◇◆ Spring -May- ◇◆
              









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pi pi pi pi pi pi pi …


携帯が呼出音を響かせた。


pi pi pi pi pi pi pi …


眠い…。
このまま居留守を使えばいい…と思ったのに。


pi pi pi pi pi pi pi …



液晶画面に映る名前と番号に電話に出る俺。

『もしもし』
『…もしもし』
『です、もしよかったら今度の日曜日…』
『……やめとく。』

5月最初の日曜に掛かって来た電話。
俺はそう一言だけ言って電話を切った。その訳は……。




















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pi pi pi pi pi pi pi …


携帯が呼出音を響かせた。


pi pi pi pi pi pi pi …


眠い…。
このまま居留守を使えばいい…と思ったのに。


pi pi pi pi pi pi pi …



液晶画面に映る名前と番号に電話に出る俺。

「もしもし」
「…もしもし」
「です、もしよかったら…」
「別にかまわない…」
「じゃあ新はばたき駅で待ち合わせね!」
「解った…」

5月半ばの日曜に掛かって来た電話。
俺はそう一言だけ言って電話を切った。その訳は……。










アイツはいつもニコニコと笑っていた。

単独行動していたのも入学当初だけで、この頃はいつも誰かと一緒にいるようだった。
あの日以来。森林公園で一緒の時間を過ごしたあの日から、
俺は自分でも無意識の内にアイツの姿を目で追っていた。
それに俺が気付いたのは、ふとしたことがキッカケだった。





「志穂ちゃ〜ん!」

アイツが名を呼びながら駆け寄る相手。

---あれは確か、有沢志穂…か。

珍しいというか、不思議な組合せが出来たものだ、と思う。
アイツはいつも楽しそうに有沢と一緒にいる。そして一緒にいる有沢も、
今までとは雰囲気が変わったような感じがした。人を和ませる?
いや、相手がアイツのペースに脱力する…というのが的確かもしれない。
苦笑していた有沢の表情が、いつごろからか、柔らかい雰囲気に変わった時

---アイツの影響…だな。

俺はそう思った。
アイツと一緒にいる事で肩の力でも抜けるんだろう…と。
そう思った時、俺は違うあるとても重要な事に気付いた。

---もしかして…?

もし、俺もアイツと共有する時間が増えたらあんな風になるのか?
だとしたら…。

---俺が…か?

俺が他人に対してあんな風になるのか?

---……冗談じゃない。

俺はもう二度と他人と深く関わるつもりはない。
ましてアイツとはもう…。

……約束。

あれが原因…じゃない。
あれから起きた様々な出来事は、俺の全てを変えてしまった。
他人の勝手に振り回された幼い子供。そんな子供はいつしか子供は考えるようになった。
どうすれば傷付かないだろうか…と。

そして気付き、自分を守るだけで精一杯になった。
他人と関わらなければ傷付かないし誰も傷付けない。

嫉み・嫉妬・興味本位

どれも気付かないフリをしていれば、いつしか相手はそれ自体を失う…。

---それでいいんだ…。



『ねぇねぇ、けーちゃんの目、何であおいの?』

不思議そうに尋ねる女の子。

『けーちゃんが見たら、ぜったい青空だとおもったのに…』

の言う通りだったらどんなによかっただろうか。
何もかも、自分にすらもう興味が無くなった今、俺の中に存在する全てはモノクロでしかない。
色彩という人間に与えられた筈の特権は、俺にはもう残ってない。

『けーちゃんが見たら、ぜったい青空だとおもったのに…』

もしそれが現実だったら。
黒と白の俺の世界は鮮やかなブルーだったかもしれない。
たとえ2色しかなくても、それでもアイツの言った通りだったなら……。



---今確か…。

俺は遠くを歩く有沢志穂と目があった気がした。
それは多分勘違いじゃない。

---なんで…だ?

何で有沢志穂が俺を見る?

---いや…違う。俺がアイツを…

有沢志穂の横にいるアイツを見ていたから、
アイツの隣にいる有沢志穂が俺に気付いたんだ。

それが、俺が気付いたキッカケだった。
だからあれが最初で最後…の筈だったのに。




















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キョロキョロして落ち着かない様子が遠目でも見て判った。

「悪い…待たせたか?」
---今日が最後なんだ…。

そのつもりで俺はココにきていた。
だからこの間みたいに待ち合わせ時間を1時間も…なんて事はしない。

「全然!今来たとこ!!」
「そうか…じゃ行くか」

駅で待ち合わせた後、俺はアイツを連れて臨海公園へ向かった。

「煉瓦道でも歩くか…」

潮風の吹く海岸沿いの煉瓦道。

ゆっくり歩く俺の一歩後ろを付いてくる。
時折振り返ってみると、それに気付いて嬉しそうに微笑むのはどうしてだろうか?
それに、決して隣を歩こうとはしないのはもしかして…?

---気を遣って…るのか?

俺が立ち止まると後ろにいるも立ち止まる。
そのまま向きを変えて並んでも、俺との間には人一人分の距離があった。

---なんでコイツは…

あの時もそうだった。




『どうしたの?』
『…………』
『ほら!』
『…………』
『何で泣く…の?』
『だって…』
『あそんじゃダメって…』

繋ぐ為に差し出した手をじっと見つめたその目から、大粒の涙が零れ落ちた。
大人の言葉に忠実な子供は平気でそれを実行する。それがどれだけ惨い事かということも知らずに。

初めて出会った時も、は一人公園でポツンと佇んでいた。
理由は解らない。ただアイツはいつも、俺がアイツを見かけてから声を掛けるまで、
いつも一人で遊んでいた。
俺が差し出した手を握り返すまで、随分時間が掛かった気がする。
一緒に遊んでいても周りばかり気にしていたは

『けーちゃん…』
『どうしたの?』
『あそんでくれて…ありがとう…』

そう言って泣いていた。



「この辺…いろんな建物ができるんだな」

自然に零れた言葉は正直な気持ちだった。
変わってしまった街並と、変わってない。

俺は昔と今が交差している真ん中に立たされているような、
そんな不思議な感覚に陥る。

「何で…」
「…ん?」
「何も残らない程変えちゃうんだろね…」

残るのは記憶だけ。
この辺りの全てが変わったとしても、記憶に残るこの街の風景は変わらないだろう。

「昔はきっと…こんなに建物なかったんだろうね…」
「そう…だな」
「寂しいね…」
「ああ、緑も随分無くなって…昼寝する場所も減ったな…」
「そっか…」
---俺は…どうしたいんだろう…か。
「どうか…したのか?」
「なんでもない!」
「そうか…」

ただ景色を眺めて歩くだけの時間。
今を眺めながら昔を思いだす俺の隣には……。