本.09


もーヤダ。何でアタシがこんな目に合うんだどちくしょうがっ!
逃げる最中、一度捕まった時は本気で危険を感じた。
狩猟本能ってのが剥き出しになった野郎二人は始末に負えんわ、と本気で思った。

あの時、躊躇わずに奴等の股間を蹴り上げたのは、グッジョブ!としか言いようがない。
自分で自分を褒めてあげたいー!そんな気持ち。
じゃなかったら今頃、野郎二人の手によってアタシは

(自分で鞄手離した上に卵が割れて全部パァに…)

そう思ったら身震いがした。
今日のランチは卵メインで、しかも!産みたてってのを売りにしてたからマジ新鮮で。
余り物とはいえ、普段より高い卵なんだからそれで天津飯でも作ろう!って予定で。
ともかく!そんな大切な卵が自分の手で破壊された挙句に
鞄の中がグチャグチャになるのだけは回避したかった。

押し倒されながらも鞄に衝撃を与えないよう抱え込み、隙を狙って蹴り上げた場所は
偶然にも急所で。(偶然デスヨ、偶然)
怯んだ隙に再び逃れ、こうやってまだ走ってる訳だが。
いい加減しつこいよ?諦めろよ。つーかこっちの身体が持たんわ!
おまけに!

(ここどこだ…)

逃げる事に必死で、ともかく走ってたアタシは自分が今何処を走っているか?
それすら判らなかった。人込みを選んで走っていた筈が、
さすがに余裕もなくなってきて路地に入った辺りから怪しくなってきた風景。
案の定、アタシは全く自分の知らない場所を逃げ回ってる始末。
立ち止まって謝罪したら許してくんねーかな?
ちょっとだけ期待を込めて、走りながら振り返ってみれば

(逃げるしかねーなこりゃ。)

それが、やっぱり無駄だと思い知る。
追ってくる野郎二人は既に鬼の形相で、アタシは立ち止まった瞬間に卵を失うと悟った。
だから、逃げ切らねばならない何としても。
この、美味しい卵で天津飯を作り、ナルトに食べさせてあげるまでは、アタシは退かぬ!
腕の中の鞄を、中の卵を壊さない程度に力を込めて抱き締めて、それでもアタシは走り続けた。
その結果。

「はぁ…っはぁ……逃げ…っ切った?」

逃げる間、ずっと後ろに感じていた殺気に近い気配が、ふと消えた。
振り返り、確認しても追ってきていた筈の姿も無い事に、アタシはようやく立ち止まる事が出来た。
そして、暫く様子を伺い、今度こそ本当に安心できる。そう確信してホッと瞬間

「っ!!!!」

後ろから口を塞がれ、身体を拘束された驚きに鞄を落としてしまった。





(大人しくしろ…)

後ろから聞こえる声。
アタシはその声に、自分が逃げ場を失った事に気付いた。
そして、落とした鞄の中にある大切に守ってきた卵が潰れただろう事に絶望した。

抵抗を許さない、後ろにいる野郎の拘束に抗う気力も失ったアタシ。
その悔しさに、ぶっちゃけ涙が零れそうになった。つかうっかり零れちまった。
割れた卵はもう元には戻らない。そしてアタシの努力も報われる事なく…。
はて。今気付いたんだがアタシ一体どうなるんだ????

アタシの頭の99%を占めていたのは新鮮な卵の事。
それに気を取られてすっかり忘れてたけど、アタシもしかしてヤバイ?
このままどうなる!?どうする!?

思い出す、アタシを追っていた奴等のニヤケ顔。
うわぁあんな野郎共にいいようにされるの?ねぇそうなの?
やっぱり、戸締り時に歌うべきだったのは忍たまじゃなくて…と、半ば逃避を始めた頃。

「ちゃん大丈夫?」
「カ…カシさん…?」

アタシの耳にハッキリと聞こえてきた声は、まかない狙いの上忍、はたけカカシの声だった。





さすがに、さすがのアタシも腰が抜けた。
卵を失った絶望も忘れ、呆然としたマヌケ顔を晒しつつヘタリ込む。
そんなアタシの横、カカシの野郎は同じように腰を下ろすとニコリ笑って恐ろしい台詞を吐いてくださる。

「追っ手はちゃんと始末しといたから、もう大丈夫。」

始末ってのは一体どういう意味っすか!?
問いたい気持ちは山々だったけど、それを問う気力も無い程アタシは疲れ切っていた。
そう思ってた。でも、それは少々違ったようで

「アスマの奴、忠告しなかった?」
「え…?」
「ちゃんの事だから、適当に聞いてたんデショ。」
「あ…ハイ…。」
「あーいう輩もいるから、程々にしなきゃ…ねぇ。」
「あの…」
「勘違いする方も悪いケド、あれはするのも仕方ないかもデショ?」
「あ…う…。」
「ま、無事で良かったよ。」

卵は無事じゃないんですけどね。そんな軽口を叩く気力がなかったのは、
思いのほかっつーか、アタシのどっかがやっぱりダメージを食らっていたからで。

さっき、うっかり零れた涙も悔しさ半分、そうじゃないのも半分混じってたと気付く。
その半分の意味は、認めたくない理由だが。
だがしかし、やっぱりこの身体は不便っつーか微妙に言う事聞かねぇ臭い。

「………っ…」
「ちゃん!?」

アタシのいう事を聞かないアタシの身体は、立ち上がる事も拒否った挙句に事もあろうか!

「大丈夫だから、…」

やっちゃったよヲィ!
や、嫌な予感はしたんだが。
よもやこのアタシが!カカシ如きにしがみ付いて無くハメになろうとは。
おまけに、立ち上がらせてもらって?それでも泣き止まないアタシは、
カカシの野郎のっ…むっ…胸に…っクソ!
これ以上は、プライドが許しませんので閉口させて頂きます。

それでも、一応は感謝している訳ですから?

翌日、まかない狙ってやって来たカカシの(野郎って表現も止めてやる事にして)お皿に、
アスマさんより少し大目にオカズを盛ったのは、仕方ないからだ!って事にしておく。





--------------------
2008.08.31