◇◆ Spring -April- ◇◆ 4/4 『ねーちゃん!早く起きないと遅刻するよ!!』 ---まったく…いい歳して手ぇ焼かせないで欲しい。 『ねーちゃん…ホントに知らないからな!!』 ---花のジョシコーセイだろ!? 「寝ぼけてないで起きないと入学式に遅れるよ!」 「げっ…ちょ…い今何時!?」 「7時50分」 「うっそ…やだっ、何でもっと早く起こしてくれないのよぉ」 寝汚いのかそれとも? ねーちゃんは時間を見てやっと慌ててくれた模様。 焦って空回りしてるだけで、まともに機能してないねーちゃんの代わりに 仕方なく俺が部屋の窓とカーテンを開けていると、パジャマを脱ぎ捨てて急いで制服に着替え始めた。 まぁ、着替えてるのはいいんだけどさ。 ---16なんだからせめて恥ずかしがれよねーちゃん…。 そりゃ、ねーちゃんの部屋の窓からは景色しか見えない。 でもさ、どこから誰が覗いてるかも解らないんだぞ? もうちょっと部屋の隅で着替えるとかあると思うんだよね。 それ以前に俺もいるんだけどさ。 ちなみに俺はちゃんと朝食は済ませた。そして、ねーちゃんにそんな暇ある訳ない。 「いくよ!ねーちゃん!!」 「ま、まってよ!!」 俺が急かさないと多分、ねーちゃんは時間が無くても朝ご飯を食べようとするだろう。 さすがにね、入学式早々遅刻させる訳にはいかないんだよね弟としては。 案の定、キッチンに行こうとしたねーちゃんを無事制止、俺たちは家を飛び出したんだ。 その3日前。 『尽!ちょっと…』 お昼ご飯の支度をするオカーサンが俺を呼ぶ。何故かこっそりヒソヒソと。 『どうしたのオカーサン?』 キョロキョロ当りを見渡してから、俺の耳元でこっそり囁くオカーサン。 何か怪しい雰囲気だぜ。 『ご飯が済んだら…』 ふんふん 『おねーちゃん出かけるらしいのね?』 ふんふんそれで? 『だから…』 俺はそこでピンときた。 『尽も一緒に行って来て』 『はいはい…』 俺は渋々ながらも承知した。いや、渋々じゃない。 いつものことだから渋々っぽい返事をしたけど、断る気はもちろんない。 ねーちゃんの事は大好きだし、それ以前にまぁイロイロとね。 昼からは予定通りねーちゃんと街へ出た。 キョロキョロキョロキョロとかなり挙動不審なねーちゃんに、俺の中に芽生える一抹の不安。 『ねーちゃんは覚えてるの?』 まだ俺が赤ん坊だった頃、ねーちゃんはここに住んでいたらしい。 ねーちゃんは赤ん坊じゃないから多少覚えている…といいんだけど。 『どうかなぁ…歩いてみないと』 そりゃ街並なんてあっという間に変わるだろうけどさ? 『ねーちゃんちょっといい?』 俺は多分、他のどこの姉弟よりも自分の姉を知っている理解してる!と自負してる。 絶対アレだ。ねーちゃんは、 『何よ…』 『ここはどこですか??』 『さぁ?』 ここがどこだか全くわかってないみたいだった。 一応この街を知っている、という前振りがあったけど、 あれは察するに姉としてのなけなし見栄だったかやっぱり。 『あのーすいません、○丁目はどういけば…』 全く。解らなくなった時点で素直に白状するか、誰かに聞けばいいのに。 素直なのか素直じゃないのか解んないんだよねーちゃんは。 『・・・・・』 『の、喉渇いちゃったね!』 『ぜーんぜん…』 『・・・・・悪かったわよ』 『この調子でちゃんと学園行けるのか?ねーちゃん』 ---学園まで下見に行かないと…。 このねーちゃんじゃ、100%学園には辿り着けない。俺には断言できる。 ただ、辿り着けないことが悪い事じゃないその後の方が問題なんだ。 辿り着けなかったから適当な場所で平気で適当に過ごしてしまうねーちゃんは危険極まりない。 だから予行演習と称して、俺はねーちゃんを学園まで2往復連れまわした。 うん、我ながら完璧だ………ってそういえば。 ---俺自分の行く学校までの道下見してないじゃん…。 勿論ねーちゃんの頭にそんな事がある筈もなく、 やたらゴキゲンなねーちゃんと夕暮れの照らす道をのんびり歩いて家へ帰ったのだった。 「イマイチ…だな」 目が細すぎる、失格!!!お、次が来た! 「ビミョーだな…」 背が低すぎる、あれなら俺のがマシ!! さぁ次来い来い!! 「ロクなのいないじゃんここ…」 学校が終わった俺は数人出来た友達と帰宅し、 内何人かの自宅を教えてもらってまた今度遊ぶ約束をした。そして 『え〜残念…』 俺と一緒に遊びたがる奴等の誘いを断ってある場所にいた。 3日前、ねーちゃんを連れて2度程来たねーちゃんの通う学園前。 俺はいまその正門前付近で人を探していた。もちろんそれはねーちゃんじゃない。 この学園でねーちゃんが過ごす3年間。 それをスムーズ且つ円滑に過ごせるように、と想う愛情故の弟の行動なのだ。 だけど。一時間程物色したけど俺の高いハードルを越えられそうな奴はまだ現れない。 妥協するのか?この俺が!?一瞬挫けそうになったその時、俺の視界の端を一人の野郎が通った。 俺は視界の端に入っただけのソイツの後姿でピンときた。 ---こいつだ…絶対だ! 俺は見つからないようにそいつの後を付けた。ちなみにまだ顔は見てない。 さっきまで顔が判断基準だったけど、コイツに決めた。 もしコイツの顔がひょっとこでもまぁそれはねーちゃんに我慢してもらえばいい。 だから、俺はコイツに決めたんだけど。 「なぁなぁ!」 ---公園を通り抜けるのかこいつ。 チャンス到来!何この絶妙のタイミング! やっぱり俺イイ子だから?ちゃんとカミサマ見てるんだね♪ 何て呑気に考えて、尾行してた奴に声を掛けた。 「なぁ、聞こえてる?」 ---む…中々手ごわい。 「何か用か…」 ---わ〜お、大当たりかよ。 そして、振り返った相手の顔見て俺は一瞬…かなり焦った。 確かに顔で判断した相手じゃないけどさ、顔までイケてるなんて、やっぱ俺ってスゴイ!? 「にーちゃんさ、イイ男だね!!」 「用は何だ…」 ---この際、愛想が微妙なのは放置して…。 「これにーちゃんにさ、あげるよ!」 俺は朝用意しておいた物をソイツに手渡した。 かなり驚いてるけど、まぁ諦めてくれ。俺が選んだんだから、間違いない…はず。 後は野となれ山となれ〜って事で。 「俺が吟味した結果、にーちゃんが一番だったからな、遠慮しなくていいから!」 「……」 「じゃな!!」 ---さぁ…どうなるか…後は今のニーチャンと、ねーちゃん次第。 俺が帰って暫くしたら、どうにか無事ねーちゃんが帰ってきた。 「ねーちゃんねーちゃん!」 「学校どーだった?イイ男の一人や二人はいたか?」 ダメだろうけど大丈夫、俺がちゃんと準備しといたからな! 「お友達ならできたよ〜…」 な、ねーちゃんとうとうやる気になったか!? 「カッコイイのか!?」 「えっと…眼鏡かけてて…」 眼鏡属性は…マイナスポイントだな。 「インテリ系なのか?」 「賢そうだったかも〜…」 優等生タイプでさらにマイナス追加っと。 「将来有望なんだなそいつは!?」 「名前は!年は!連絡先はちゃんと聞いたんだよな??」 「もちろん!ほらこれみて」 まぁそんなオチは解ってたけどさ。盛り上がってしまった自分がちょっと可哀想に思えるよ俺。 どう見ても女の名前だった液晶画面。 「な、何よその目は…」 「これどう見たって女じゃん…」 「そうよ?」 「ねーちゃんさ…こうもっと他にあるだろ!一生に一度の女子高生なんだよ今は!!!」 「そういうアンタはどうなのよ〜…」 「フ…」 「はいはい、一生に一度の小学生なんだから精々がんばれぇ〜…」 「なにその態度、ねーちゃん大人げないよ…」 「アンタには子どもらしさが足りないわよ〜だ!」 一体どっちが年上なんだか……………。 4/24 朝からねーちゃんが出かけた。 何でも公園に行くとかどーとか。 「何!一人で散歩する訳?」 「違うよ〜…」 「じゃデートなのか!?」 相手は誰だ!!俺がセッティングしてやったアイツはどうなったんだ!? って、あっそうか。クラスの女子が雑誌持って騒いでた。 この街に済んでる高校生モデルがいるって。名前は確か”葉月珪” その雑誌見た瞬間、俺は椅子から滑り落ちた。 ---こ、この俺が判断ミスするなんて…。 姉思いな俺が、ねーちゃんの携帯番号渡した相手。 ---よりによってなんで葉月珪に渡しちゃったんだ俺…。 俺は、あの愛想の無い、何事にも無関心な様子のアイツがモデルの葉月珪って奴で、 そんな相手にねーちゃんの携帯番号を渡してしまった事を知る。 相手は高校生とはいえ人気の有る(しかも相当)現役モデル。 身内の贔屓目でみても、ねーちゃんの勝率はゼロだ。 俺は、アイツの顔を見てから選んだ訳じゃない。 視界の隅に入ってきたあいつの雰囲気が、何ていうか…。 「で、誰と行くんだよ!!」 「え〜っと…」 誰だっけ…、有沢とかいうねーちゃんか…。 「葉月くん…かなぁ」 ---……は? 「ねーちゃん何言って…」 「ほら、天気も良さそうだったから先週電話したらいいっていうし…」 ---カミサマありがとう………。 「そ、そうか!じゃ気をつけて行って来いよ!!」 「うん、じゃ行って来る…」 いってらっしゃいおねーさま!! 俺は出かける姉の後姿を見送りながら思わずガッツポーズをしてしまった。 ---ふぅ…。 やっぱり俺の目に狂いは無かった。 うん、愛想もないけど葉月珪、イイヤツに違いない!! ---……。 大丈夫かな、ねーちゃん。 ちゃんと迷子にならずに公園まで行けるかな? 待ち合わせ時間間違えるとか、場所間違えたりしないかな? ---……ああああああああああああああああああああ…。 もう、誰か助けて。 普通とはかなりズレてるねーちゃんだって分かってる。 かなり、なんてレベルじゃない。そのズレっぷりは相当レベルに達している。 そんなねーちゃんをあの葉月珪が相手にしてくれるのか? 心配すればするほど俺の心臓はバクバクしてくる。 けど、俺は俺を信じてる。っていうかもう信じるしかない。 視界の隅に入ってきた後姿は、俺には見覚えがあったから。 どこかねーちゃんと似た感じ、俺は葉月珪の後姿にそれを見た。だから、顔も見ないでアイツに決めたんだ。 ホントは誰でも良かった。本当に誰でもよかったんだ。 この街に戻ってきてから感じる不安。 ただでさえのんびり屋なねーちゃんが、今まで以上にのんびり…っていうか何ていうかわかんないけど。 誰でもいいから、俺のねーちゃんを留めておいてくれる奴が必要だったから…。 「ただいま〜…」 「おおおおおおお…」 「どうした尽くん?」 「おかえりねーちゃん!」 「ただいま〜」 帰ってきたねーちゃんの様子は、普通よりは多少機嫌がいいっていうか。 「楽しかった?」 「うん、楽しかったよ〜…」 楽しかったならいいか。 神様仏様葉月様、どうかうちのねーちゃんを………。 ← □ →