◇◆ Spring  -June- ◇◆
              









『失礼しまーす、ご注文の品お届けにまいりました〜…』

撮影の休憩時間前になると響く声。

薄暗いスタジオの隅に行く姿は確認できても顔までは判別できない。けれど数分で

『1時間後くらいに引き取りに伺います〜』

はスタジオから出て行く。

意識してないつもりだった…はずなのに。



「珪…ちゃんとこっち見てくれないとオヂサン困っちゃうなぁ」
---勝手に困ってればいいんじゃないか?
「余所見しないでちゃんとこっち見る!」

好きでやってる訳じゃない、仕方なくやってる事を真面目にやる事は酷く疲れる。

「そんな顔じゃダメなんですけどね…一応プロなんだから…君」

食えないオヤジ、という表現が一番しっくりくるかもしれないカメラマン。
俺はこの【安東 秀】というカメラマンが酷く苦手だった。
ファインダー越しに、何でも見透かしているような表情が特に。



「仕方ない、休憩するか…」

15分程度の休憩で再度撮影に入る。
軽く休憩を済ませて着替えに行く俺を引き止めたのはもちろん俺の苦手な秀さんで。

「葉月、頑張ってるか頑張ってないか微妙だが君にいいものをあげよう」

いい年したオッサンが何言ってるんだ?
思い切り顔に出してもどこ吹く風、秀さんは俺に封筒を押し付けた。

「何…ですかこれ」
「プラネタリウムの招待状2枚、誰か誘って行ってきなさい」

誰か…って誰だよ。
そんな相手、俺にはいない。

「いらない…」

だから俺はその封筒をそのまま付き返した。

「え〜…折角葉月にあげようとおもってオヂサン貰ってきたんだけどなぁ」
「誘う相手もいない、貰っても仕方ないから…」
「ふぅん…」

大体こういう時のこの目がキライなんだ。
見透かしてやろう、というか見透かしているというか、そういう目付きが。

「ま、仕方ないか…」
「じゃ葉月、次の衣装に着替えて準備してくるように」

で、俺に準備させておいて自分はまだ休憩するつもりなのか…とはあえて言わないでおく。





---何やってるんだ…。

着替えを済ませ、控え室からスタジオに戻った俺は、有り得ない組合せに一瞬固まった。

スタジオの隅、カップを片付ける隣の喫茶店のウェイトレスに話しかけている怪しげなオヤジ。
知らない奴がみたらまるで

---ナンパしてるオヤジだな…。

そのオヤジカメラマンはモデルが撮影準備を済ませて戻ってきたというのに
撮影に入る気配もない。それどころか

「ぶははははははははははは」

いきなり腹を抱えて笑い出した。

その大きな笑い声に一斉に視線がそこに集まる。
側にいたもかなり困惑している様子だった…が。
どうにか言い訳したのだろう、逃げるようにスタジオから出て行った。

---ったく…。

一体何がどうなってるんだ…。










---そろそろ来る頃か…。

今日は隣への電話は少し遅めだったようで、普段なら撮影真っ最中に来るアイツが今日はまだ来ない。
既に休憩に入り、俺も少し休もうと思っていた頃

「失礼しまーす、ご注文の品お届けにまい…」

ドアを開けて入ってきたは、いきなりの秀さんの出迎えに
言葉を詰まらせる。

「ちゃんご苦労さま!」
「…りました…」
「ぷっ…」

一体秀さんは何を考えてアイツにちょっかい掛けてるんだろうか。

「葉月!コーヒー入ったから早くおいで〜…。」

さらに何でそこで俺に振るんだ。

「……」

仕方なく俺は秀さんの隣のイスに座る。嫌…と断る理由はないから渋々座る。
秀さんの言うままに行動する事が癪に障るけれど、正直、秀さんが何でにちょっかいを出しているのか?
が、気になっていたから俺はそれに従った…けれど。

「あ、そういえば…葉月とちゃん同級生なんだって?」

案の定、というか…くだらない内容だった。

---俺まで呼んで聞くことがそれなのか…。

自分の機嫌が悪くなっていくのが手に取るように判るから嫌なんだ。
くだらない内容を聞く必要性はまったくないし、を呼び止めてまで今聞く必要がどこにあるんだろうか?
俺の機嫌と比例して、がオドオドし始める。
決してを責めてる訳じゃないけど、一度表情に出てしまったものは取り下げようがない。

「1時間後くらいに引き取りに伺います〜」

居た堪れなくなったのか、がどうにか口実をつくったけれど

「そんな慌てて戻らなくてもいいからもうちょっとのんびりしていきなさい。」
「そういう訳には…バイト中なので」
「大丈夫大丈夫、心配なら連絡しとくからさ」
「あ、マスター?安東ですが…うん、ちゃんちょっと借りるね〜」
「え、ちょ…いや…あの…」
「15分程だから、うんそう…はいはい…じゃ…」
「あの…」
「これで大丈夫だから、ほら座って〜。」

無駄に終わる。
俺ならきっと、相手がどう言おうと嫌だったらそこにはいない。
けれどはそれが出来なかったし、それが普通の反応だろう。
俺はそのまま秀さんととのやり取りを観察する事になるのだが。

「で、葉月と同級生なんでしょ?」
「一応…です」

くだらないにも程があるだろう。
第一それをに確認しなくても、俺にすればいい話じゃないのか?
俺がそれに答えるとは限らないけれど。

「くだらない…そんな事聞くために…」
「おや?葉月は何怒ってんだろうねぇ」
「別に…怒ってない」
「はいはい…」
「あ、あの…私そろそろ…」
「さっさと戻った方がいい…」
「えー残念だなぁ…。あ、じゃぁオヂサン送っていくから」
「いや、そこなんで…」
「遠慮しなくていいから、じゃ行くかちゃん♪」

秀さんはの背を押し、俺にわざわざ手を振って
スタジオから出て行った。

---一体……。

これだからカメラマンはキライなんだ。
人の領域にズカズカ入ってきても平然として……。




















6月中旬の日曜日。





「もしもし」
「…もしもし」
「です、もしよかったら…」
「別にかまわない…」
「じゃあ駅前広場で待ち合わせね!」
「解った…」










---まさか…。

回り回ってあのチケットがまた戻ってくるとは思ってなかった。
俺に受け取りを拒絶されたあの2枚の招待券はの手に渡り、そしては俺を誘った。

これまであいつと出かけた2回。
どちらもそれで最後にするつもりだったのに、結局3度目の今日、俺は駅前広場に向かっている。

---何故なんだろう…。

解らない、と思いながら本当は解っているのかもしれない。
俺は、俺の中にあると、今、目の前にいるのギャップがあまりにも不自然で、
その理由が知りたかったからこうして出かけるんだろう…多分。





『ちゃんって随分と変わってる子だねぇ』

秀さんがにちょっかいを出してから数週間。
撮影も終わって帰ろうとした俺はいきなり呼び止められ、
訳も解らずそのまま控え室に連れ戻されて秀さんの無駄話に付き合うハメになった。

『葉月はちゃんの事どう思ってんのかねぇ…』
『別に何とも…』
『じゃ、葉月はちゃんが葉月の事どう思ってるか知ってるかい?』
『さぁ…興味ない』
『残念、興味あるなら教えてあげようと思ったんだけど…言う必要はなさそうだねぇ』

アイツが俺をどう思っていようと関係ない。
関係ないけれど

『必要ないとかどうとか、訳わからない…秀さんは知ってるとでも?』
『俺はちゃんに聞いたから知ってるよ。彼女がお前をどう思っているか』

でまかせ言ってる…風ではなかった。
聞かれたからといって、そういう事をは本当に秀さんに話したのか?
たとえ俺が嫌いだったとしても…だ。

『……』
『気になる?』
『別に…どうでもいい』
『好きじゃない…んだって。葉月珪は』
---だからどうだっていうんだ。

が俺を好きじゃないからどうなんだ?
それが秀さんに関係あるのか?

誰かが誰かをどう思っているかって事を、第三者の口から聞かされる事が、
こんなにもムカつく事だったとは思ってもいなかった。
秀さんは俺の顔を見る事もなく、人の神経を逆撫でしながら話を続ける。

『葉月珪っていうモデルさんは知らない人だから好きじゃないんだってさ』
---何言ってるんだ…。
『モデルの葉月は好きじゃないんだって、知らない人みたいで怖いんだってさ』
『……』
『でも撮影してない時は葉月くんだから大丈夫なんだって』
『……』
『不思議な子だねぇ…ちゃん。今まで見た事ないタイプだ、仲良くしてやんな』
『……』
『プラネタリウム…誘われたらオヂサンに感謝しろよ、少年。』

結局、秀さんが何を言いたくて、何の為にそんな事をしたのかは解らない。
だけど俺はまた…想い出した。
が秀さんに話した内容に類似したあの時の出来事を。



『どうしたの?』

両親に連れられ出掛けたままの姿で逢いに行った。
普段は着ないような、お出かけ用の服だったからそれを見せたくて。

『変?似合わない?』

見せたかった相手は自分の姿を見た途端、俯いて黙り込んだ。

『そんなに…変?』

返事もしてくれない事がとても悲しかった。
見たくない程変な恰好だとは思ってもみなかったから。
でも、そうじゃなかった。

『知らない人みたい…けーちゃんじゃないみたい…』
『ごめんね…泣かないで…』



知らない人みたいで怖い、といっては泣き出した。
あの時はその理由が判らなかったけれど、今なら判る。
あの頃ののテリトリーは極端に狭かった。
知っている人・知らない人・友達・両親の4つだけだったに違いない。

いつも一人で遊んでいたにとって、俺も最初は知らない人だった。
誰も遊んでくれない子供にとって、知らない相手は恐怖の対象だったんだろう。
俺は友達になったけれど…根本は変わってなかったんだ。
たとえ友達でもテリトリー外になる知らない人のようになってしまえば、
アイツにとっては怖い対象だったに違いない。
俺自体、そういう思いをした事によって、あの時のの言葉が理解出来るんだけれど…。





「待たせたか?」

随分考え事をしながらだったけど待ち合わせ時間に遅れずに駅前広場に着いた。

「全然待ってないよ!」
「じゃいくか…」

秀さんのチケット。
俺から誘う事はなかったけれど、結局使うのは俺だったって事か…。






「この辺がよく見える」
「そうなの?」
「多分…」

座席に座ってシートを倒す。
どうやらは初めてプラネタリウムに来たようで、勝手も解らないまま俺のマネをしてシートを倒す。
暫くすると照明が消え、アナウンスと共に空に星が輝いた。

「いいな…プラネタリウム」
「あの星の輝きは気が遠くなる位前の輝きなんだよね…」
「もう燃え尽きた星を見てるのかもしれない…不思議だな……。」
「えっ?」
「ん?」
「なんでもない…」
「変なヤツ…」
---もしかして…思い出したんだろうか…。



『あれが、北斗七星っていうんだよ!』
『けーちゃんってものしりなんだね!』

単にその星座の名前と、それしか知らなかっただけだったけれど。
いつになく遅くまで遊んでしまった日、夜空を眺めて教えた星座。

『星って、ずーっとずーっとずーっと遠くにあるから』
『うん、それで?』
『光って見えるのもずーっとずーっと昔の光なんだって』
『すごーい!じゃあもしかして…』
『もしかして?』
『あのお星様、もう無くなってるかもしれないね…ずーっと昔のお星様なら…』



言葉は違うけれど。あの時の会話のニュアンスは今の会話にとても似たものだった。
ただ、決定的に違うのは、お互いの答えが逆だった事。
無意識だろうけれど、俺が教えたあの事をはどこかで覚えていたに違いない。
だから俺は、の言葉に対して無意識の内に、あの時のが言ったような言葉を使っていたんだ。





「じゃ…。」
「…うん、またね…。」

たかが3度、されど3度。
その3度で、本当にはあの頃の事を覚えていないのだろうか?と
思ってしまうような事が余りにも多すぎた。

俺は確かに変わってしまった。けれどあの頃の事は鮮明に覚えている。
逆には、あの頃と全く変わってないのに、あの頃の事を全く覚えていない。
そんなに綺麗に忘れてしまえる程度の事だったのか?
それとも、綺麗サッパリ忘れてしまうような何かがあった…んだろうか。



多分俺は…………。










設定内容


○安東秀 

年齢:32歳
血液:O型
職業:キャメラマン
性格:オヤジ属性
趣味:仕事
風貌:無精髭でワイルド風味多少。
喫茶ALUCARDのマスターとは高校・大学の同級生。

といった感じにしときます…。