◇◆ Spring  -June- ◇◆
              









「ちゃん、これお隣に届けてくれる〜?」
「はーい…」

マスターから言われた私は隣のスタジオからくるお決まりの品を届けるべく準備をする。
週に2回だけど【喫茶ALUCARD】で始めたバイトは無事2ヶ月に突入した。

『絶対ムリ!向いてないから止めとけってねーちゃん…』

失礼極まりないと思うんだけど、バイトを決めた時、尽に言われた不甲斐無い私。
でも、自分で言うのも何ですが、随分と慣れたハズだし、それなりに頑張ってる…とは思う。

「失礼しまーす、ご注文の品お届けにまいりました〜…」
「ご苦労さま〜いつものトコによろしく」

言われた通りにいつものトコにカップを用意してコーヒーを注ぐ。
準備を済ませ、

「1時間後くらいに引き取りに伺います〜」

お約束の台詞でスタジオを後にするのがお決まりだったりする。

「戻りました〜」
「お疲れさま」

それから1時間程して、再度スタジオに向かってカップを引き取って…っていうのが
隣での一連の流れなんだけど。

「失礼しますー、カップ頂きにきました〜…」

空になったカップ等を片付けてると、近くに立っていた見た事だけはある
無精髭のオニーサンが声を掛けてきた。

「君…何でALUCARDでバイト始めたの?」

何で…ってイキナリ言われても、バイトする理由なんて誰でも同じじゃないの?

「たまたま求人広告見かけたから…ですが?」
「それだけ?」

それだけ?って他に何かあるの?

「一番最初に見た求人がALUCARDだったんで…」
「なるほど…」

だからこのオニーサンは何が言いたいんだ??

「いや、実はねぇ…」

と、オニーサンが手招きをする。
な、何だ!?何か聞かれてはマズい事でもあるんだろうか?
ついオニーサンに釣られ思わず辺りをキョロキョロ見回す私に、
オニーサンはコッソリ耳打ちする。

(今までのALUCARDのバイトの女の子、8割がここ目当てなんだよね)
(そーなんですか?)

そりゃまぁビックリだ。

(そーなんだよ)

だから…かもしれない。
初めてコーヒーをここに届けに来た後、店に戻ったらマスターが随分驚いてた。

『は、早かったねぇ随分』

あの時のマスターの苦笑いの意味はこれかも?

(ウチのバイトの子は届けに行ったが最後中々戻ってこないってマスターによくぼやかれてねぇ)

っていうか、何でここに届けに来るのが目的でバイトするんだろう。

(あ、あの…)
(何?)
(ここに何かあるんですか?)
(え?)
(女の子がここに来たがる理由…?)

一応今時の女子高生です私も!でも…理由わかんない。
薄暗いスタジオでモデルさん撮影してるだけの所に来たがる理由がイマイチ。

(判んないの???)
(は、はぁ…)

と、突然…。

「ぶははははははははははは」

ちょ、ちょっとオニーサン!いきなり何大笑いするんですかー!

確かスタジオの端っこでこっそりナイショ話してただけで、誰にも気付かれてなさげだったのに。
そこにいた人全員が一斉にこっちを見てくる。
スタジオの隅、私と間逆の隅にいた葉月くんもこっちを見てる。
心なしかその視線が痛いんですが…。

「あ、あの…私戻らないと怒られるので…」

これは逃げた方がよさそうな気がしてきた…っていうか逃げた方がいい、確実に。

「失礼しました〜」

カップをさっさと片付けて、私は逃げるようにスタジオから店に戻った。



「おや?今日はえらく遅かったねぇ?」
「髭に捕まって…」
「髭?」
「あ、いや何でもないです…」
「今日は早仕舞いするからもうあがっていいよ」
「あ、わかりましたー!」
「じゃまた木曜よろしくね」
「は〜い」

あの髭ニーサン、木曜はいない…よねぇ。










「ちゃん、これお隣に届けてくれる〜?」
「はーい…」

マスターから言われた私。
数日前の悪夢が甦るけれど、これも仕事と割り切るしかない!なぁんて言ってみる。
ちょっと大人っぽくてカッコイイじゃん私!なんて余裕は一瞬で消し炭と化した。

「失礼しまーす、ご注文の品お届けにまい…」
「ちゃんご苦労さま!」
「…りました…。」
「ぷっ…」

イキナリ髭ニーサンに出迎えられるのは想定外です…。

「今ちょうど休憩に入ったとこだから」
「そーなんですか…」

確かに、いつもならまだ皆サン忙しそうにしてるのに、
今日はもうテーブル付近に人が沢山集まっていらっしゃるのはそのせいなんですね…。

---さっさと用意して逃げよう…。

それに限る、うん絶対それがいい!
テーブル周りに人が集まりだす中、手早くはないけれどコーヒーを淹れて用意をしていく。

「葉月!コーヒー入ったから早くおいで〜…。」

何か今日はすこぶる機嫌がいいのか髭ニーサンは、鼻歌交じりに葉月くんを手招きしちゃってる。
一方の手招きされる側の葉月くんは

「……」

すこぶる機嫌が悪いっぽい。
無言でこっちに来たかと思うと無言でイスに座って、無言でコーヒーを手に取る。

「あ、そういえば…葉月とちゃん同級生なんだって?」

ニーサン、今そういうのどうでもよくないっすか?
だって葉月くん、何かどんどん機嫌が悪くなってるし…じゃなくて。
とにかく逃げよう、うんそうしよう。

「1時間後くらいに引き取りに伺います〜」

逃げるが勝ちなので、撤収合図となるお決まりの台詞を言った…んだけど。
無精髭ニーサンはさすが大人というべきか。

「そんな慌てて戻らなくてもいいからもうちょっとのんびりしていきなさいな。」

いや、それは遠慮したい。
バイト途中だし、個人的に遠慮したい!

「そういう訳には…バイト中なので」

なのに…。

「大丈夫大丈夫、心配なら連絡しとくからさ」

いや、そういう問題じゃない!
なんて私の思いは口に出してる訳じゃないから伝わる筈もなく

「あ、マスター?安東ですが…うん、ちゃんちょっと借りるね〜」
「え、ちょ…いや…あの…」
「15分程だから、うんそう…はいはい…じゃ…」
「あの…」
「これで大丈夫だから、ほら座って。」

こうして私は逃げ道を断たれた。
断崖絶壁でもう飛び降りるしかなかった筈の退路はあっけなく一刀両断された。

「で、葉月と同級生なんでしょ?」
「一応…です」

だんまりって訳にもいかない。
一応当たり障りない程度で答えてはいるんだけど、どうにも

「くだらない…そんな事聞くために…」
「おや?葉月は何怒ってんだろうねぇ」
「別に…怒ってない」
「はいはい…」

いや、どうみても怒ってる。
普段のあまり機嫌の良くない時以上に機嫌が悪く見える葉月くん。

「あ、あの…私そろそろ…」
「さっさと戻った方がいい…」
「えー残念だなぁ…。あ、じゃぁオヂサン送っていくから」

は?このニーサン一体何言ってんだ???????
その髭は飾りなの?
無精髭ニーサンの爆弾発言(?)にこっちまで思考がおかしくなってきた気がする。

「いや、そこなんで…」
「遠慮しなくていいから、じゃ行くかちゃん♪」

一体何を考えているのか不明な髭ニーサンに送られ、
葉月くんの不機嫌且つ冷たい視線に見送られて私は店に戻った。戻った筈なのに…。

「あ…あのぅ…」
「ブレンド1つね〜」

不精髭ニーサンはスタジオに戻る気がないのか、席に座るとご丁寧に注文をしてくださった。

「マ、マスター…」
「ブレンドね…」

マスターは何か判ってるんだろうか、笑ってる。

「ほらちゃん、ここ座って。何がいい?」

何もいりませんから開放してくださいませんか、って
目で訴えてみても全く知らんふりしてくれるニーサンは

「一度ね、お話ししてみたかったのよちゃんと」

お構いなしに私に話しかけてくれたりする。
そこに、助け舟になるはずのマスターが颯爽と登場したはずなのに

「おまたせ、ブレンドと…オレンジジュースでいいね」
「え…私は…」
「遠慮しなくていいよ、休憩時間だしお代はコイツに貰うから」

船に乗船拒否された私はそこから脱出不可能となった。

「あの…」
「そんなに緊張しなくていいよ」
「知らない人に付いてっちゃダメだって言われてるし…」

普段からよく尽に言われる。

『いいかねーちゃん、知らない人に付いてっちゃダメなんだからな?』

尽は私を妹とでも思ってんだろうか?って思うんだけど。
そりゃ、知らない人に何度か付いていきそうになった事はあるけれども…。

「そうなんだ…、俺ね、安東っていうの、安東秀っていうしがないカメラマン」
「はぁ…」
「で、葉月を撮影してるのが俺な訳。」
「そうなんですか…」
「興味ない?」
「ま、まぁ…」

無精髭ニーサン改め、安東さんが何者かはわかったけど。
別に安東さんがカメラマンだろうが何だろうが、私には無関係だと思うんだけどなぁ。

「葉月と…仲いいでしょ?ちゃん」
「そんなことないですよ!!」

どっちかっていえば無理矢理仲良くしてもらってるって感じデス。
で、それが何か…?

「君がココでバイト始めて、ウチにたまに来るようになってから…」
「?」
「葉月変わった感じしない?」
「え?」

変わった…ってどんな風にだろう。
っていうか、葉月くんが変わったとかどーとか判る程、私はまだ葉月くんの何も知らないんですが。それに

「すいません、全っ然わからないです」
「撮影中とか、感じ変わった気がしない?」
「すいません…あまり見てないから」

スタジオに届けに行って、撮影時に遭遇する事は多々あるけれど、
私はあまりその風景は見ないようにしてる。というよりも

「どうして?」
「好きじゃないから」
「葉月が?」

葉月くんの事が好きとかどーとかじゃなくて。

「葉月珪っていうモデルさんは…知らない人だから」

私の知っているのは葉月くんであって”モデル:葉月珪”じゃない。
初めてモデルさんな葉月くんを見た時、そこには私の知らない人がいた。

「モデルの葉月は好きじゃないって事かな?」
「そう…かも…。だって…」

だって、”モデル:葉月珪”の表情は葉月くんじゃない。
全然知らない人がいつもそこにはいたから、あれは私の知ってる葉月くんじゃない。

「知らない人みたいだし…怖い…かも」
「知らない人は怖いんだちゃんは」
「かも…です」
「じゃぁ撮影してない時の葉月は?」

でも、撮影に入る前とか撮影後の葉月くんなら

「大丈夫です…葉月くんだし」
「そうかそうか…」

うーん、一体何が言いたいのか聞きたいのか全くわからん…。

「葉月とこれからも仲良くしてやってちょーだいな。」

いや、それはこっちがお願いしたいトコロなんですよ安東さん。

結局、私にはよく判らなかった。
けれど、安東さんは何か納得したようにスタジオに戻って行った。

「ちゃん葉月くんと同級生だったんだねぇ」

マ…マスターまで一体何を……。



1時間後…。



カップを引き取りにスタジオに入った私は再度

「ご苦労さま。」

捕獲された。

「いえ…仕事ですから」

これで賃金貰ってる訳ですから当たり前の事を言われても返答に困る訳で。

「よく働くちゃんにオヂサンがイイモノあげよう」

そう言って安東さんは封筒をくれた。

「暇な時に遊びに行くといいよ」

封筒の中には、プラネタリウムの招待券が2枚。

「違う子にあげたようとしたらいらないって断られちゃってねぇ…」
「ホントに貰っちゃっていいんですか?」
「貰っちゃってくれないとそれ捨てられちゃう事になるので遠慮なくお願いします♪」
「で、では遠慮なく…」

だ、大丈夫だよね?
安東さん、一応もう知らない人じゃないし。

『知らない人から何でもかんでも貰うんじゃないよ!ねーちゃん…』

く、何かするたびに尽の言葉を思い出す辺り、もう末期なのかも…。

「ありがとうございました、ではまたお願いします〜」

でも、有り難く頂いたチケットをエプロンのポケットにしまって私は店に戻った……。




















6月中旬の日曜日。





「もしもし」
「…もしもし」
「です、もしよかったら…」
「別にかまわない…」
「じゃあ駅前広場で待ち合わせね!」
「解った…」










安東さんがくれたプラネタリウムのチケット。

私は迷わず葉月くんを誘った。
待ち合わせ時間の1時間前に家を出、駅前広場に早めに到着した私は
葉月くんが来るまでの時間、のんびりと考え事を満喫しながら

---葉月とこれからも仲良くしてやってちょーだいね…かぁ。

チケットをくれた安東さんの不思議な言葉を思い出す。
仲良くして貰ってるのは私の方だと思う。っていうよりもまだそれほど仲良くして貰ってる訳じゃない。
でも、学校帰りに見かけた時

『今帰り?』
『ああ』
『よかったら一緒に帰らない?』
『別に構わない…』

嫌な風はなかったと思う。そりゃ何度か断られた事もあったけど…。

姫条くんとも守村くんとも仲良くなった。
志穂ちゃんやなっちゃんとも随分仲良くなったけど、葉月くんとは
そこまで仲良くなった…って感じじゃない。
まだ葉月くんには全然近づけてないから…もう少し近付きたい。
理由は…不明、自分でも全然わからない。でも、何かが違う。

葉月くんと一緒にいる時間は、今までにないくらい落ち着くというか、
安心できる気がする。誰といるよりも、自分が安心している感じが。

「待たせたか?」

ヤバイ、ぼんやり考え事してたから葉月くんが来たのに気付かなかった。
口開けてなかっただけマシか…も。

「全然待ってないよ!」
「じゃいくか…」

じゃ、行きましょう…。





「この辺がよく見える」
「そうなの?」
「多分…」

座席に座ると葉月くんがシートを倒した。
初めて来たプラネタリウムだから勝手がわからない…のでちょっとマネして倒してみる。
暫くすると照明が消え、アナウンスと共に空に星が輝いた。

---思った通り…

綺麗だった、もの凄く。
昔、ずっと昔に見上げた夜空もこんな感じだった気がする。
あの時…一緒に空を見上げた尽は何て言ってただろうか…。



「いいな…プラネタリウム」
「あの星の輝きは気が遠くなる位前の輝きなんだよね…」

誰かにそう教えて貰った気がした。
あの時一緒にいた尽…な筈はないけど、確かあの時一緒にいた
誰かがそう言っていた…。

---じゃああれは、尽じゃなかったのかも?
「もう燃え尽きた星を見てるのかもしれない…不思議だな……。」
「えっ?」
「ん?」
「なんでもない…」
「変なヤツ…」

燃え尽きた星?
やっぱりどこかで聞いたような気がしてならなかった。

---気のせいだよ…ね。

デジャヴというよりも、勘違い。
そんな色んな話をした記憶はあやふやだけど、そういう話を出来た相手は……。



「じゃ…。」
「…うん、またね…。」

葉月くんと一緒にいる時間に思う色々は不思議が多いけどキライじゃない。
キライじゃないけれど…………。










設定内容


○安東秀 

年齢:32歳
血液:O型
職業:キャメラマン
性格:オヤジ属性
趣味:仕事
風貌:無精髭でワイルド風味多少。
喫茶ALUCARDのマスターとは高校・大学の同級生。

といった感じにしときます…。