本.30


『おかえりいぃぃぃぃぃぃぃっ!』

満面の笑みを浮かべ、子供を抱きしめる彼女。
修行はどうだった?ケガはないか?
と、心配する様子は毎度の事で、オレはその様子を少し離れた場所で見る。というのが
いつもの流れだった。そして

『アンタが無傷ってのが気に入らない…けど…まぁおかえり?』

と、オマケではあるもののオレにもその言葉をくれる彼女の
中途半端な優しさ(?)の中に明らかな差別を見て、何度心の中で涙を流しただろうか?

まぁそれでも、今までその言葉をくれる者がいなかったオレにとって、
それがたとえオマケのついでであっても嬉しい事に違いは無い。

ちなみに数日留守にしただけでその出迎えだ。
となると、二週間という長さは彼女にとっては相当な期間になるだろう。
おまけに、今回は珍しくサスケもナルトも居なかった事から、
普段の倍は派手になるだろう…と予想しつつ、自分に対する差別も倍になるんだろうか?
と物悲しさも抱えつつ、サスケと共に彼女の待つ店へと戻ったのだが。










「あ…カカシ先生!?」

オレとサスケを待っていたのは彼女ではなくナルトで、

「ねーちゃん知らねーか?居ないんだってばよ…。」
「いや、俺達も今戻った所なんだ。」
「居ない…のか?」
「オレが帰って来た時には見せにあれが貼ってあって…。」

ナルトの指差す場所に貼られていたのは”臨時休業”を知らせる張り紙だった。

「お前達が帰って来るのも判ってただろう、買い物にでも行ったんじゃないのか?」

普段、病気をしようが何があろうが店を閉める事はない彼女だったが、子供の事となると話は別だった。
ナルトが怪我をした、といっては店を閉め、サスケが風邪を引いたと店を閉める。
そんな彼女が家を空けていた二人が久しぶりに帰って来る…となれば、
店を閉める事など当たり前じゃないだろうか?

「オレ、昨日帰って来たんだけど…ねーちゃん帰って来ないんだ…。」
「昨日から!?」

その彼女が、子供達が帰って来るのを知っていて留守にするなど有り得ない。
まして外泊するなど論外で、それ以前に張り紙がある事から彼女は自分の意思で店を休業にした、という事は明白だ。
が、どこか腑に落ちない。
彼女の全ては確かにこの二人の子供を中心に回っているのだ。
おかしい、やはり腑に落ちない点が多すぎる。
と、思った瞬間ザワリと自分の中に広がる嫌な予感。

「ナルト、部屋はどうなってる?」
「部屋?」
「争った形跡・荒らされた痕跡はないか?に決まってるだろうこのウスラトンカチ!」
「なっ!?うるせぇ!!」
「何を…!?」
「お前等喧嘩は後だ。それよりも…」

嫌な予感は一度たりとも外れた事がない。
オレは初めて、その予感が外れてくれる事を祈りつつ、言い争う二人を連れ二階の部屋へと向かったのだが…。





「このウスラトンカチがっ!何で見て判らないんだっ!」
「っそんな事言ったって…気付かなかったんだってばよ!!」
「気付けよ…っこのウ…」
「お前等…静かにしろ。」
「「っ…。」」

不審な箇所はないか?否、なければいい…と願うオレの想いは当然の如く裏切られる。
それは、一見すれば何ら不審などないように思えた彼女の使う室内に残される
敷かれたままの布団と、閉じられてない机の引き出しが…全ての答えだった。

週に何度かここに寝泊りするようになって気付いたのは、彼女が
大雑把だが実は妙な所に几帳面である、という点。
起きれば布団を畳むのを当たり前とし、開けた扉は必ず閉める、
使った物は元の場所にキチンと片付ける、を彼女は常としていた。

そんな彼女が、たとえどれだけ慌てていたとしても敷きっぱなしの開けっ放しなど絶対に有り得ない。

『オイ…店は見たか?』
『店にはまだ降りてないってばよ…。』
『このウスラトンカチがっ!』

事実、最初にそれを見つけたサスケは直ぐに気付きすぐさま一階へ降り、
オレ達はそこに、決定打となる物を見つけた。

あの、休業を知らせる張り紙を書いただろう筆と墨。
それらはテーブル上に無造作に置かれ…というよりは、起き散らかされているといった感。

「無理やり書かされた、って事か…。」
「カカシ先生…それってどういう意…」
「あの人が店のテーブルの上であんな物書く筈ないだろ…チッ…」
「っでもねーちゃんが大人しく連れ去られるとは思えねーんだけど…。」
「っそれは…確かにそうかもしれない…。」
「参ったね、一体何が目的で…。」
「なぁカカシ先生、まさかねーちゃん…帰っちまったって事は…。」
「それは絶対に無い。」
「だってよ?ねーちゃん来たときも”いきなりだったんだよねー”って言ってたしよ…。」
「オイ、どういう事だ?」
「え?サスケは聞いてないのか?ねーちゃんから。」
「何をだ?どうい…」
「その話は後だ。オレは少し調べてくる事があるからお前達は部屋ん中片付けて。」
「「嫌だ!」」
「帰ってきた彼女に殴られたくなかったら言う通りにしろ。」
「「………。」」

ナルトの言う、彼女が帰ってしまったというのは先ず無いだろう。
いきなり来た彼女が、いきなり消える瞬間に張り紙の準備など出来る事など不可能だ。
つまりそれは、彼女の意思でない限り、第三者が絡んでいるという最悪の事態が予想される。

ただ、何も無い事を前提に一応彼女の事をアスマに頼んでおいたのは正解だった。
オレはすぐさまアスマの元に向かい、この数日の彼女の様子を聞く事は出来た…のだが。

「すまん、オレの落ち度だ。」
「アスマ、それはどういう意味だ?」
「足取りが一切掴めねぇんだよ。」
「まさか…!?」
「あの張り紙は三日前に張り出されてる。それっきり…だ。」





─── それっきり、の姿を見た奴がいねぇんだよ…。

オレが知らされたのは、自分が予想していた最悪の事態が現実である、という事だけだった…。



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2009.01.29