02.うさぎになる前は…普通だった。



同窓会の帰り道。
私は駅前のロータリーでタクシーを待っていた。
前に二人後ろに三人並ぶ列に交じり、そこに居ただけ。
ただ、順番が来てタクシーに乗り込んだだけだった筈なのに。

「えっ!?」

タクシーに乗り込んだ瞬間、私は何処かに転げ落ちた。

「イタタタタ…タ…………た?」

そして、打った膝を撫でながら視界に入ってきた景色に驚き

「う…………そ?」

自分の身体に起きた変化に気付き

「な……に……が?」

処理しきれない状況に脳が酸欠を起こして意識を失った ────────── のが3日前、私に起きた信じられない出来事だった。
それでも3日も経てば思考は戻り、私は自分が置かれてる状況を冷静に考える事が出来るようになった。

先ずは私が転げ落ちた場所。
そこは海の真ん中にポツンと浮かぶ小さな島だった。
小さな島に小さな丘があって、その中心に大きな古木が一本立っている以外何も無い島。
私はそこに放り出されていた。
そして、その無人島らしき小さな島に転げ落ちた私は私ではなくなっていた。
私は女として産まれ、女として生きてきた。
なのにそこに居た私は女ではなく”男”で”男の子”だった。
”女”で”女の子”だった ────────── でもありえない状況だというのに、
私は突然見知らぬ無人島に男の子として放り出されていた。
さらに不思議な事が私の身に起きていた。
この3日、私は飲まず喰わずで過ごしていた。
3日の間、何が起きたのか訳も判らずどうしていいか判らないまま呆然と過ごしたのは確かだけれど、
喉の渇きも空腹も感じないのは明らかにおかしな事だった。

───── 私は死んだのかもしれない。

タクシーに乗り込んだあの瞬間何かが起きて、私は死んでここに来てしまったのかもしれない。
そうでなければ納得いかなかった。

───── だって私は…。

私はただ、家に帰るためにタクシーに乗っただけだ。
それなのにこんな場所にいきなり放り出されて男の子になってて…なんてどう考えたって納得出来ない。
こんな理不尽な状況に追いやられなければならない理由もなければ心当たりもない。

「それでも…。」

それでも私は確かに生きていた。
見知らぬ無人島で男の子の姿で、それでも私はここで生きていた ──────────────────── 。










タクシーに乗る寸前に戻る事もなければこれが夢だという決定的な証拠も無いまま。
何の変化も無いまま無人島での一週間が過ぎ、私もこれは現実なんだろうなぁ…と半ば諦めかけていた。

「多分もう…。」

そして、私は自分の住んでいた場所には戻れない事に気付き、
ここが自分が生活していた場所とは”異なる場所”であるという事に気付いた。
それに気付くまでどうしようもないままに過ごしたけど、
少しずつとはいえ冷静に物事を考える事が出来るようになってやっとそれに気付いた。
ここが、私が生まれ育った場所とは”根本的”に違うという事を本能で悟って大泣きした。
不幸のど真ん中に立たされ、絶望しか感じられなかった私。
そんな私が”半ば”とはいえ諦めるという事を考える事が出来るようになったのは、
私以外存在しない小島で唯一私の側に居てくれた大きな古木のお陰だった。
そこに”或る”だけ。
言葉を話す訳でもなければ会話が出来る訳でもなくただそこに”或る”だけの古木だったけど。
私はその古木に確かに癒され助けられたのだ。
これを食べろと云わんばかりに私に実を落とした古木。
この場所に転げ落ちて初めて空腹を感じた私に気付いたように、実など生らないような古木が私にそれをくれた。

「でもこれって…。」

ただ、それが食せるかどうか?が疑問だった。
食欲など湧こう筈もない”唐草模様”をした木の実。
匂いを嗅げば甘い香りがするけどそれを口にする勇気は無かった ────────── 腹の虫が催促する迄は。

「現金だよなぁ…。」

いっそ死んだ方がマシだ!って大泣きしたクセに諦めがついた途端空腹に負け、
食べられるかどうか疑問を抱いて凝視してる物を今まさに食べようとしてる自分が滑稽だった。

「けど…いいか。」

もしかしたらこれが私のこれからを決めるかもしれない。
これを食べ、死んでしまっても私は諦められるし、
食べた事で命永らえてこれからを”私”じゃなく生きる事になっても、もう仕方ないと諦められる。

「いただきます。」

後は野となれ山のなれ、だ。
私は”唐草模様”をした謎の木の実にガブリと齧り付いたのだった ──────────────────── 。










バギーを走らせながら遠くに見える地平線を眺め、懐かしい”あの日”を思い出す。

「早いもんよねぇ…。」

私がこの世界に転げ落ちてから15年が過ぎた。
あの小島での生活は1ヶ月程で終わり、偶然通り掛った海軍の舟に保護され

「そういやジジィは元気にしてんのかな…。」

乗り合わせてた海軍中将に保護された ────────── 彼の孫として。
結果、私には血の繋がらない家族が出来て”男”として新たな人生を歩んで今まで生きてきた。

「あの二人は…心配するだけ無駄か。」

その15年という月日の中、最も多くの時間を共に過ごした下の弟はつい最近旅立ったという噂を聞き、
上の弟は元気に派手にやってる噂をよく耳にする。

「便りが無いのはナントカって歌あったっけ…。」

取り合えず今は、この広大な海の何処かを行くあの船を捜さなければならない。
10年前に交わした”約束”を果たす為に ──────────────────── レッド・フォース号を。




(”男”デビュー7歳、現在22歳、髪型はドレッド、男前仕様です。)
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2010.05.22