04.父か母か?…冷静に考えたら直ぐ判ったのに。



荒馬に手綱無しで乗っているような移動をしたお陰で今にも米粒おにぎりを口から吐き出しそうな状況で

『こっ、こんにちは初めまして”ことり”と申します…。』

私はそうならないよう努力をしながら今出来る精一杯の作り笑顔を浮かべ、
初対面となる佐助お父さんの旦那様にご挨拶をしていたちなみに場所は旦那様の手のひらの上です。

「佐助!これが本当にあの鴉の子なのか!?」
「間違いないよ。産まれた時、俺様もその場に居たからね。」
「見た目は人と変わらないでござるな。」
『見た目は、ってそれどういう意味よ…。』
「言葉は話せないのでござるか…。」
「話せなくて当たり前、一応”鴉”なんだから。」
「成る程!確かに佐助の言う通りやもしれん。」
『それより佐助お父さん?私は一応理解ある方なんだけど…。』
「どっ、どうしたことり?何か某に伝えたい事でも!?」
『いや、あんた…じゃないか。君?いやいや佐助お父さんの旦那様だから…ってあれ?』
「どうしたことり?腹でも減ったかな…。」

自己紹介も他者紹介も無いまま旦那様の手のひらの上で初対面だからうっかりしてたけど、
よくよく考えたら佐助お父さんじゃなくてお母さんじゃないだろうか。
私は”鴉のお父さん”から佐助さんに引き取られたから”佐助お父さん”って思い込んだけど
佐助さんは目の前の旦那様を旦那様って言ってる訳だし?
そうなると旦那様がお父さんな訳で佐助さんは位置的にお母さんになるんじゃないの?
って事は”佐助お父さん”じゃなくて”佐助お母さん”って呼ぶべき?
おまけにこの旦那様、どうみても年下じゃないだろうか。

『年下の旦那様…か。』
「旦那、ちょっとことり見ててくれる?俺様ことりの飯作ってくるから。」
「なら某の団子も一緒に!」
「それは別。」

その上年下の旦那様は佐助お母さんに全然頭上がらないっぽいし?
どっちかっていうと旦那様の奥様っていうより旦那様のお母さんっぽい感じさえする。

『旦那様なんだからもうちょっとしっかりした方がいいんじゃないかな?』
「ことりっ!佐助はいつも某に意地悪ばかり言うのでござる!!」
「旦那、人聞きの悪い事言わないでくれる?俺様は意地悪じゃなくて当たり前の事言ってるだけだから。」
「団子くらいよいではないかっ!」
「あんたね、一日に何本喰ったら気が済む訳!?さっき喰ったとこだろ串隠してあったの見つけて証拠はあんだから。」

うん、やっぱり奥様じゃなくてお母様だわこれ。

『佐助”お母さん”?』
「悪いちょっと待っててくれよ?ことり。」

否定もしないし ────────── よし、今から”お父さん”改め”お母さん”でいいか。(だってお米粒に海苔巻いてくれるしね)
そして私は旦那様と二人残される事に。

『そういや名前聞いてないよねぇ…。』
「ことりは某の事、どう思うでござるか?」
『見た目はイイけど若い…幾つくらいだろ?』
「いやいや某の事より先ず佐助の事!佐助はことりの面倒をちゃんと見ているでござるか?」
『16〜7っぽいんだけどまさかいくらなんでもねぇ…。』
「佐助が留守の間、ことりは何をしているのでござるか?」

たとえ意思疎通が叶わなくとも一応思う事は口にしておく。
だってもしかしたら偶然通じて何か知る事が出来るかもしれないし。

「そういえば某…ことりにちゃんと挨拶をするのを忘れていたでござる!」
『いきなり通じた!?』
「某、真田源次郎幸村と申す!」
『さなだげんじろうゆきむら…?』

事実、偶然とはいえ私が知りたいと思っていた旦那様の名前が判明した。
けどどこまでが苗字でどっからが名前なんだろう『さなだげんじろうゆきむら』って。
っていうかどこかで聞いた事があるような気がしないでもない。
真田源次郎・源次郎幸村・幸村真田・真田幸村 ────────── って ま さ か ?

『真田幸村あああぁぁぁぁぁ!?』
「どっどっどっどっどうしたでござるかっ!?」
『ちょっとまって真田幸村ってもっとオッサンでヒゲ面でムサいんじゃないの!?』

私が知ってる真田幸村っていう人は目の前にいる若くてピチピチした活きのイイ青年じゃなくてもっとこうくたびれた感じで、
要するに大人の遊び場の新台で出合った人でありこいつが出てくると必ず負ける苦い想い出が蘇ってきた。

『同一人物とは思えない…。』
「どこが具合でも悪いのでござろうか…。はっ!佐助を呼べば判るかもしれないでござる佐助ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
『声デカイから!!!!』
「どうしたの旦那…。」
「ことりが大変でござる!急に苦しみ出して某の手のひらの上でのた打ち回り血反吐を吐いて…。」
『吐いてないから!血反吐なんか出てないし出てたら今頃血塗れだから!!!!』
「しっかりするでござるよことりぃぃぃぃ…!」
「旦那、何処に血反吐があるの全っ然手のひら汚れてないし少し落ち着きなって。」
「しかし!」
『妄想癖でもあるんじゃないの?』
「見間違いだって。ちょっとこっちに貸して…。」
『貸し借りはいいけど襟首摘むのやめてってば!!!』

ほろ苦い想い出はともかくとして、大音量で話す旦那様の手のひらから佐助お母さんの手のひらに移動させられた私は

「はいおにぎり。」
『別にお腹は減ってないけどありがとう。』

旦那様の素性が真田幸村である事を知り、おにぎりを噛み締めながら今一度
頭の中で関係図を書き直す作業をするのだった。




(誤解は解けないまま、お父さんからお母さんに。)
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2010.06.27