◇◆ Summer  -July- ◇◆
              









4月、夕飯の支度をするおかーさんが俺にコッソリ耳打ちした。

『順調…っぽくない?』

新しい街での新しい生活は、順調だと思う。今の所は確かに順調。



5月、朝食の片付けをするおかーさんが俺にコッソリ耳打ちする。

『最近楽しそうじゃない?』

バイトにデート(?)とやる事は多くなったっぽいし。今の所は確かに楽しそう。



6月、買い物から帰ってきたおかーさんが俺にボソリと呟いた。

『今度は…大丈夫かしら…。』

まだ解んないよおかーさん。だって本番は来月だから。




















7月に入った途端、やっぱり今までみたいになるねーちゃん。

『でもね?今までよりはちょっとマシに思えるの』

そうだね、確かにおかーさんの言う通りかもしれない。
7月になるとねーちゃんはいなくなる。
いるんだけど、心ここに在らずというか何というか。ただでさえ薄めの反応が無反応に近くなるし、
何かに対する欲求や興味が少なめな所が更に輪を掛けてしまう。
家では辛うじてセーフだけど、そんな状態のねーちゃんが果たして
学校でまともに機能しているかどうか?俺は正直不安で仕方ない。

けど、今年は何かが変わる気がした。だってここは今までの場所とは違う。
回りの環境も人も全部新しいものばかりだから、きっとねーちゃんも変われるに違いない。

お昼休み、クラスの女子が騒いでた【花火大会】
花火といえばアレだ!毎年、ねーちゃんは俺の為に浴衣を作ってくれる。
鈍いくせに手先だけは器用なねーちゃん。
多分今年も作ってくれるに違いないけれど今年こそは俺のだけじゃなくて、絶対に自分の分も作らせてみせる!
それが無駄になるとしても、一度だって作ろうとはしなかった自分の浴衣を作る事が出来ればそれだけでいい。
それだって十分進歩した事になるんだし。

「無駄になるかもしれないけど…」

そう言って、ねーちゃんは自分の浴衣も作る事を決めた。
断られてもいいから誰かと行く事だって、やってみるって言った。
それは我が家にとってまさに【晴天の霹靂】
その事を、ねーちゃんの目を盗んでおとーさんとおかーさんに教えると

『さすがはおかーさんの子だわ!』
『さすがはおとーさんの子だ!』

いや、それはどうでもいいんだけどさ。
とにかく二人とも涙ぐんで喜んでた。
4月からの3ヶ月、今までに比べたら大きく変わったねーちゃん。
ねーちゃんも頑張ってるんだな…って本当に思えた。
なのに、そんな中で出かけた日曜日に出会った奴は最悪だった。

『ん?何や?ボウズこそ誰や?』

アンタ何様?いきなりボウズ呼ばわりするなんてサイテーだわ。
見るっからにチャラついた男。おまけに関西弁とかお約束過ぎて、マジでムカついた。
その上

『そうか?あそこにおって気付かんあのスカした男よりはエエ思うねんけど』

よく言った!じゃなくて。お前に葉月の何が解るんだ!!
アイツは俺が見つけた奴なんだから、お前にそんな言われ方される筋合いはねぇぇぇぇぇぇ!!!!

カッチーンとキタわ俺。
暢気なねーちゃんは、親切だし優しいとか言うしさ?
そりゃさ、確かに親切で優しいかもしれないけど…それだけじゃダメなんだよ。
優しいだけの男にロクな奴はいねぇぇぇぇ!ってのは俺の持論。

それはともかくとして。
ねーちゃんが頑張るだけじゃどうにもならない事だってある。
人は挫折して大きくなるんだろうけど、
今はまだ挫折を味わう段階じゃないんだよなねーちゃんの場合。
こうなったら俺が頑張らなきゃな!意気込んだ俺は、再び逢う為に待ち伏せをした。
もちろん、ねーちゃんの為にだ。これ以上ねーちゃんに近づくな!って為じゃない。

俺が待ち伏せする相手は1人だけだ。





「葉月〜」

人が呼んでるのに聞こえないフリして行こうとするなんてさすがだぜ。

「葉月ってば!待ってくれよ!」

けど諦めてくれたのか、どうにか立ち止まってくれた。
話があるから時間ない?って小学生のナンパに渋々ながらも了承してくれる葉月。

「少しだけなら…」

うん、少しでいいんだ。
葉月に話したい大切な事があるからさ、少しだけ俺に時間ちょーだい?



俺は先ず、頭の中で分別する。
話しても問題ない事と、まだ話せない事と、絶対に話せない事を。
そして先ずは肝心な核心から。

「いない」

そうかそうか、モデル葉月珪ともあろう者が未だフリーとは。
ま、そんな気はしてたけどさ。

「ない」

そうか、興味ないのか。俺は好きだけどなーああいうの。
花火って夏のイベントとしては何か特別っぽくてイイのに。

「……」

そこまではよかったのに、もしも?って聞き方がマズかったのかな。
急に黙り込まれると、その後が切り出しにくくなるのに。

「この間の日曜、一緒だったみたいだしな…」

ナ、ナンダッテー。
これにはさすがの俺もビックリだぜ。
あの人ごみの中、ねーちゃんに気付いてたなんて何か凄く嬉しい。
やっぱり俺の思った通りだ。葉月になら…ねーちゃんを変えられるかもしれない。

「え…?」

言いたくない事だけど、言わなきゃいけない。
ねーちゃんがどうしてああなるのか、
解ってもらわなきゃ話も進められないし、何より全てが前に進まない。

「あんな風になる程…?」

そうなんだ。あんな風になる程、ねーちゃんは傷付いてるんだ。
それでもさ?あれでもマシになった方なんだよ葉月。

去年までのねーちゃんを思い出すと、俺は悔しくてたまらない。
今この街で過ごすようになって、
なんでもっと早くこの街に来なかったんだろうって思う位に。

「それは…構わない…」

同情とかそんなんじゃない。
葉月がそういう感情で動かないだろうって思ったのは俺の勘だけど。

姫条なら多分ねーちゃんを守ってくれるかもしれない。
でも、それなら俺達家族だけで十分な話だ。でもそれじゃダメなんだ。
ねーちゃんが強くならなきゃ意味がない。
誰にでも優しい奴は、自分の後ろに置いて甘やかすだけだ。でも葉月なら
ねーちゃんと同じ表情をする葉月なら、きっと同じ歩幅で歩いてくれるに違いない。

ごめんな葉月、勝手に葉月の事選んじゃってさ。
でも、ここでなら変われると思うんだ。ここで変わらなきゃ意味がないんだ。
ねーちゃんが生まれたこの街で変わらないと、
ねーちゃんが受けた傷は絶対に癒されないから。