本.21 何故この場所に連れて来たのか?と問われても、オレ自身判らないってのが本音だ。 ただ、他の誰かに聞かれない、知られない場所であればよかった。 ようするに、その場の思いつきで彼女をこの場所へ連れて来て、 その上でアスマと同意に至った入浴についての説教をする筈だったんだが。 遠くに見える慰霊碑。 その中にあるオビトの慰霊碑にふと視線を向けた時、 オレは無意識に彼女にオビトとの事を聞きたくなったのかもしれない。 この、血生臭い世界とは無縁の、 突飛な思考の異世界からやって来た少女はどう思うか?そう思って。 結果案の定、彼女の口から出る言葉といえば、オレの神経を逆撫でする方向ばかりで、 何も知らないからそういう事が簡単に言えるっていう ありきたりの彼女の台詞が余計癪に障った。 そう、オレは彼女が吐いた台詞のどれもがありきたりで気に入らなかった、途中までは。 けれど、やはり彼女はオレの知る限りの人間とは一味も二味も違っていて。 『親友に感謝して大切にすりゃそれでいいじゃん。』 感謝?オレは一生オビトに謝罪しつづけ、 奴を失う事になった事に対する罪を償い続けなきゃならないってのに、 それを感謝しろって? 『死んで何も残らない残せない人よりすげー幸せじゃん。』 おまけに、そう言った彼女はそれが当たり前とでも云わんばかりに、そう言った瞬間笑っていた。 オレは、その台詞を聞いた瞬間初めて自分の中の思い出になってしまったオビトに問うた。 ”本当に、オレに眼を残せた事でお前は幸せだ…そう思えるのか?” 答えが返って来る訳じゃない。 それでも、彼女の台詞はオレにそれを問わせた。 オレは、自分が死ぬ時は何も残したくは無い、そう思っていた。 出来る事なら誰かの思い出の中にも残りたくない、跡形もなく消え去りたい、そう願っていた。 けれど、彼女が言う台詞の一つ一つがオレの考えが間違いだ、と言っているような気になって。 明らかに自分より若い少女が、時折酷く大人びて見えるのは、 やはり彼女の考え方がそう見せているのかもしれない。 何事にも動揺を見せない、やたら肝の据わった少女。 それが 「ちゃんってアレだね、ホントオレより年上に思える時があるよ…。」 何気ないその一言に、珍しく彼女が動揺を見せた。 何ていうか、何かを誤魔化そうとしてるような? 「あ、あははははは…」 「一体どうしたの急に…。」 「やっぱ…そう思えるか。」 薄ら笑い?相当乾いた笑い声を上げたかと思えば溜息を着いた彼女は、 本当に珍しく神妙な顔付きになったかと思えば 「あのさ?ん〜…まぁ別に隠そうと思ってた訳じゃねぇけどさ…」 「何?何なの…。」 信じられない事を語り始めた。 さすがのオレでさえ、鵜呑みにするには相当躊躇われるような事を。 「アタシ、今17〜8に見えるんだっけ?」 「そうだね、ちょっと大人びて見えるから18〜9?でもいけるデショ。」 「それなんだけどさ〜…いや、アタシ違うとこから来たって言ったじゃん?」 「え?まさかそれ嘘なの!?」 「嘘じゃねぇよ!」 「それで?」 「………チッ。ま、ともかく!よ?アタシ…こんな若い娘っ子じゃなかったんだよね、ぶっちゃけ。」 「それはどういう意味?」 「んー…こう見た目は自称ポッチャリ系で、世間一般で言われる行き遅れっつーか。」 「えーっと…つまり?」 「ようするに、ここに来る前のアタシは少なくともアンタよりは年上だった筈なんだよ。」 「……………は?」 「言っとくけど一番信じらんないのはアタシの方だから。」 「つまり…若返ってるって事?」 「お!飲み込み早い男だねぇ…。」 「それ、褒めてんの貶してんのどっち!?」 「いやいやイイ男だねぇ、ホント。」 「さりげなく誤魔化そうとしてない?」 「キノセイデスヨー!」 つまり、彼女は実際はオレよりも年上で? っていきなり言われてもはいそうですか!って信じるにはやや証拠というか何というか。 「幾つだった訳?」 「や、アンタアタシ前に言ったよね?女に年尋ねる時は寿命の数年は手土産にしろって。」 「言ったっけ?」 「まぁ年の話はもういいじゃん。今はまごうことなきピッチピチの小娘なんだしー!」 「そのピッチピチの小娘が、いくら年下だからって男と一緒に風呂ってのは…」 「アンタ、あれを男って言う訳?アタシからすりゃ犬や猫と同じよ?」 「ちょ…それ酷くない!?」 「いやいや犬や猫も可愛いからいいじゃなーい?」 「どういう接点な訳それは…」 要するに、彼女から見たナルトやサスケは男以前に人間扱いされてないって事か。 何というか、同情したくなるのは多分オレだけじゃない気がしてきた。 「その…じゃナルトに対する過保護っぷりはどういう訳?」 「過保護ってねぇ…普通でしょ?」 「そりゃ親ならね?いくら年下の親の居ない子供だからって…」 犬猫扱いは兎も角、彼女のナルトやサスケに対する態度は、 明らかに保護者の物だ。 親が子に対して掛ける愛情ってやつ…はオレ自身よく判らないが。 少なくとも過保護すぎる里の親達よりはよっぽど厳しく、けれど愛情を掛ける親に見える。 その辺にいる親よりも、ずっと親らしい少女…に見える彼女。 それは理解したとしても、何故そこまで彼女がするのか?は理解できないってのが正直な所だ。 所詮は赤の他人。 いくら親の居ない子供が一人住んでるから、自分が見知らぬ土地で初めて声を掛けてくれたからといって、 普通そこまで赤の他人に本気で真剣に接する事が出来るだろうか? 「ん〜…。」 何かを考えてるらしい彼女は、深く溜息を付き 「さっきの…」 「さっき?」 「アンタにその眼くれたって親友の話?」 「オビトの事?」 「オビトだかコビトだかは知らんがな!」 「コビトってお前なぁ…。」 「どうせアンタの事だから?そういう話は他人にするもんじゃない!とかって誰にも話してないんじゃねーの?」 「まぁ…ね。」 オレにとって、オビトや師匠との思い出は、他人に語れる程軽い話じゃないのは確かだ。 事実、オレは何故彼女にオビトの話をしたのか、ハッキリ判ってる訳じゃない。 「ま、いっか。」 「何が?何自己完結してる訳?」 「いや…何でアタシがナルトをそこまで面倒見るか?って…知りたい?」 「まぁ…。」 「アタシさ〜…子供産めないんだよね。」 「…………どういう意味?」 神妙、というよりは、複雑といった表情で苦笑いを浮かべる少女。 見た目は確かに少女だというのに、今目の前にいる少女は少女ではなく”女”の顔をしていた。 「カカシさんて親いる?」 「いないよ、オレがガキの頃に…」 「ウチもさー、オヤジは酒乱であっという間に肝臓で死んで…」 「へぇ…」 「残されたガキ二人抱えた母親は一生懸命子育てした訳でして…。」 「そりゃ大変そうだね、ちゃんみたいな子…。」 「大きなお世話よっ!で…15の頃だったかなぁ…運命の出会いをした訳よ!」 「誰が???」 「アタシが!に決まってんだろ!!」 「へぇ…。」 「まぁ所詮はガキの熱病みたいなもんだったんだろうけどさ?子供できちゃってさー」 「そりゃ…まぁ…」 「相手の男は18だったけどそれでもまだガキで、でも一応真剣ではあって…」 「それで?」 「知らなかったんだよね、アタシ。」 「何を?」 「自分が子供出来てた事。」 「………。」 「で、出かけた先で事故にあって〜…死んでしまった訳デスヨ。」 「相手の男の人が?」 「そう。で、アタシも怪我してさ?おまけにお腹に子供いるの知らなくて…」 「男は死ぬわ子供は死ぬわ、挙句にそれが原因で子供埋めない身体になってさぁ…」 「随分重なったんだ、その…」 「不幸が、でしょ?」 「まぁ…。」 「んでその3年後にオカンも死んで、まだ小さかった弟育てるのに頑張った訳デスヨ。」 「それで?」 「遊ぶ暇も惜しんで働いて〜、惚れた腫れたなんざアタシには無関係でともかく働いて〜…」 「働き者なんだ、」 「まぁね、そんなだったから友達も少なかったし?遊ぶ暇あれば仕事すりゃお金になるし…」 「それでガメツくなったのか…」 「備えあれば憂いなし!っつーだろ?で、弟に手も金も掛からなくなった頃には…」 「には?」 「よく判んない。ただ、もうその頃には死んだ男の顔すら思い出せなくなってたし…」 「………。」 「気付いたら回りは結婚してガキ作って?そこで漸く我に返った訳よ。」 ただの大雑把で暢気でいい加減で男みたいで? 言いたい事は平気で言って、でも子供には妙に甘い少女は。 オレが想像していたような、どこにでもいる普通の家庭に育った普通の少女…とはかけ離れていた。 「知らない世界に飛ばされて、知ってる人もいなくてさ?初めて声掛けてくれた子供が親が居なくて… 子供の産めない女が親のいない子供に、代わりに与えてあげたいって思った自己満足な訳よ。」 言い終えた彼女は、再び元のいつも通りのオレの知るという少女の顔になり 「ま、だからってこの身体が子供が産めないとは限らないけどね。まだ試してねーから。」 「試さなくていいから!!」 やっぱり、その口調も台詞も元の彼女に戻っていた。 「つーか多分処女だとお…」 「言わなくていいし試そうとか思わないようにっ!」 「ケッ…。」 訂正、何というかいつも以上にその口に磨きが掛かったというか開き直ったようだ。 おまけに、その行動の突飛さにも磨きは掛かっていたようで。 「ちょ…ちゃんいきなり何すんの!?」 突然、オレの頭に手を伸ばしたかと思えば人の頭を撫で始めた。 何!?もしかしてオレも犬猫扱いな訳!? 「や、実は前から興味がありましてねヒヒヒ…」 「気持ち悪いから!ヒヒヒとか女の子デショ一応!!」 「わー…やわらかーい…猫みたーい…触ってみたかったんだよな、一度…。」 ガシガシワサワサ、というよりは優しい手付き。 見たことのあるナルトにするあの撫で方よりは随分丁寧というか、 眼を細めてその手触りを満喫し微笑むその表情ってのが…その…ゲッフン。 「つーかさ?帰るのにまた降りるのは判るとしてもう動けないっつーか動きたくない。」 「じゃ抱えて降りてあげようか?」 「俵扱いは御免こうむる!」 「仕方ない…のんびり降りれば…」 「冗談っしょ?のんびりしてたら晩飯に間に合わんわっ!支度時間無くなるっ!」 「たまには外食すれば?」 「おごってくれんの?」 「さ、走ろうか!」 「テメェ…覚えてやがれっ!」 ぶつくさと文句を言いながらも、オレの後を着いて来る彼女。 この日からオレの中で、彼女に対する今までと違う何か不可思議な感情が湧いたのは確か…かもしれない。 -------------------- 2008.10.31 ← □ →