本.38


街灯がポツン。一つ…二つとある中を、あのベンチに向って一人歩くアタシ。
妙に感慨深いっつーか、何っつーか。何とも言えねぇなぁマジで。
何でこんな事になっちまったんだか。何でこんな事になっちまう位なら ───── アタシは此処に来てしまったのか。
もはやそれすら恨めしい。

此処にさえ来なければ、アタシは自分の愚かな部分に目を伏せたまま生きていけたっつーのに。
自分が実は貪欲で、物欲しがりで我侭で素直じゃなくて ───── って気付かずに済んだのに。

「ったく…やってらんねぇっつーの。」

あの日から数年、ヘムヘム(仮名)は生きてんだろうか?
弟んトコにガキの一人や二人、産まれてんだろうか?
とそんな風に、自分の帰る先を思い描きながらアタシは煙草に火を付けた。

「そういや…何かってーとここに来てんだよなぁアタシ。」

何か、ってっつーより何事か起きた時 ───── っていっても起きた何事かなんてアレしかないんだが。

「そういや…。」

あれ以降、微妙に態度が変わった気がする誰とはあえて口にしないが。
妙に変わったっていうかあれが素?というか。変に気遣いが無くなった分馴れ馴れしいっつーか。

「でも…まぁ…ねぇ。」

それを嫌だと感じた事は無かった。むしろ、あれ以降の方が気兼ねしなくて済んで楽になれたような。
近くに居るのがナルトとサスケだけだった場所に、自然に入り込んできたのも ───── 自然すぎる程自然で、
その期間は僅かの間だったけど嫌だと感じた事は無かった。

「アタシも変わった…か。」

アタシだったけどアタシじゃないアタシ。
ガキだった頃のアタシが必死で頑張ってた此処に来た。あの日まで。
それが、アタシがアタシである事に気付いた ───── 気付かされたあの日から、確かにアタシも何処か変わったんだろう。
自分らしく生きるには楽な方向へ。けれどそれも今日で終わる。

「のんびり隠居生活…か。まぁそうなる予定だったし…いっか。」

仕方ない。帰ったらハロワに行って…や、その前に部屋の大掃除してんでもって ───── って
あれこれ自分の今後を考えてた時だった。

「やぁ、お忍びで散歩デスカ。」
「気付かれるとは…不覚を取った ─── かな?」
「や、気配垂れ流してたでしょーが。」
「そう。気付いてくれたんだ。」

背後から気配ダダ漏れ寧ろ気付けと云わんばかりの気配振りまいて現れたのは ─── はたけカカシ。

「もしかしてー、聞いた?」
「聞いた。綱手様から直接聞いた。」
「そっかー…。」

なら、見送りに来たんデスネ。寂しく一人帰るアタシを見送ってくれる気遣いは感謝すべきなんだろうけど。

「見送りならいらないよ。アタシは一人静かに帰るって決めてんの。」
「何言ってんだよ。誰が見送りに来たって言った?」
「じゃ冷やかしか。趣味悪すぎるよカカシさん。」

気遣いじゃなくて、冷やかしなら ─── まぁいい。
しんみりする位なら、冷やかしとか冗談とか軽く流してくれる方がマシだ。

「冷やかしな訳ないだろ普通。」
「じゃ…偶然通りかかったとか?」
「あのさ…どう考えてもありえないだろそれは。」
「そう?カカシさん基本は神出鬼没だからありえるっしょ。って…まさか…。」
「判った?オレが何しに来たか。」
「お面取り返しに来たんじゃ…。」
「いらないからお面。」
「なら良かった。もう荷物ん中入れてるから今更返せとか言われたら出すの面倒だし。」
「あのさちゃん。」
「何デスカー。」

軽いノリでこうやって会話するのもこれで最後。
こうやって、顔を見て相手が何を考えてんのか?探りあいしながらのこんな会話もこれが最後。

「あんがとねーカカシさん。少なくてもさ?アタシは感謝してるよ。」
「いらないね、感謝なんか。」
「可愛くないっ!」
「あのさ?真面目に聞いてくんないか?オレの話。」
「いらない。」

だから嫌な予感がした。今この場面で真面目な話なんかされた日にゃアタシは笑って帰れなくなる。
だから要らない。真面目な話なんかこれっぽっちも必要ない。
なのに、カカシは妙に強気で ───── こんな態度を見せるのは初めてかもしれない、とすら感じる。

「もうすぐ時間?」
「まだ。」
「ならさ、オレの話聞いてくれる?」
「真面目な話以外なら。」

聞いてはいけない。そんな警鐘が自分の中で鳴り響く。
”はたけカカシ”という人物が見せようとする本音を絶対聞いてはいけないと。

「ゴメン、時間に遅れたくないから行く。」

だから素っ気無く、もう此処の全てに興味が失せたような素振りで一切の動揺は封じ込めて
アタシはベンチから立ち上がり

「それじゃ、サヨナラ。」

何の感情も乗せず、何の意味も込めずただの言葉としそれを発した ───── のに。

「帰らせる気はない、ってオレが言ったらどうする?」
「どうもしない。」
「帰らないで欲しい、ってオレが頼んだらどうする?」
「知らない。」

カカシはアタシが本当は一番欲しかった、求めた言葉に感情と意味を乗せて次々と発していく。容赦なしに。

「ガキのくせに遠慮するからこういう目に逢うって教えてやろうと思ってさ。」
「聞えないから。」
「アイツ等がちゃんの事思って言い出せないの、気付いてるデショ?」
「それくらい判ってる!」
「で、ちゃんは気付かないフリするんだ。それって卑怯デショ。」
「卑怯で何が悪い?」
「そうやって居直るのも悪いクセ。それも直した方がいいよ。」
「大きなお世話。もうアタシ行く。」
「だから ───── 行かせないって何度言わせたらその頭で理解する?」
「ちょ、落ち着こうカカシさん。」

そして、容赦ないのは言葉だけじゃなかった。
アタシはどこか、はたけカカシってヤツを舐めてた。絶対に強行には出ないって勝手に決め付けて。
だからよもや行く手を阻むのに実力行使するとは思ってもいなくて。

「オレも十分卑怯な大人だからね。アイツ等は後から後悔すればいいさ。」
「だから何言ってんのかサッパリ判んないから!」

ガッチリ前方から羽交い絞め。つまり…その…何だ。
羽交い絞めには間違いない。ただ、それを前方からやられると一般的にそう表現はしないっていうか。

「帰らないでよ。理由が欲しいならオレが理由になる。」
「だからっ…。」

こう前方から羽交い絞めにされて耳元で囁くなチキショー!

「ちゃんがここに居る理由。オレじゃダメなのか?」
「ちょ…っだから…。」

弱弱しく囁くとかズルイ大人の真似しやがってどんだけ知能犯なんだこの野郎は。

「オレの為にずっと此処に居ろ。アンタの存在理由ならオレがいくらでも作るから。」
「マジ勘弁して…心臓に悪すぎる…っからっ!」
「答えて。ナルトやサスケじゃなくてオレの為にここに残るって。」
「っ…ゴメ…。」

アタシにアンタの声は、もはや凶器なんだってばー!声フェチ舐めんなぁぁぁぁぁ…。

「他の誰でもないオレの為に帰るの止めて残って欲しい。オレの為にずっとここに居てくれないか?」
「マジ…ゴメっ…それ以上はっ…。」

もはや、アタシに抵抗する余力はほとんど無かった。半ば腰砕け状態で、羽交い絞めにされてる相手に
やっとこさ縋り付いて立ってるって状態。それでも、アタシはうんとは頷けなかった。帰るって決めたから。

欲しい言葉も理由も全部くれるって言う言葉に嘘は見えない。多分カカシは本気で言ってくれてるに違いない。
違いないんだけど、んな素振りとか全然見せなかったクセにいきなりとかちょっとやりすぎじゃね?

仮に、仮に全部カカシの本心で全部カカシの思いで ───── って見せかけて実はナルトとサスケに
頼まれてやってるんじゃね?ってちょっぴり思うっていうか寧ろ後半が正解な気がすんだけど。それでも!だ。
アタシは生きるのに必死でがむしゃらで、そういうのってもう記憶の彼方にしかなくて。
それをいきなりそんなダイレクトにっていうかストレートに言われたってアンタ、意固地な性格のアタシが
素直に頷くと思ってんのかっ!と、心の中でフーフー威嚇しつつ叫んだものの。
相手は上忍はたけカカシ。伊達に近隣諸国に名を馳せてる訳じゃなかった。

「ちゃんの不安の全部、オレが消してやる。だから ───── オレの為に此処に居て、オレの側にずっと居てくれ。」

容赦なく叩き込まれるトドメの一発はそりゃもう威力はハンパなく。
本心だろうが頼まれての事だろうが、もはやアタシの負けは確定した。これ以上の抵抗は、命の危険がある(いやマジで)。

「わか…った…から。帰らない、残るからもう勘弁して…。」
「本当に判った?オレには判ってるように見えないんだけど。」
「身に染みて理解してます。もう帰らない帰りたくないここに居させてくださいお願いします!」
「そうじゃない。オレが言ってるのはそういう意味じゃない。」

一難去ってまた一難ってのはこういう事じゃなかろうか?
何か気に入らないのか、カカシの口調はさっきより僅かに低くなって?

「ちゃんの事だからオレが引き止めてるのはアイツ等に頼まれてやってるとか考えてないか?」

図星です。と、言い出せる雰囲気はミジンコも無い。

「残るって言ったのはちゃんだ。オレの言葉に納得して残る事にしたのもちゃん。」
「そうだけど…。」

もう何が言いたいのかさっさと言えよ!ってのも当然言えやしない。

「ちゃんが残る事に決めた理由も意味も全部オレが作るって意味、理解してる?」

全然理解出来ないっつーか理解出来る状況じゃなかったし!ってのも勿論言えない。

「オレはさ、ちゃんがそんな風にしか生きられないってあの日気付いた。」

ムっ…っとしたのも当然言わない。

「だからオレがそれを成せるならオレのモノになってくれるんじゃないか?って思った。」

モノってアンタ、アタシ人ですし。

「オレは人に自分の本音とか見せるのは好きじゃない。弱み握られるようなもんだしね。」

そりゃそうだけど、それとこれと何の関係があるんですか?と小一時間問いたい…。

「それでも引き止める為ならね、曝け出してもいいと思った。」
「っそれは…ご苦労さまデス。」

もはや、アタシが口出しする隙間は無い。
下手に冗談めかして突っ込んだ日にゃ口塞がれそうだし。

「全部オレの。頼まれた訳でもない全部オレの望みでオレの願い。」
「……………意味がワカリマセン。」

もう、アタシの思考は動くのを拒絶しはじめた。
現実を受け入れるには、アタシの脳は以外にも初心過ぎたらしい。多分。

「覚悟だけ決めてくれたらいいさ。後は ───── な?」
「いやいやいやいや仰ってる意味が全っ然ワカリマセン!」
「判るまでずっとこのままでもいいけど?」
「全力で理解するよう努力しますんで!見逃してください!」
「オレは無理させたい訳じゃないんだ。自然にちゃんが受け入れてくれればそれで…。」

だ、だから。前方からの羽交い絞めのまま人の肩にコテンと可愛く首置くんじゃありません!
間違い起きたらどうすんの!?責任取れないよアタシ!って責任取るのは何でアタシ!?

「オレの手の内、全部見せたからもう何も残ってない。後は態度で示す他…。」
「態度で示さなくていいから!早まらなくていいから遠慮します辞退しますっ!」
「オレの事そんなに嫌いか?」

だからっ!この状況でそういう声でそういう目で言うんじゃないっ!
思考が麻痺寸前なんだからうっかり頷いたらどうすんだ!って頷いたら逃げられるんじゃない?
むしろ首振ったら…恐ろしくて身動き出来ん。

「一言でいいんだ。一度でもいい。オレに ───── オレが安心できる言葉、くれないか?」
「具体的に…どう言えば…いいか全然…もうワカリマセン…。」
「オレの事嫌い?」
「嫌いじゃない?」
「疑問系も棒読みも却下だから。で、嫌いな訳じゃないデショ?」
「嫌い ────────── じゃない。」
「じゃあ言って。オレがどんな言葉が欲しいか、判るだろ?」

判る?
マジ?
本気っすか?

って何真剣に悩んでんのアタシっ!流された挙句誘導尋問に引っかかって本気で取り返しつかなくなったらどーする!

「えぇっと、それはまた日を改めまして…。」
「チッ…。」
「チッ…ってアンタ。アンタまさかアタシの事からかって…。」
「そんな訳ないデショ。オレはいつでも本気だよ、ちゃんの事に関してだけは…ね。」
「ああああああああああああああああああああああもおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「今日のところはこれで勘弁してあげるよ。ただこれだけは絶対忘れないでくれよ?」

オレは ──────────────── 。










「随分遅かったじゃないか。」
「ええ、もう此処に辿り着くまでに精根尽き果てて…。」

何もしてない筈なのに、アタシはボロボロ状態で約束の場所へどうにかこうにか辿り着いた。
けれど、そう簡単に辿り着けた訳じゃない。最後の衝撃過ぎる言葉に魂半分抜け落ちそうになるわ
茫然自失になるわ、それが原因で最後に何言われたか忘れたってうっかり口走ったが最後
また羽交い絞めにされて延々 ───── そう延々とあれこれ続き。
そう簡単にここに来させてもらえるような状況じゃなかった。
それでも本気で泣き入れて漸く開放に至りここに来る事が出来たのだ。そら遅くもなるわっ!!

「そりゃ大変な話だね。で?」
「で?って…?」
「相当キテただろうカカシのヤツ。」

挙句ここで更に打ち止めの一発っすか!?
ていうかこうなる事判ってたんじゃなかろうな?

「綱手ねーさん…まさ…か。」
「ガキってのは変な所で律儀なもんで大人の方がタチが悪いってのが世の常さ。」
「打ち合わせ済み、なんて事ない…ですよ…ね?」
「さすがにそこまでしやしないさ。あくまでカカシの単独行動だ。」
「そう…ですか。」
「安心するのはちと早いんじゃないか?」

それってどういう意味デスカー?

「はたけカカシの恐ろしさ、身に染みただろう。」
「髄まで。」
「問題はこれからさ。開き直っちまっただろうしねぇアイツも。」
「ちょっとぉ!怖い事言わないで下さいよぉぉぉっ!」
「同情するよ。けどそうさせたのは他ならないお前だ、諦めな。」
「無理無理無理無理無理ぃぃぃっ!」
「ま、アンタには悪いとは思うが後は宜しく頼むよ。それも三代目の望みだ。」
「ちっきしょぉ三代目ぇぇぇぇぇっ!てめぇの仕業かああああああああああああっ!」

アタシはもしや、この古狸二人にハメられたんじゃないだろうか?と、本気で悩んだ。

精根尽き果て、疑心暗鬼に陥り、自分が巻いた種とはいえ、今後どう立ち回ればいいのか?
光明の一筋すら見えない。お先真っ暗状態な上、気付けば一人ポツーン。

「どのツラ下げて帰ればいいんだ…?」

カカシという手土産を貰い、目先の一番大きな問題に頭を抱え、迎える夜明けをバックに本気で本っ当に一瞬

─── 帰りたい…。

そう思った事は ────────── 墓まで持って入る事になるアタシ最大の秘密となる。





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2009.07.27