本.26


お面を装着、黙秘を貫く生活を(自主的に)強いられる事となったアタシ。
家に居る以外は常にそれを徹底してたもんだから、徐々に周りの視線が痛くなってきた。特に

「オレが悪かったからもうそれ止めない?」

お 前 が 言 う な !
なカカシが余計な事を言い出した辺りから周りの視線が痛いっつーか生暖かくなって。
個人的には何ら生活に支障はないが、接客商売っつー商売柄断念せざるを得なくなって

「やっと仲直りか。人騒がせなバカップルだな全く…。」
「カップルじゃねぇし!」

アスマさんの冷やかし(?)を右から左に受け流せず、仮面生活はあっけなく幕を閉じた…が。

特に何事も無く、山も谷もないあったとすれば精々丘を越える程度?の
十分普通に分類されるであろう生活を、ごく普通に過ごしていた今日まで、
考えてみりゃ、突然飛ばされた三次元な異世界生活に山も谷も存在しない事の方が不自然だった。
突然振って沸いた?襲い掛かった?な、アタシにとってこの地での生活基盤を揺るがすであろう
大事件は、本当に一切の前触れもなく訪れた。





「は?今何と…。」

それは、仮面生活とオサラバした4日後。
前振りも脈絡もなーんも無し状況で、アタシに突きつけられた解雇通告。
正確には、猶予の全く無い閉店勧告だろうか。

「嫁いだ一人娘が同居しよう、って言ってくれてねぇ…。」

ばーちゃんは、アタシに申し訳なさそうにそう言うも、
やっぱり娘との暮らしってのが嬉しいんだろう隠し切れない嬉しさが伝わってくる。

「ワシらはまだまだ現役なんじゃがなぁ。」

じーさんの方も然り。
アタシに対する罪悪感がなけりゃ、諸手上げて喜んでたのかもしれない。
ただ、めぐり合わせが悪いのか万が悪いのかは知らんが、

「あんな事さえなかったらちゃんにお店譲ろうと思ってたんだけれど…。」

そう、あんな事さえカチ合わなけりゃアタシは何の心配もする必要はなかったが、
ホント万が悪かったとしか言いようがない現実は、
この辺り一角だけ区画整備の為立ち退きになるだとか。

店さえ残ってりゃアタシだって家賃払って店を続けたかった。
が、店そのものが無くなるってのはそれ以前の問題になる。
折角好条件高収入やりたい放題のアタシの牙城を築き上げたというのに、ガッカリだ…じゃないが、
せめて今後を考えると、そういう通告は労基法に則って1ヶ月前には言って欲しかったが…仕方ない。
だってじーちゃんばーちゃんに責任はねぇし。

「そういう事なら仕方ないっすよ。それで閉店は何時ごろに?」
「それがねぇ、来週にも立ち退かなきゃならないらしいのよ。」
「そ、それはまた早急な…」

ちきしょう!責任者出て来い!
どんな仕事してんだか、立ち退き相手に猶予も与えず勧告って、どんな悪徳役人だ!

「明後日にはお店閉めて、まぁ荷物はそのままにしておいたら処分してくれるらしいのよ。」
「あはは…そりゃ楽っすね…。」

数日後にはアタシは職無しに逆戻りになるのか。

「ちゃんには申し訳ないんだけど…ごめんなさいね。」

ばーちゃんの心からの謝罪の言葉と労いの退職金(かなり多め)を頂いて、
ワタクシ、泣く泣く明日から再就職先を探さねばならない身となったのであります。
おまけに、猶予の一切ない閉店はそれを聞いた直後から準備せざるを得なくて、
開店準備前の仕込み作業から一転、アタシの作業は閉店お知らせ案内チラシ作成へと変わり

「じーちゃんもばーちゃんも達者で暮らして下さいよ!」
「ありがとうねちゃん。」
「お前も達者に暮らすんじゃぞ?」

あっ!という間に作業は終了、チラシを店先に貼り付けて、
余りにもアッサリで軽い別れの挨拶を済ませ、アタシは帰路に付くしか他なかった。





(ホントどうすっかなこれ…。)

ジェットコースター人生、とでも言うべきか。
山も谷もなかったと思ってた生活が、いきなり谷底に突き落とされた気分というか。

何事にも程度ってもんがあんだろうがっ!!

と、思いっきり叫びたい気分だった。
出来ることならお昼0時、某TV番組の司会者に向かって思いきり。
けど、こっちにあの司会者はいない。
相談電話を募集してる番組もない。
どうする事も出来ず、っていうかどうすりゃいいんだこれ?
と、考える頭には何も浮かんでこなくて、どこをどう歩いて戻ってきたか?
覚えもなく辿り着いた家で、普段は店で忙しく動いてる時間をボンヤリとついてるだけのTVを眺めてた。

(ホント、いきなりだもんなぁ…。)

アタシの身に起こる何か?ってのは本当に程度って物を知らない。
遠い昔に起きた色んな事も、こうしてこの世界にいる事だってそうだけど、
普通山登るなら緩やかな坂道からスタートが当たり前なのに、
どうしてかアタシが上る山はいきなり斜面90度。
降りろと言われる谷には降口はないどころかいきなり突き落とされる始末で。

(嫌なもんだ…。)

だから余計、切り替えが恐ろしく早くなったかもしれない。
割り切ったと言えばそれまでかもしれないが、それでもそういう事に対して
アッサリ受け入れて納得出来る自分ってのが少し残念な気もする。

(何だかなぁ…。)

本当だったら涙の一つでも流せば可愛いのかもしれない。
けれど、そんな乙女機能なんざとっくの昔に捨ててきた。

泣いてる暇があったら進む。
嘆いてる暇があるなら振り返らずに前を見る。

その方が、アタシにとっては楽だったのだ。
泣いても嘆いても仕方ない、そうしなきゃならない理由があったからそうやって生きてきた。
まぁ少し過去を振り返るもお約束で、それを直ぐ終えるのもお約束だが。

(はぁ〜っ……。)

先ず考えるのはこれから先の事の方が重大で、それでも流石に溜息くらいは…ねぇ。

「マジどうすっかな…はぁ〜っ…。」


と、口から付いて出る溜息を2つ、立て続けに吐いた直後だった。

「三代目にでも相談してみたら?」
「相談っつったって何相談し…って…。」

相変わらずの不法侵入な上に、それが当たり前の顔をしてるカカシがいて、
昼間っからイイ度胸してんじゃねーか!って普段なら喧嘩腰になりそうな状況で、
でも、流石にそんな気力もなくて。

「詳しい事情は知らないけど、力になってくれるかもしれないデショ?」
「別に力を欲してる訳じゃないんだけど…。」
「まぁ行くだけ行ってみない?」
「え?そ、そりゃ別に構わないけど…ちょ!だから何でアンタはいきなりなんだあぁぁぁぁっ!!」

ええ、そりゃもう強引な手口デシタヨ。
お約束になりつつある俵抱き、とでもいいましょうか?肩に荷物が如く担がれて、
多少抵抗はしたものの、体勢さえ無視すりゃ楽な移動ですし?

(はぁ〜っ…)

どうなるか?は判らないまま、三割拉致紛いに三代目のところに
久しぶりに行く事になる不具合が発生したのだった…。





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2008.12.24