本.45 昼寝からの目覚めのような日常と何ら変わりない様子で、三十日目、ちゃんは目を覚ました。 もうダメかもしれない ───── と、したくもない出来もしない覚悟を口にした直後の突然の目覚めに オレ達は正直腰を抜かす程驚き(実際ナルトは驚きのあまり腰を抜かしたが。) ナルトの様子に笑う余裕さえ見せるちゃんの様子に更に驚いた。 「心配掛けて ───── ゴメン。」 心配かけた事も含めての謝罪なんだろうちゃんは素直に謝る。けれど ───── ずるくないか? オレはどこかそんな風に感じていた。ちゃんが無事な事はオレだって嬉しい。ただ、釈然としないのだ。 血塗れの彼女を見つけたオレ達がどんな思いで彼女を連れ帰り、どれだけ心配して彼女の目覚めを待ち続けたか。 目覚めたちゃんだってそれが判っているから素直に頭を下げて謝ったんだろう。 ───── 判ってるさ。 それが計算じゃ無い事も判ってる。 何であんな無茶をしたのか?どうして深手を負った身体であの場所から動いたのか? 何故、助けを待とうともせず死に急ぐようなマネをしたのか? どれだけオレ達が心配したと思っているんだ!?と、本当は怒鳴りつけたかった。 だからこそちゃんも素直に謝ったんだろうオレだってそれ位理解できる。 要するに、オレは自分の中にあった怒りのやり場を失い、不完全燃焼を起こした結果 ───── オレの我侭ってトコか。 オレは自分の感情を制御しきれず、かといってそれをどうする事も出来ず、 一人勝手に憤りを感じていただけ。それだけだった。 「ナルトサスケ、病み上がりに五月蝿いのはマズイ。帰るぞ。」 「判った。」 「もう少しだいだろっ!」 「ダメだ。」 「ちぇっ。判ったってばよ…。」 一人帰ればいい所をそれをするのも癪に障り、ナルトやサスケも帰そうとしたのは単にオレの我侭。 自分の中にある憤りが、自分独り帰る事で更に肥大するのが判っていたからオレは二人を自分の我侭に巻き込もうとした。 「ちょっと話が…。」 けれどそれを阻止したのは意外にもちゃんで。 「アンタ達、先に帰っていいよ。近いうちに帰れると思うからちゃんと掃除しときな。」 「………判った。」 「(何でカカシ先生だけ残るんだってばよ…。)」 二人を残し、オレを帰すならともかくちゃんは確かにオレを引きとめ、二人を帰す事を望んでる。 ───── 何かあるのか…? そうなると、条件反射というべきか。途端にさっきまでの憤りも我侭も怒りも全部消え去り、 残ったのは拭えない程に身に染み付いた恐怖とでもいうべき感情で。 ───── どっ、どうするんだ!? 本当に、オレにどうしろっていうんだよっ!!!!! 静かな病室。窓から差し込む夕日が灯りの要らない程度に室内を明るく照らしていたがそんな事はどうでもいい。 オレを引き止め、二人を見送ったっきり俯くちゃんが何も話そうとしない事にオレはすっかり怯えきっていた。 「(っこの場合オレが何かを聞けばいいのか!?)」 壁にもたれ、腕を組んで様子を伺ってたのはせめて余裕があるフリだけでも見せておきたかったオレの意地だったが、 その余裕のあるフリさえ厳しいと感じる程、オレは追い込まれていた。 (ちゃんが眠っている間にヘマはしてないか?って考えてる時点で終わってる気がしないでもないが。) 腕を組み替えたり視線を泳がせたりと忙しなく(落ち着き無く)しているオレの余裕の無さにちゃんは気付いてないんだろうか? と、俯く彼女の表情を少し伺おうと覗き込めば(勿論距離は保ったまま) 「座れば?」 「っああ…。」 ベット横に置かれている椅子を指差すちゃん。 その瞬間、嗚呼終わった ───── とは思わない。思っちゃないが、現実としては多分終わった。 言われるまま、その椅子に腰を下ろし息を呑んで彼女の放つであろう死刑宣告を待つ。 が、彼女の口から放たれたのは、オレに対する死刑宣告でもなければ罵りでも謗りでもなく 「あの時はもう目茶苦茶で ───── 死んでもいいって思った。」 三十日前に起きたあの出来事の最中、彼女が感じていた自分勝手にも程がある ───── けれどそう思うのは仕方ない としか言いようのない彼女の思いだった。 全てを自分の責任にして自分の存在すら否定するちゃん。 それをオレに語る理由は判らないけれど、ちゃんがそんな風に思い込むって事は判りきっていた。 彼女が語ったオレだけが知る、オレ達が出会う以前のちゃんを知り、今オレ達と一緒に過ごすちゃんを知っていれば尚更だ。 ちゃんは甘い。自分の懐に入れた者や、特に子供と認識する相手には厳しいけれど過ぎる程甘い。 そんなちゃんが、たとえ見知らぬ相手だったとはいえこの里に暮らす子供で下忍で、それが定めだったのだから仕方ない 事だと理解していても、目の前で命を散らす様を見れば自分を責める事などちゃんを知る者であれば容易に理解出来る。 けれどそれを何故今、オレを引き止めてまで語るのか?までは判らない。 「帰れなくてもいいって思ったのに帰らなきゃならないって思ったのは最後に聞えた声だったんだよね。」 「声?」 「アタシの名前を必死んなって呼ぶ声。必死んなって泣きそうな顔してアタシを呼ぶ声。」 語る相手の主はナルトか?それともサスケか?そう思ったけれど。 「アタシはカカシさんがあんな顔するなんて思ってもいなかった。何であんな顔すんだろうって。」 「オレ…が!?」 「すっげぇ怒ってた。アタシの名前呼んでるだけなのに声も顔も怒ってて、なのに…。」 オレに自覚は無い。今、ちゃんがそう口にするまで一切の自覚はなかった。 なのに言われてあの時を思い返して ───── 思い出した。 自分がどれだけ必死で彼女の名を呼び、返事もしようとせず目を開けようともしない彼女にどれだけの怒りを覚え、 その怒りがどこから来てどういう意味を持っていたか? 自分の腕の中で冷たくなっていく彼女をこのまま失ってしまうかもしれない事実にどれ程の恐怖を感じたか?を。 「なら何であんな無茶をした!?あの状態で動き回ればどうなるか判っててどうして待ってられなかったんだっ!」 あの時言いたくても言えず、払拭しようにもし切れず、ずっとオレの中に残っていた台詞が 再び沸き起こる怒りと共に口をついて出る。そうなると、もう抑える事は出来ない。 「どれだけ心配したと思ってるんだ!もうダメかもしれないって言われたオレ達がどんな思いしたか!」 「だから帰ってきたんだよっ!」 「帰ってきたって何だよっ!」 「どうでもいいって思ったけどあんな顔見たから…だから死ねないって思って帰ってきたんだよっ!」 それってどういう…。 「えっ…と、ちゃん?」 「一旦は諦めてもういいって思って…けど思い出したから死にたくないって思ったの!悪いかっ!」 「ちゃんちょっと落ち着いてくれって。」 「ああそうさそうだよナルトでもサスケでもねぇアンタがあんな顔すっから頑張って帰ってきたんだよ文句あんのかっ!」 要約するとつまりちゃんが目を覚ましたのはナルトでもサスケでもなく、オレの ───── ? 「ちゃん、聞いていいか?」 「んだよっ!」 「オレがいたから帰ってきたって事か?」 「…………知らん。もういい話は済んだから帰れっ!」 「えっ!?ちょ、ちゃんあのだからさ?」 「かーえーれっ!とっとと帰ってナルトとサスケの面倒見てきやがれっ!!!」 帰ってくるっていうのが何処からか?どういう意味なのか?は判らない。 けれどオレの為に帰ってきてくれたらしい事は確か ────────── か?と 一応確かめようと喚き散らし顔を背けるちゃんの顔色を伺おうとして ───── てっ、れてる!?ちゃんが!? 必死に顔を逸らし続けるその頬が夕日に染まってるんでもなく怒りで高揚してるでもなく、 照れるという現象によって引き起こされている事に気付いてしまった。その、滅多にお目にかかれない奇跡とも言える 現象にオレは見てはいけないものを見てしまった気分のまま撤収を余儀なくされ。 ───── いや、ちょっと待てよ? 帰りの道すがら、自分が間違った選択をした事に漸く気付く。 ───── あそこで引き下がって良かったのか!? とはいえ、引き返すという選択は消滅してしまった。 それはつまりいつもと変わらない何の変化も生まれない結果が残るという事だが、 多少変化があった、と考えてもいいのかもしれない。 あんな風に感情に任せてどさくさに紛れてではあったものの”言葉”という明確な形で 確かに彼女は自分の中にある何かしらの変化及び感情をオレにぶつけてくれたのだから ───── 急いては事を仕損じる。って事か…。 ゆっくり焦らずに。一つずつ引き出していくのが最も有効な手段 ────────── ってとこだろう。 -------------------- 2009.12.17〜2010.01.30 ← □ →