本.32


嘘の中に真実を混ぜ、当たり障りのない報告を済ませた。
不審者として上げられた女は自分の知り合いだったと片を付け、
彼女を探す子供達には事情があって数日は戻れない、けれど無事だった…と嘘を付き、
一応納得させた上で俺は急いで自分の部屋に急いだのだが。



夜の帳に家々の明りが灯る中、徐々に近付いてくる自分の部屋を遠目に確認してオレは息を呑んだ。
あの部屋には彼女が待っている筈で、待っているのなら自分の部屋も回り同様明りがついている筈で。

(まさか!?)

けれど部屋に明りがついている様子はない。
それを確信として捕らえた途端、部屋に居ないのではないか?という不安と、
あの時一人にするべきではなかったのかもしれない…という後悔が過ぎる。
信じられない程に、動揺していた彼女。
その様子は、彼女がこの”世界”に現れて暮らし、見続けた中で初めて見せたもので、
それに気付いていながら、オレは何故あの時の彼女を一人にしてしまったのだろうか?
と、後悔ばかりが押し寄せる。

けれど、それが忍でありオレのすべき行動だったのだから仕方ない。
なら、何故これ程まで後悔や不安や戸惑いが沸く?
全ては今更、今更後悔しても仕方ないというのに、解せない感情からなのかそれとも後悔からなのか、
オレは部屋の扉を開ける事に躊躇してしまう。

鍵は彼女に手渡した。けれどもし、扉が開かなかったら?

ドクリと脈打つ心臓の辺り、思わず衣を握ったのは自分の弱さからかもしれない。
木ノ葉最強の上忍と、他国からも恐れられる筈の自分が何たる様だ…と自嘲的な笑いすら出ない。

ただ願うのは、扉が開く事と彼女が中に”居る”事。

そんな風に、何かを祈るような気持ちになるのは一体何時振りだろうか?
汗ばむ手のひらを食入るように見つめ、大きく深呼吸して自分を落ち着かせ、
オレは意を決して扉を開けた。

そして

--- おかえりなさい…。

そう聞こえたのは多分、オレの願いが聞かせた幻聴だったのかもしれない。



















僅かな隙間から差し込む月の光に足元を照らされながら部屋の奥へと進む。
扉は開いた、けれど彼女の気配は無い。

(一体何処に…)

少女の姿をしていた彼女は、大人の女の姿で再び現れた。
黒く長い髪は自分に近い色の短い髪へと変わり、
喜怒哀楽の激しい表情は落ち着いた様子へ。
彼女が成長すれば、そうなるであろう容姿へ様変わりしていた。

けれど、彼女はそれを否定していた。
”自分が信じられない”そう何度も繰り返していた、苦しそうに。
それが、彼女の言う元の姿に戻った事に対してのものでない事は理解できた。
ならば一体、何にどうしてあんな風に怯え、拒絶し、挙句姿を隠したのだというのだろうか?

ここに待っている筈の彼女が居ない。
それは、思いのほか自分の中へストンと落ちてきた。
その現実を理解した途端、動揺していた自分が落ち着きを取り戻し、冷静に考える事も可能になり、
彼女の行動の理由を考えるまでに至っていた。

そして

「ちゃん…。」

部屋の奥、気配すら感じなかった彼女が”居る”事を、確かにこの目で確認し

「あ……おかえり。」

そう返ってきた言葉が今度は幻聴ではない、と感じた瞬間

(嗚呼そうか…。)

俺は、漸く自分の中に或る彼女に対する不可解な感情を、的確に理解したのだった。



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2009.02.24