◇◆ Spring -May- ◇◆
              




藤井奈津実の場合





私にとって運命の入学式のあの日、一目見て思った。
これは絶対偶然なんじゃなくて、運命なんだ!って。

自分で言うのも何だけど、私はモテる。
男女問わず友達も多いし、明るいしオシャレだし?何ていうか社交的だし?
流行にはもちろん人一倍敏感な方だ。
と、まぁそんな感じなんだけど、やっぱり女だし。
自分からアプローチなんか絶対ムリ!特に意識した相手には余計ムリ!!!

なんて気後れしてたのが災いだったのか、アイツの周りに私の知らない間に
女の影が見え隠れし始めた。
それに最初に気付いたのは4月も終わろうとした頃だった。





『なぁなぁちゃん、今度の日曜暇?』

---い、今の声は…!?

放課後、部室に向かおうと教室を出た私の耳に聞こえてきた声。
その声は間違いなく【姫条まどか】の声で、私は声の方へこっそりと様子を伺いにいく。

『えーっと…』
---えーっと、じゃない、断るの!断りなさい!!!

姫条が誘っている女の子に向かって念を飛ばしながら廊下の曲がり角から覗くと、
丁度姫条がこっちを向いていて、相手の女の子は後姿しか見えない。

---チェックしとかなきゃ…。

後姿からは全く想像できないのは当たり前。
でもまぁ雰囲気的にあの程度なら多分大丈夫かな?って思ったんだけど。
一応念の為、頭の先から足の先までじっくり観察した後、女の子の所持品が多少私を焦らせた。

---やだ何あのカバン…めちゃくちゃ可愛い…。

彼女の持つカバンの大きさ形色合い柄模様というかなんというか。
それが私の感性に素晴らしくヒットするものだったから。

---ヤバイ、ああいうの持つ子って可愛いかも…。
『ごめんね〜…ちょっとその日は予定が…』

ゴチャゴチャ余計な事を考えていると、どうやら姫条は誘いを断られた様子だった。

---よっしゃ!!!

じゃなくて。姫条は女の子に優しい。
誰にでも優しいから絶対相手が勘違いしてモメたりするに違いない!って思っちゃう位優しくて、
私は勘違いなんか絶対しないけど。とにかく私は絶対姫条をゲットしてみせる!
って入学式の日に誓ったんだから、災いの芽は早いうちに摘み取らないと。

---偶然装って通りかかってあの子の顔チェックしとかなきゃ。

決意新たに数歩バック。そ知らぬ顔で歩き出そうとした時

『それじゃまたね〜…』
『しゃーないな、ほなまたな〜』
---ちっ…。

私は獲物を捕らえる前に逃げられた事に気付いた。

---や、やるわね中々…。

なんて考えてる時間が無い事に気付いたのは

『ん?何や奈津実ちゃん、部活行かな遅刻すんで?』

帰ろうとした姫条に見つかり、そう告げられた瞬間だった。

それが偶然の一回目。二度目の運命?は5月に入ってすぐ位だった…はず。





「やばい…」

思わず零れた呟きに、私は慌てて周りを見渡す。

---だ、誰にも見られてない…よね…。
「やばいってこれ…」

とにかくヤバかった。
何がどうヤバイのか?というと…。

「かわゆすぎる…」

それは、部活を終えた私が通りかかった中庭で発見した物だった。
既に人影もない日暮れを通り越して薄暗くなろうかとしていた頃、
偶然通りかかった私が見つけたのは、中庭のベンチの上にポツンと置かれた
バスケット風のカバンらしき物体だった。

「忘れ物?落し物??」

ピクニックバスケットの1/4サイズ位のその中身は、何故か綺麗に洗われた
お弁当箱と水筒等が綺麗に並んで入っていた。
確実に忘れ物なんだろうけど

「こんなのドコに売ってるんだろ…」

出来る事なら私も欲しい!!!!!
そう思う位可愛いそのカバンを握り締める私の頭に浮かんだ名案。

「落とし主見つかったら教えてもらえばいーじゃん!!」

そしてその落とし主から買った店を教えてもらえばいい。
私はそう決めて、職員室に向かい

「すいませーん、忘れ物っぽいモノ拾ったんですけどー」

職員室に入って残ってる先生にそれを手渡す。

---2〜3日したらまた先生に聞いてみよう!

これで完璧だ。自分の思いついた名案に思わず鼻歌も零れるってもんで、
軽い足取りで職員室を後にした私は、一人の女の子とすれ違った。

---今の確か…。

地元からの持ち上がりが多いこの学園に、毎年数人は外部からの入学がある。
今年もそれは例外ではなく、数人外部からの入学者がいた。
姫条もその中の一人だったけど、あの子も確かその一人の筈で。

---優等生有沢女史と仲良く歩いてたっけ…。

その程度の認識だった筈が。

「すいません…お弁当箱落としちゃって…見当たらないんです…」

入れ違いで職員室に入った彼女の声に、私は彼女が探していた相手だと知った。
そしてそれが、違う意味で探している相手だと気付いたのは、それからさらに数分後だった。

「あ、もしかしてバスケットみたいなやつ?」

早速どこで買ったか聞かないと!そう思ってUターンした私は即彼女に声を掛けた。

「え?あ…うん…バスケットみたいなやつ…です…」
「それならさっき中庭で拾って届けたとこだけど〜」
「ほ、ホントですか〜?」
「センセー、さっきの落し物の落とし主来たみたいだから渡してあげて」
「あ、ありがとうございます」

彼女は先生と私にお辞儀をすると、そのカバンを大切そうに抱き締めた。

---へぇ…意外とこの子…。

「ねね、名前教えて?わたし藤井奈津実っていうの。」
「えーっと…」
---ん?

何だろうこのデジャヴ。

「です、…よろしくおねがいします藤井さん。」
---…って…まさか…
「あ、うん、よろしくね!」

何かおっとり、っていうかボンヤリっていうか、ぽや〜んとした感じ。
見た目は…まぁ…言わないでおこう。

「あ、って呼んでいい?何かその方がオトモダチって感じするじゃん?」
「あ、どぞ遠慮なく〜」

感じも、イイかもしれない。

「あたしの事は奈津実でもなっちゃんでも何でもいいよー!」
「じゃ…なっちゃん…で」
「これからよろしくね〜!」
「よろしくね〜なっちゃん」

なんて余裕ある受け答えが可能だったのはそこまでだった。

あ、ところでこのカバンどこで?って聞こうとした時、彼女の持つ別のカバンを見て私は気付いた。

---マジ!?

あの時は後姿しか見ていなかったし、それもあやふやな記憶になりかけてたから
さっきまで自信なかったけど。彼女の持つカバンには見覚えがあった。

『なぁなぁちゃん、今度の日曜暇?』

そう姫条が声を掛けていたちゃんの持っていたカバンは、
今私と並んで歩いているのカバンとそっくりそのままっていうか、そのものじゃん。

---ここは探り入れとかないと。
「って外部でしょ?わたしの他に友達できた?」
「あ、お友達できたよ〜」

嬉しそうに話すの表情に多少心が痛むけれど。

---敵対しちゃうかもしれない訳だし、そうなるなら早めの方がお互い傷付かないしねぇ。
「そういや有沢さんと仲いいよねぇ」
「うん、志穂ちゃんと仲いいの。あとはそんなにいないかな?」
「男の子は?友達できた?」
「男の子の友達は…いないかなぁ?」

い、いないのね?姫条は友達じゃないのね!!

---ま、まさか友達って手順飛び越えて次に行ってるなんて事ないよね?

「この間姫条と話してなかったっけ?」
---あー…何かやだな…こういうの。

自覚ある分タチが悪いのは十分承知。

---でも、私だって本気だもん…仕方ないじゃん。

もし、とライバル関係になるなら、ちゃんと言ってそうなる方がいいと思うし。

「えーっと…姫条…くん?」
「うん、ほら!日曜暇〜?って」
「あ、あれ!?」
「そそ!」

さぁ、もったいぶらないでさっさと!!!

「あの人姫条くん…っていうのか…知らなかった…」
---えーっと…あの?
「そ、そうなの?」
「うん、帰りとか放課後よく合うことがあって、話ししたことはあるけど名前知らなかった…」
---こ、これは安全パイだと認定していいんだろうかしら。

一抹の不安が残るけれど。
多分こういうタイプの好きになる男は姫条じゃない気がする。

---残念だったね姫条…。

でも、姫条はこういうタイプの子を好きに気がする。私は120度違うタイプだけどねー…。

---成せば成る!

でも、頑張ってみせます奈津実サンですもの。










そして3度目のそれは偶然?それとも必然?





それは5月も半ばを過ぎようとしていた頃。

「あ、なっちゃん!」
「ん?どうかしたの?って…」
---懲りない男だコイツも…。
「なんや、なっちゃんどないしたんや?」
---どないもこないもないでしょーが!
「なっちゃん今度の日曜日暇?」
「え?あ…うん、今のとこ暇かなぁ?」
「じゃちょうどいいねぇ…」
「へ?」
「はい?」
「姫条くん今度の日曜、暇だから遊びに行きたいんだって。一人じゃ寂しいからなっちゃん…」
---もし暇だったら一緒に行ってあげて〜…。

そう言いながら微笑むと、その横で愕然とする姫条。
こ、これはもしや。

---た、タナボタ!?
「いや、ちゃんそやなしに…」
「まぁ幸い今度の日曜は暇だし…の頼みなら仕方ないしね!」
「ホント!?じゃ決まりだ…よかったね姫条くん」

よかったよかった、そう言いながら姫条の腕をポンポンっとする。

---ヤバイ…。

面白すぎる。あの姫条が完全に振り回されてる…っていうか。

---ぜんっぜん気付いてないじゃんのやつ…。

姫条の様子から察するに、を誘ってはみたものの予定かなにかで断られて
その上は自分が誘われた事に全く気付いてなくて、
単に遊びたがってる姫条が一人で遊ぶのも寂しいだろうからって私に遊んであげて…と。

「じゃ姫条!日曜10時に新はばたき駅集合でよろしくぅ。」
---この奈津実サンに任せなさいな!



結果、幸か不幸か5月最後の日曜。
私は姫条と初めてのデート?に行く事になったのだ…。










じゃぁ4度目って一体…???





偶然にも振って湧いた幸運の日曜日。臨海公園に行く事にした私と姫条。
いざ合流し、公園に入ったものの特に何か会話がある訳でもなく、ブラブラと公園の煉瓦道を歩くだけで。

---まぁこうなるのは目に見えてたんだけどね。

意識した相手だと普段の半分以下のテンションになっちゃうし、
姫条が気を利かせてくれてるて色々話は振ってくれるんだけど。

---上手く答えられななんて…。

これじゃ姫条じゃなくてもガッカリかしら。ならいっそ

「姫条さぁ…の事好きなの?」

聞いちゃえ!ってな勢いでつい聞いてしまったチャレンジャーな私。

「な、いきなり何言い出すねんななっちゃん…」

かなり慌ててる姫条の様子から察するに…多分。

「いや、今日ってホントはと遊びたかったんでしょ?」
「いや…そやないんやけど…」
「でも今日ホントはの事誘ったんでしょ?ただには伝わらなかっただけで…」

アハハ、と乾いた笑いで誤魔化す姫条。
ハッキリとが好きだ!って言われたところで、諦めきれる想いじゃない。
だから私ももう止まらない。こうなったら絶対聞き出してみせる!

「じゃ、どーなの?」
「こないだ…」

あーもう煮え切らない、ハッキリ言いなさいよぉぉぉ!!!

「見てしもてなぁ…」
「何を?」

一体姫条は何を見たというのだろう。

「ちゃんがなぁ…」

そして姫条は自分が見た事と、今日こうなったいきさつを教えてくれた。



それは今月の頭、最初に姫条がを誘って断られてから
暫くした平日の放課後、偶然商店街でと遭遇したのだという。

『どないしたん?』
『ん〜…まぁ…イロイロ…』

はオープンしたての臨海公園の広告ポスターの前で、ずーっと立っていたらしく。

『もしかして、ここ行きたいんか?自分』
『そうですねぇ…できるなら…行けるといいですなぁ…』

バイトに向かう途中だった姫条はそれで別れたけれど、
ポスターを見つめるの姿があまりにも印象深くて

「何かよーわからんけど、よっぽど行きたかったん違うかなぁと思ってな…」
---ほんで誘ってみたんやけど、全っ然通じんかったらしいわ。

あっけなく玉砕した事実に姫条はガックリ肩を落とす。
その姿が何か普段の姫条より、姫条っぽい感じがして照れるわ奈津実サン。

「ってイロイロ考えてそうだけど、ぜんっぜん考えてないとこあるしねぇ…」
「そやな…」
「かと思ったら、もしかして考えてないフリしてるだけ?って思う位考えてるかもだし」
「そやねん…」
「ま、そうガッカリしなさんなって!この奈津実サンが慰めてあげるから!」
「優しいやん奈津実サン!!」

うんうんこれだよこのノリだよ求めてたのは!
このままのテンション持続して…って思ってた時だった。

「あ…あれ…」
「えっ?何?」

あれ、と姫条が指を差す方向を見る…と。

---えええええええええええええっ!?
「見まちがい…やろか???」

目をゴシゴシと擦って何度も確認する姫条。

「多分…見まちがいじゃないと思う…私にも見えるし…」

釣られて私も目をゴシゴシして確認するけれど。

「あれはどうみても…」
「どうみても……だよね?」
「一緒におった奴…見えたか?」
「見えなかった…」
「俺も見えんかった…けど」
「今日こうなったのは…今一緒におった奴が原因か…」
「かもね…。でも…楽しそうにしてたから…」
「せやなぁ…」

見んかった事にしとくか。姫条はそう呟いて、
達が歩いて行った方向とは逆に私を誘って歩き始めた。

ショックだった?とは聞けなかった。
姫条の表情から、ショックというか、そういう類の感情は見えなかったから。
多分姫条はのことが気になる対象なんだと思う。
でもそれにまだ気付いてないのかもしれない…って状況?みたいだし。
まだ私には十分チャンスもある訳だから、まだまだ頑張りますよ!!

って事で、取り合えずは。

---と一緒にいた相手の後姿に見覚えがあるのはヒミツにしとこ…。

勘違いかもしれないし、多分勘違いだと思う。
だって私が見覚えがあるかもしれないって思った相手は……。