◇◆ Autumn  -October- ◇◆










それは10月に入って直ぐだった。

『アンタ知らなかったの!?』

シンジラレナーイ!アリエナーイ!
ってなっちゃんが大げさに驚いて見せ、志穂ちゃんはクスクス笑う。
私が知らなかった事。それは、



この16日が珪くんの誕生日だって事だった…。



















「何か悩み事でも出来たのかな?」

ALUCARDにて。
それは丁度お客さんが途切れてのんびりしていた時間だった。
私は不意のマスターの問いに思わず

「へ!?」

すごいマヌケな顔で変な言葉を発してしまった。
そんな覚えはないなぁ…って、
一応自分に確認するためにうーん…って考えてたそんな時、

「こんちわ。」 

カランカラン、とドアが開いた音と共に珪くんが現れた。

「いらっしゃいませ〜!あ…珪くん!ご注文は?」 
「……いつものヤツ。」 
「は〜い!マスター、モカ一つ入りまーす!」 

のんびり座っていたマスターに伝える。

「スイッチ入るねぇ…」

ふふふ…と笑いながらマスターがカウンターから奥に消えていく。
スイッチって何だろ?
時々マスターは不思議な事言うけど、今回特に不思議かもしれない。
珪くんには判らないようなそんなマスターとのやりとりと

「慣れてきたみだいだな、おまえ。」 

珪くんとの他愛ない会話。
ついこの間までは妙な緊張感があったのに、最近全然そういうのが無くなった。
それが何だか凄く嬉しいのはどうしてなんだろ?





「で、結局悩みは何だったのかな?」

し、しつこい大人は嫌われますよ?とは口が裂けても言えないけれど。
珪くんが帰った後、マスターはまた話を蒸し返してきた。

「ホントに悩みはないんですけど…」
「そう?その割に頻繁に溜め息付いてるのは何故かなぁ?」

あれ?そんなに溜め息なんか吐いてたっけ???

「上の空っていうか、ぼんやりしてる事多いかな?」
---あ、あれ???もしかして…。

だとしたら思い当たるのは1つ。

「それは多分悩みじゃないです…。」

なっちゃんから聞いた、珪くんの誕生日。
お世話になったあの方へお歳暮は如何でしょうか?って安っぽいキャッチフレーズじゃないけど。
やっぱり珪くんに何かプレゼントした方がよさげ?っていうか、
何かプレゼントしたいなぁ、って思い始めてたからかもしれない。

「実は…その…」

この際だ!思い切ってマスターに相談してみようっと。





「何をプレゼントしたらいいか判らなくて悩んでたって事だねぇ」
「いや、だから悩んでません。考えてただけで」
「多分ね、普通はそれを『悩んでた』って言うんだよ?」
---遠まわしに普通じゃない…そう仰るんですか…。

自覚がある分、そっちに気が行ってものすごく凹んできた私には気付かないらしいマスター。
ニッコリ笑ってスッパリ切り捨ててくれてる気がするのは、絶対気のせいじゃない気がしてきた。
こうなったら、開き直るしかないよねやっぱり。

自分で言うのも何ですが、実は…その…あれです。
中々言い出しにくい事だから、かなり躊躇する私にマスターはやっぱりニッコリ微笑んで

「どうかした?凄く何か言いたそうな顔してるよ?」

さぁ言ってごらん!と言わんばかりの笑顔を向けてくれる。

---ヤバイ、何かこうイケナイ人に捕まってしまった気分に…。

負けてしまった。負けを自覚して思う事は、まぁ180℃正反対の事なんだけど。

---ああそうか、こういう笑顔に女性はついつい高級シャンパンを…。

なんて考えてた事は絶対バレない様にしないと。





「そっか…。それは考えちゃうねぇ」

あ、あれ?そう来るんですか???っていうのが正直な感想だった。
何それ?ありえないんじゃない?とかって言われると思ってたから。
でもマスターはそんな事気にもしてないのか、一緒になってちゃんと考えてくれる。

「そうだねぇ、欲しい物が判るのが一番いいけど」
「ですよねぇ」
「見当とかつかない?」
「全く!」
「全然?」
「サッパリ!!」
「そっか…」

そして、困ったねぇ…って言いながら、何故か頭を撫でてくれた。
不思議とそれが嫌じゃないのがまた不思議で、結局満足いく答えは出なかった。
けど、まぁいっか。

”参考になるかどうかは判らないけれど”

帰り間際、そう言って教えてくれた事。それが凄く心に残った。
で、それをヒントに思いつく事ができたプレゼント。



---彼が好きな事、好きな物に関連する何かがいいんじゃないかな?




















日曜、必要なものを買い揃えた。
それから毎日少しづつ、それを作った…んだけど。
14日、仕上がったそれを見て改めて愕然としてしまった。

「ナ、ナンダコレーーーー!」

いや、作ったのアンタじゃん。って一人でツッコんでみてももう取り返しもつかない。
どこでどう間違っちゃったんだっけ?
と、考えても思いつかないソレを目の前に、途方に暮れるしかない私。
最初に綿密に計算した筈の物は、何故か予定とは大きくかけ離れたものになってしまった。
個人的には全然アリ!寧ろ歓迎しちゃう!かもだけど。送られる側からしたらこれはちょっと

---あ、ありえ…ない?

どうしよう。明後日の木曜、珪くんの誕生日は丁度バイトだからそれが終わったら渡そうって思ってたのに。
折角作ったのに渡せないかもしれない。
さすがにこれは…かもしれない、じゃなくて無理だ。

「どうしよう…」

ふと視線が行った先にあったのは時計。時間は午後7時。
この時間ならまだ大丈夫かもしれない。

私は慌てて携帯電話を取り出して電話を掛けた。

「もしもし、あの…相談したい事が…」










「珪くん。あの…これ…」

私より1時間程バイトの終わる時間が遅い珪くんを待ち伏せて渡したそれ。
いきなり手渡されたそれを見て、珪くんはやっぱり驚いてた。

「プレゼント…」
「……どうして?」
---どうして…って言われても。
「誕生日…だから」 

としか言いようがないんです。

「…サンキュ。」
「いえいえとんでもない…」

こ、これで本当に大丈夫だった…のかな。
凄く不安だったけれど。





翌日





私の不安は











的中










しなかった。
























「昨日の…」
「はいぃっ!?」

苦情だ、きっと苦情なんだぁぁぁぁ…と思ったけど、違った。





























---凄く気に入った…かもしれない、サンキュ…。

そう言って笑ってくれた。