが彼女の本質なんだろうか? どちらも彼女には違いない、けれど何かこう違和感を感じる今の彼女。 ただ、今の彼女に興味が湧いたのも事実で、それと同時に (もしかして…) あの、生意気で口の悪いクソガキの彼女を、俺しか知らないかもしれないって事に 少し優越感を感じた。 とはいえ、クソガキの方を知っているのは俺であって俺じゃない。 『また来るから〜』 『二度と来んじゃねぇ!』 忘れかけていたやりとり。俺は、改めてそれを思い出し、 (今夜辺り行ってみるか…) そう、思った。 -------------------- 2008.08.25 ← □ →