本.18


それを聞いたのは偶然で。

『そりゃ私だって男だったら行きたかったわよっ!』

午後からのガキ共の様子が妙に騒がしくて、何食わぬ顔で話しに耳を澄ませば

『でもさぁ、さんって…』

彼女の名前が耳に入った。
そこからは、それこそ耳を傾け悟られないよう内容を延々と盗み聞くスパイ宛らの行為に没頭したオレ。

『じゃ、どうだったか明日になったら教えてよね?ナルト!』
『わかったってばよ!サクラちゃんまた明日なっ!』
『サスケ君、また明日ねっ!!』

要するに、だ。
昼をご馳走になったはいいが、そのままサスケはナルト宅へ一泊する事を強要され、
そしてナルトはサスケを逃がさないよう命令された…って事か。

全く、彼女の行動は突飛過ぎるというか、読めない。
ナルトだけならともかく、サスケにも興味を持ったという事なんだろうか?
あの彼女のどこに、サスケの何が引っかかったのかは知らないが。

(気になるね…)

気になる理由は判らない。
けれど何故か気になって仕方ないからしょうがない。

(確かめるとするか…)

相手は一般人以下の鈍い異世界から来た少女と、下忍になったばかりのガキ二人。
気付かれぬよう様子を伺う事など朝飯前だ。

オレは帰っていく子供達を見送ったその足で、彼女が子供達を待っているだろうナルト宅へと急ぎ先回りをして向かった。





そして、只今うずまきナルト宅屋根裏にて

『何でお前までいる訳?』
『そりゃお前、面白そうな話を小耳に挟んだからなぁ…』

何故かアスマの野郎と鉢合わせ中なオレ。
コイツは一体どこからそんな話聞いて来たんだ?と奴の顔を見れば

(嫌な野郎だよ全く…)

お前が居るんだから問題ないだろう。と言わんばかりの顔でオレを見てほくそ笑んでいる。
かと思えば突然真面目な表情を浮かべ、

『お前がそこまで興味を示すってのが面白いから…ってのが一番の理由だな。』
『何だそれ?』
『三代目がその身を預かる他国から来た娘にはたけカカシが興味を持って接近してる。だとさ』

それこそ寝耳に水、な噂話らしきそれを口にする。
オレは一瞬何を言われたのか判らず、アスマが口にした台詞を数回反芻して漸くそれを飲み込んだ。

は?何だって?オレが彼女に興味を持って接近???

確かに彼女に接近したのは事実だ。
けれどそれは、あくまでも彼女が不審者だったからで、オレ自身が興味を持ったからじゃない。
と、自分の中で言い訳してみたが。
それも既に時遅い事、今オレがここに居る事で証明しているって事に頭悩ませた。
オレは確かに今、オレ自身の意思でここに居る。

『ちなみに噂の出所は魚屋のヒメコだ。』
『ちょっと待って、誰よソレ…』
『流石モテる野郎は言う台詞が違うなオイ。』
『だから!オレそんなの知らないから。』
『店先で偶然出逢って手に手を取って何処かへ消えたらしいじゃねぇか。』
『そんな事あったっけか…ってあれか。』
『へぇ…認める訳か。』
『間違っちゃないがね、随分魚屋の話から歪曲してないそれ?』
『そりゃな、尾鰭背鰭を付けたのがヒメコならそれを外して事実寄りに変えたのが俺だからな。』
『犯人お前じゃないそれ…』
『ま、俺はらしくないお前を見れるってのが楽しいだけだからな。』

冗談抜きにして、厄介な野郎に気付かれたもんだ。
この分じゃ暫くの間、アスマはこれでオレをからかいあれこれ詮索するだろう。
全く、彼女といいアスマといい、何でオレの周りには厄介な奴が揃っちまうのか?
と、思わず頭を抱えた時だった。

『何やってんだ?あ?』
『『っ!?』』

下が急に騒がしくなり始めた。
どうやらナルトは無事、サスケを連れ帰る事に成功したんだろう…が。

『すげぇなあのお嬢は…』
『手が早くないか?あれは…』

ただいま、の一言を言わないと鉄拳を飛ばし、挙句それをサスケに強要し、
二人揃って拳の餌食とはまぁ何というか。

それでも、どうにか口にしたその言葉に満足したらしい彼女に開放され、
二人が何処かへ向かう足音が聞こえる。
足音の向かう方向からすれば風呂場。
ま、流石に風呂場で問題は起きないデショ…なオレの考えは、
数分後に風呂場から聞こえてきた悲鳴によって掻き消された。

『なぁカカシよ…』
『悪い、それ以上言わないでくれるかな…』

一体何考えてんだ彼女は!?
相手が子供だからって一応相手は男、一緒に風呂に入る事ぁないでしょうに!!

一体、どうやって入ってるのか覗く訳にもいかず、
オレはどこかイライラした気持ちを持て余しつつ、それでもどうにか下の気配と会話を拾う。

『ちょっとあれは注意した方がいいだろうな…』
『かもしれないね…あの口ぶりだと…』

ナルトと彼女が口を揃えた言葉に、アスマもオレも薄々それを感じ取った。
多分、こうやって一緒に風呂に入るのは毎日当たり前のように繰り返されているんだろう、
ふと横を見れば、流石のアスマも頭を抱えていた。

『あれか?あのお嬢には羞恥心ってのが無いのか?』
『最初からなかった、って考えるのが妥当かもしれないね…』

多分、下で一緒に入る羽目になったサスケもオレ達と同じ事を考えているだろう。
いくら自分達が子供だとはいえ、仮にも男。
それを平然と、年頃の娘が一緒に…なんて経験、
この里中探し回ってもいないんじゃないだろうか。

『少しだけ羨ましいって思っちまうオレは汚れた大人か?』
『いや、オレも同じだから。』

今、そんな事を論議してる場合じゃないのは判っていたが。
そうでもしなきゃ落ち着かない雰囲気というか、ホント穢れた大人だわオレら。

上は沈黙が続き、下は戦場か?

そんな気配もしばらくすればどちらも落ち着き、

『じゃオレは帰る事にする、のんびりしてけよ?』
『大きなお世話だね、全く。』

アスマはもう堪能し尽くしたのだろう、それだけを言い残して屋根裏から抜け闇夜へと紛れて行く。
飯の間もやや騒がしく、それでもそれも終えれば静かな気配が感じて取れて。

(さて、オレもそろそろ帰るとするか…)

気付けば夜も深けた。
晩飯抜き位どうって事はないが、下から漂っていた匂いに普段以上に空腹を煽られたのも事実。
さすがに風呂場以上の事はもう何も起こらないだろう。
とは思いつつも念の為、少しだけ天井板をずらして下の様子を伺うと

(ん?)

サスケが起きている事に気付いている様子の彼女が動き出した事に、
オレは今しばらくそこに留まる事になったのだが。










街灯だけが照らす夜道。
それこそ草木も眠る時間、オレはどこか違う所に意識を持っていかれた状態で歩く。
多分、今後ろから誰かが突然襲ってきたとしたら、
オレは確実に反応が遅れ、らしくない怪我を負うかもしれない。
と、自覚はあるものの、何処か緩んでしまった意識はそうそう戻る気配もなく。

その、ぼんやりしたようなオレの頭の中は、サスケに与えられた彼女の言葉が幾度となく繰り返されていた。

『まぁさ、アレだ。タマに気を抜く場所がありゃいいんじゃね?と思ってなぁ…』

一緒にいるから、だからナルトを守るのは当然だ。と言い切った彼女。
ならどうしてサスケにあんな台詞を与えた?

『この里に帰りたくなくても、アタシんトコに来ればいい。アタシがアンタの帰る場所になってやるから。』

サスケとは今日あったばかりだろう。
オレが知る限り、それ以前に面識があったとは思えない。
なら何故、彼女は“忍”であるサスケにあんな台詞を伝えた?

『ナルトもアンタも、里が嫌になったなら出てきゃいい。その代わりアタシがいる場所を帰る場所にしとけ?』

見なくても判った彼女の表情。
おそらく、誰が見ても心揺れ動かされるだろう優しい表情で言ったに違いない。
“復讐”だけを糧に生きる少年に、あの台詞は酷ではないのか?

『アタシはちゃんと待っててやっから。ここに居なくても、必ずどっかでアンタ達の事待っててやっから。』

過酷な運命を与えられた二人の少年に、
それまで存在しなかった彼等を守ろうとする存在は、どう映るだろうか?

「何故だ…?」

何故あの二人の子供にあそこまで彼女は拘る?
子供とはいえ赤の他人。
何故あんな台詞を当たり前のように口に出来る?

「何で…」

何故あの時のオレに、あんな台詞を当たり前のように口にしてくれる存在が居てくれなかった?





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2008.10.08