◇◆ Spring -May- ◇◆ 『志〜穂ちゃん!』 『私は嫌よ』 『志穂ちゃんってばぁ…』 『絶対に嫌!』 『志穂ちゃぁぁぁぁぁぁん…』 『甘えても無駄よ。絶対に嫌!!!!』 ---ちっ…頑固なんだから…。 春の日差しもポカポカなお昼休み。 折角いい天気だから、お弁当を中庭で食べると気持ちいいんじゃ? そう思って志穂ちゃんを誘ったんだけど 『制服が汚れるじゃない』 『ならジャージに着替えたら大丈夫だよ』 『イチイチそんな事するの面倒じゃないの』 『ならジャージのズボンだけ履くとか…』 『死んでも嫌よ』 接客用のスマイルを浮かべながら、キッパリ言って志穂ちゃんは拒否した。 死んでも嫌!って…こまで嫌がらなくてもいいと思うんですが。 ---仕方ない…か。 私は志穂ちゃんに振られた以上は諦めるしか…なくはない。 私はどうしてもあの鮮やかな芝生の上でゴロゴロしたい!じゃなくて、 学校で遠足気分を味わう為に、一人お弁当を手に中庭に向かう事にした。 先ずはトイレでジャージのズボンを履く事から始め、教室に戻っ…た所で気がついた。 ---う〜ん??? 何だろうこの視線。やたら見られてる気がするんだけど、多分勘違いだと思う。 だって私が誰かに見られる理由は一切ないし。って事で気を取り直してお弁当を手に今度こそ中庭へ向かう。 ちなみにどこでお弁当を食べるか?は既にリサーチ済みだったりする。 中庭のちょっと奥に日当たりはいいけど誰もこない場所があって、 そこなら安心してのんびりゴロゴロ…じゃなくて、お弁当が食べられる。 と思っていたんだけど。 ---あら… 誰もいないと思っていたそこには先客がいたりした。多分、先輩ではないと思う。 過去、先輩かも!?って思った相手は同級生だった訳だから、 一瞬先輩か!?って思ったあの人は多分同級生だろう…きっと。 ---ま、いっか。 別に人がいてもおかしくない。ここは校内なんだから誰がいたって悪い訳じゃないし。 天気のいいお昼休み。穏やかな場所で静かにのんびり過ごす昼休み。 所定の位置には今日もいる同級生君。 ---志穂ちゃんには断られたけど…。 ここでお弁当を食べてる人がいることがちょっと嬉しい気がする。 ---あの人もきっと… この暖かい日差しの誘惑に負けた仲間に違いない! なんて考えてたりする。そういう事を考えてる時間が妙に楽しくて 「いいお天気ですよねぇ…」 そう言ってみた。遠からず近からずな距離でお弁当を食べてるその人に、 話しかけたつもりじゃなかったけど、話しかけたのかもしれない。 もしかしたら聞こえなかったかもしれないし…って思ってたんだけど。 「そやなぁ…めっちゃエエ天気や」 そう言って笑う同級生君は…関西弁だった。 「ちゃんは毎日ここで昼飯喰うてるけど…誰かと一緒に食べへんのかいな?」 関西弁だから?じゃないかもしれない。 その人の雰囲気がとても話しやすい感じだったから会話も弾むんだけど。 「制服が汚れるから嫌!って断られちゃいました…」 「そらそーやわなぁ」 ---志穂ちゃん今頃どうしてるんだろ…。 「ジャージ履いとけば汚れは気にしなくてもいいんですけどねぇ…」 ---ジャージも特に汚れる訳じゃないんだけどなぁ…。 「まぁ、それはそうやけどなぁ」 ---う〜ん…。 同級生君の返事が志穂ちゃんを思い出させるのは何でだろ。 「ぽかぽかして気持ちいいのに…」 ---こうやって… 芝生にゴロンと転がったらさらに気持ちよさ倍増! あ〜この心地良さを志穂ちゃんにも教えてあげたい。 「ちゃん!?」 「ごちそうさまでした〜…」 あ〜気持ちいい……。 キーンコーンカーンコーン… 何かチャイムが聞こえるけど…気のせいだよね多分。 その前に同級生君が何か言ってたような…。 ま、いっか………。 キーンコーンカーンコーン… ---ん〜……ん? 「……あ…寝ちゃった…のか…」 駄目だ…どうしても睡魔には勝てない…。 あんなに気持ちよかったら絶対氷室先生でも寝ちゃうわ。 「おはよーさん…」 「あ…おはよ〜…」 お昼休み終わっちゃったか…と思って時計を見たら。 「授業終わっちゃったんだ…まぁいっか」 ---どおりでしっかり寝た気がしたんだよね…。 「仕方ない、帰ろう…」 っていうか、もう帰る以外にすることないし。 「それじゃまたね〜…」 ってそういえば。 ---彼も…気持ちよくて寝ちゃったのかなぁ? うん、中々気が合いそうかもしれないよ。 ---どう言えばいいんだろ…。 ム、ムズカシイデスヨ。 自慢じゃないけど今までそういう事をした事がない!男女問わず…。 『別に適当に言えばいいじゃん』 尽ならそんな風に簡単に言いそうだけど…。 う〜ん…よく判らない。 ---う〜〜〜〜〜〜〜〜ん……… 「ちゃん!!」 ---う〜〜〜〜〜〜〜〜ん? 今の声は確か…。 「あ…あれ?何で?」 ナンデ君ガココニイルンデスカー? しかもツナギ姿じゃないか! 「自分、こんな時間に何でこんなとこおるんや?」 こんなとこ…って……言われてやっと気付いた。 ---ココはどこだ…。 確か学校から家に向かって歩いてただけの筈なんだけど。 「う〜ん…」 心当たりがあるとしたら…あれかな? 「ど、どないした??」 「考え事してたら道曲がるの忘れてたぽい…」 そういやいつも曲がる道はかなり手前だったかも。 ---ハハハ…笑って誤魔化しとこ…。 「帰らないと怒られる…から帰る事にします!では!!」 実際のとこは、馬鹿にされるから…だったりするんだけど。 これ以上尽にバカにされる訳にはいかない!っていうか、黙ってたらバレないか。 と、とにかく帰ろう…って…。 ---う〜〜〜〜〜〜〜〜ん………。 どうしよう…日曜日……。 「なぁなぁちゃん、今度の日曜暇?」 何か最近よく合うねぇ。 同級生君は気さくに声かけてくれる。 今度の日曜は〜…。 「えーっと…」 ---森林公園で沐浴予定なんですよ…。 思い切って掛けた電話。 『用があったら出ない』 そう言っていた電話に出てくれたって事は 掛けたタイミングは間違ってなかった。 『別にかまわない…』 どうにかこうにか約束は取り付けた訳で。 「ごめんね〜…ちょっとその日は予定が…」 ---何かこう…。 どうしてもお話ししたい訳ですよ…葉月くんと。 「しゃーないな、ほなまたな〜」 うん、また遊ぼう!お昼休みにでも……。 5/8 なっちゃんが教えてくれた事実。 関西弁を巧みに操る同級生君はやっぱり同級生で、姫条くんって言うらしかった。 それよりも!あっという間に4月も終わって5月ですよ! 5月といえばアレ!!! 先月末見かけてしまったアレがオープンらしい。 ---難しい…。 それを見るたびに考え込んでしまう。 ---行ってみたい…。 っていうか、また行きたい…と思ってしまった。葉月くんとどこかへ。 ---失敗したかも…。 あの時、森林公園で別れる時に切り出せばよかった。そしたらこんなに考えなくて済んだのに。 初めてのお給料を手に折角商店街に買出しに来たのに、失敗だった。 次々目に入るポスターにアレを思い出して気持ちが傾いでく。 『もしもし』 『…もしもし』 『です、もしよかったら今度の日曜日…』 『……やめとく。』 5月最初の日曜日、思い切って電話をかけた。 その電話を掛けるに至るまでに費やした時間は私にとって計り知れない時間と労力だったけど。 結果は1秒で出た。 更に傾いでいく気持ち。 だって…あ、足が動かないんですよその場から。 もたもたしてたらまたしても 「ちゃん?」 「あ…こんちわ!」 「寄り道か?」 「部活の材料調達に〜…」 「手芸部やったっけ?」 「さようでございます…」 「さっさと買って帰らなアカンで?」 「了解!」 姫条くんがいた、っていうか来た。 ---しかしよく合うなぁ。 それに比べて、葉月くんとの校内及び校外遭遇率は低い。 バイト中に合う以外に見かける事ないのは何でだろ。 森林公園で何か怒らせるような事して避けられてる、としたら? ---凹むなぁ…かなり。 別れ間際、ちゃんと笑って別れたはずなのに。 ---あと1回だけでもいいから……。 これで断られたら最後にしよう…。 5/19 「もしもし」 「…もしもし」 「です、もしよかったら…」 「別にかまわない…」 「じゃあ新はばたき駅で待ち合わせね!」 「解った…」 「ちゃん!」 「あ、こんにちわ〜…」 「今度の日曜暇?俺めっさ暇で遊びたいねんけどなぁ…遊んでくれる奴おらへんねん」 ---そうかそうか、姫条くんそんなに遊びたいんだね! 判る、ホントその気持ち判るよ! 「あ、なっちゃん!」 ---救世主きた! 「ん?どうかしたの?って…」 「なんや、なっちゃんどないしたんや?」 「なっちゃん今度の日曜日暇?」 「え?あ…うん、今のとこ暇かなぁ?」 「じゃちょうどいいねぇ…」 「へ?」 「はい?」 「姫条くん今度の日曜、暇だから遊びに行きたいんだって。一人じゃ寂しいからなっちゃん…」 一人で出かけるより、やっぱり誰かと一緒の方がいいに決まってる。 最初は一人で出かける方が楽しいと思ってた。けどやっぱりそれは違うって思った、あの日から。 「いや、ちゃんそやなしに…」 「まぁ幸い今度の日曜は暇だし…の頼みなら仕方ないしね!」 「ホント!?じゃ決まりだ…よかったね姫条くん」 ---よかった…ホントよかった…。 なっちゃんと一緒ならきっと楽しいよ! 「じゃ姫条!日曜10時に新はばたき駅集合でよろしくぅ。」 5月最後の日曜、なっちゃんと姫条くんは一緒に遊ぶ事になった。 うんうん、よかったねぇ、なっちゃん姫条くん……。 5/26 1度目はあっけなく玉砕。懲りずの2度目はダメだったら諦める覚悟だった。 誘った場所は1度目と同じ場所。 それでも嫌な風でもなく、葉月くんは私に今日をくれた。 「悪い…待たせたか?」 「全然!今来たとこ!!」 「そうか…じゃ行くか」 駅で待ち合わせた後、私は葉月くんと臨海公園へ向かう。 「煉瓦道でも歩くか…」 ゆっくりとした足取りで歩き出す葉月くんの後をついて歩く。 ただ歩いているだけの時間がこんなにも楽しいのは何でだろう? 海沿いの煉瓦道、葉月くんの背中を見ながら歩く時間は私の思っていた通りすごく…。 「この辺…いろんな建物ができるんだな」 と、突然葉月くんが呟いた。 開発の進み過ぎなのか、住んでいたはずのこの街の風景なのに、 私の記憶には…この当りの景色が何も残ってない。 「何で…」 「…ん?」 「何も残らない程変えちゃうんだろね…」 記憶に残らない程人の手を加えるのは何故? 思い出せない程、そんなにも変わってしまったんだろうか。 「昔はきっと…こんなに建物なかったんだろうね…」 「そう…だな」 「寂しいね…」 「ああ、緑も随分無くなって…昼寝する場所も減ったな…」 「そっか…」 ---きっと緑の多い場所だったんだろうな…。 せめて、今こうして葉月くんと見ているこの風景はしっかりと目に焼き付けておきたい。 そんな気持ちで景色と葉月くんを何度も見る私はかなり不審だった…かもしれない。 「どうか…したのか?」 「なんでもない!」 「そうか…」 ただ景色を眺めて歩くだけの時間。 ただ前を行く葉月くんの後ろをついて歩く時間。 それは、私の思った通りの時間だった。 とても緩やかで穏やかで、そして……。 ← □ →