02.遅ればせながら気が付いた。



───── 大丈夫ですか?大丈夫ですか?

掛けられる声に朦朧とした意識が徐々に戻ってくる。

「大丈夫ですか?」
「ええ、多分大丈夫。、大丈夫?」
「ええ、私は大丈夫よ?多分。」

完全に目が覚め、同じく目覚めたらしいの存在をすぐ隣に確認した上で、声の主を探そうと視線を漂わせる。と、
そこに見ず知らずの少女が居た。
つまり少女が声の主であり、あの不思議空間から輩出された私達を助けてくれた人物なのだろう。が。

───── どこかで…?

見た事があるような気がしてならない。否、確実にどこかで見た事がある。
けれどそれが何処で、少女が誰か?を思い出す迄には至らない。
それよりも、少女の身に着けている服や部屋の様子に違和感を覚えた。それはも気付いたのだろう行動は早い。

「つかぬ事をお伺い致しますが、此処は何処でしょうか?」
「ここは江戸、私の住まいです。蘭方医の父様と暮らしていたのですが…。」
「お父上は?」
「一ヶ月程前から音信不通で…。」

やっぱりどこかで聞いたことがある。一体どこで聞いたんだろうか?
っていうかその前に江戸って何だ江戸って…と私が思案に暮れている頃、はある種得意技能とも言える
マイペースっぷりを発揮、見るからに純真無垢な少女相手にある事無い事でっち上げ、
あれよあれよという間に事を進めていた、スムーズ且つ迅速に。

「ご遠慮無くここに滞在して下さい!本当は私も一人で心細かったたんです。」
「大変だったのでね。寂しかったでしょう?千鶴さん。」

そして、思案中だった私の耳に少女の名前が入ってきた。

───── ん?千鶴さん?????

やっぱり聞き覚えがある気がする。私は間違いなく彼女の顔も名前も知っている。
何故!?どうして!?と、再び思案しようとしていたんだけれど。

「、あなたからも千鶴さんにお礼を言って?」
「えっ!?何ゴメン全っ然聞いてなかった。」
「千鶴さんは…この江戸からずっと北の方にある田舎の小さな村から攫われた私達が
 どうにか人攫いの目を盗んで逃げ出したけれど道も場所も解らず途方に暮れ、
 疲れ切って力尽き、彼女の自宅前で行き倒れになっていた私達を泊めて下さるのよ。」

力尽き…ってそれじゃ死んでない!?生きてるから私達ピンピンしてるから!と、突っ込みながらも

「本当にありがとうございます。私達で出来る事があれば何でも言って下さいね?」

のいい加減で適当な私達設定を瞬時に理解し、きらきら笑顔で千鶴さんに頭を下げる事が出来たのは
ひとえに過去こういう状況はなかったもののこういう適当さを遺憾なく惜しみなく処構わず発揮していた
の扱いに慣れていた故の事。慣れって怖い。

「………ありがとうございます。」

それなのに千鶴さんは、感無量です!という雰囲気で目を潤ませて私以上に深く頭を下げた。
嗚呼、心が痛い。この心の痛みは一体何度目の痛みだろうか。

「(しかし江戸って何なの!?)」
「(花の大江戸?喧嘩と祭り…だったかしら?)」
「(それ何て時代劇なのそういう意味じゃなくて。)」
「(まぁいいじゃない?どうにかなるものよ?実際どうにかなった訳だし?)」

そりゃこんな純真無垢な少女なんか口先三寸で丸め込めるかもしれないけど、人としてどうなの!?
と、解っちゃあいるが、そんな事を言ってられないのは私だって理解してる。だからこそ、

「共々、よろしくお願い致します、千鶴さん。」
「さん、さん、こちらこそよろしくお願いします!」

せめて外面だけは取り繕っておこう、と再度と共に雪村千鶴という少女に頭を下げたのだった。





この江戸(過去?)という場所へ無情にも放り出された私と。徐々にこの町にも状況にも慣れ始めた頃、
和気藹々?と表現するには微妙な状況下では千鶴ちゃんと楽しそうに支度をしていた。

「千鶴ちゃんはこんな感じでいいんじゃないかしら。」
「ありがとうございますさん!」

一体何の支度をしているのか?を簡単に言うと旅支度だったりする。
音信不通の父親は千鶴ちゃんにとってたった一人の肉親で、その父親からの便りが一ヶ月も無い事に
不安を抑えきれない千鶴ちゃんがついに決断したのだ。『父様を探しに京へ行きたい!』と。
千鶴ちゃんの思いは痛いほど理解出来る。けれどそれとこれとはまた別次元だ別問題なのだ。
なのにやっぱりというか案の定、千鶴ちゃんの宣言にが反応した。(非常に悪い意味で)
まぁそれは大変!命の恩人である千鶴ちゃんを一人で旅させるなんで不義理な事は出来ないわ!と
はあっという間に私を道連れに千鶴ちゃんに同行する権利を獲得した。ドえらい迷惑だホント。さん?」

の言葉に嘘はないだろう。けれど問題は内心なのだ。
心配する気持ちよりも、別の何かが上回っている。それは好奇心に満ちたあの瞳がそれを証明していた。
要するに、は千鶴ちゃんの向う先に新たな何かを見出してしまったのだ。ホント、勘弁して欲しい。
がこういう反応を示した時、ほぼっていうか確実に120%何かが起きる。
寧ろが起こしてるんじゃないか?って程何かが起きた。
つまり、この旅の向こう側に待ち受けているのは困難だったり難題だったり厄介事だったり ────────── と、
ネガティブ方面しか存在しない訳だ。そんな場所に好き好んで行ける程私はマゾくない。
が、私に拒否権は無い。まだ幼い少女時代、私の中に存在した拒否権はあっけなく崩壊したのだ
拒否権が今だ私の中に存在していたなら全てを含めたその上で私は今ここに居ない筈だなのに何故私は此処に居る!?

そう、それが全てだ。ぐっすん。

「さん、どうかされたんですか?」
「ったら楽しみにしているのよ、私達田舎者でしょう?京なんて初めてなんですもの。」
「そうなんですか?だったらいいんですが。」
「の支度が終わったら出発しましょうか。」
「はい!」

元気いいなー、楽しそうだなー………。

「、ちゃんと聞いてるの?こういうのアナタが一番得意なんだから。」

得意って何得意って!?こういうのが得意(特技)なのはアンタも一緒でしょ!?
と、ぶつくさ言いながらも仕方なく、私も着替えを始めた男物の着物に。
女三人での長旅は危険=男装すればいいだろう。と言い出しそうな言い出した提案を
千鶴ちゃんは『そういうの初めてです!』ってウキウキしながら期待に満ちた目で承諾し、今に至る。
それと得意とどう関係するか?は私達が過ごした高校時代に答えがあった。

宝△歌劇研究会、通称ヅカ部。(全然通称じゃない)
そこに在籍していたと私は三年間地獄のような特訓の末、歌劇団に負けない程の特技を身に着けた。
ちなみに会長及び創設者はだ。もちろん特訓してくれたのも。はどうでもいい。
ともかく、そのヅカ部での地獄の日々で私達はホンモノに負けない程のオーラを発せられる程男らしくなった。
(当然そうなるのは男装時のみで、普段から男らしかったらどうしようもない。)
多趣味な上にその全ての趣味を極めようとするに、私は当然の如く巻き込まれ、
当たり前のようにそれを会得したんだけれど正直役立ったことは一度も無い。
それがこんな場所で役立とうとは夢にも思わなかった。
そしてあの辛い修行を思い出し、会得した全てを解放した後千鶴ちゃに話しかければ

「これで…いいんじゃないかな?」
「っ!」

その変貌に驚き、頬を染める千鶴ちゃん。可愛い反応だ。が、それこそどうでもいい。

「で、。私たちは一体どういう関係でどういう理由で京へ向うんだ?」

こんな状況でこんなハンデ背負わされてその上想像を絶する設定されたら私は…私はっ!

「これから先、この家を出た瞬間から私とは千鶴ちゃんの事を”若様”と呼ぶ使用人。
 私とは代々 雪村家に仕える奉公人の息子で旦那様を探す旅に出る若様のお供、
 ”助三郎”と”格之進”で、千鶴ちゃんは私達の事を”助さん・格さん”と呼ぶ。
 こんな感じよ?」

出たよ安直な設定。

「で?私は?」
「が助さん、私が格さんよ。」

だよね。アンタ格さんが戦隊モノで青い人だった頃から好きだったもんね。

「解った。」
「解りましたっ!私、頑張ります!!」
「ええ。三人力を合わせて頑張りましょう。」

と、まぁそんな感じでの主導の下、私達は京へと旅立つ事となり ────────── 。



長旅の末、漸く私達三人は目的地である京の町へ昼間の内に辿り着けた。
先ずは唯一頼れるらしい人物を尋ね、情報を得ようと住まいへの道を尋ねながら漸く辿り着いたというのに

「………少し急ぎ過ぎちゃったのかな。」
「入れ違いになってしまったのかもしれません。若様、そう気を落とされませぬよう。」
「助さんの言う通りです。我々だけでは頼りないかもしれませんが…。」
「あ、ありがとう助さん格さん…。」

頼れる相手だという松本先生はしばらく前からこの町を離れているらしい。
それは仕方ない、仕方ない事だからいいとして。人気のない場所でもこの小芝居を続ける事の方が苦痛だった。

「夜も更けて来た。先ずは宿を確保しましょう。」
「はい。」
「物騒な町だという噂。若様は我々から離れませんようお願い致します。」
「解りました!」

だから!せめて人気のない場所でくらい普通に話そうよ…。

「では助さん、町中まで戻りましょう。」
「……………ああ。」

私の切なる要望はの一言で却下された。もはや諦めるしかない。と、町中へ戻り宿を探す事にしたんだけれど。

「おい、そこの小僧共。」
「っ!」

呼び止める声に振り返るとそこには三人のガラの悪そうなおじさんが居た。

「(何このおじさん。何者?)」
「(お、おそらくは浪士かと…。)」
「(ガラも頭も悪そうな人達ですこと。)」

おいさん。間違っても本人を目の前にそれは言わないでくださいね?と祈る中、
そのガラも頭も悪そうな人達に千鶴ちゃんが口を開いた。
嗚呼この子ったらバカ正直に反応しなくても…。

「………何か?」
「ガキのくせにいいもん持ってんじゃねぇか。」

頭が悪い癖に抜け目がないおじさんは、千鶴ちゃんが握り締めた小太刀に目を付けたらしいいきなりこちらに手を伸ばしてきた。

───── 逃げるわよ。
───── え?えっ!?
───── ああいう手合いは相手になると面倒だから。
───── 手を離してはダメよ?千鶴ちゃん。
───── わ、わかりました。

その手がこちらに届く前に、私達は素早く目で合図をし合い、一気に走り出した。
当然後方からはおじさんの声が響くが、待て!と言われて待てる程私達に余裕は無い。
怒鳴りながら追いかけてくる相手をどう撒こうか?考えながら決して互いの手は離さず狭い路地へ入り込み
ひたすら走り続けて建物の隙間へ身を隠したけれど。
待てど暮らせどあれだけ大声で叫びながら追いかけてきた相手が来ない。

「(おかしくない?)」
「(おかしいですよね?)」
「(頭が悪いから道を間違えたのよ。)」

面倒になって追いかけるのを止めた、だとかの言う通り本物のバカだったらいい。
それだったら身の安全を確保したって事になるからいいんだけれど。嫌な予感がした。
余りにも静か過ぎる事が余計その予感を煽って ────────── そして。

「ぎゃああああああっ!?」

ついさっきまで私達を追い回してた頭の悪いおじさん達のものと思われる絶叫が響いた。

「な、何っ!?」
「落ち着いて、絶対に動かない方がいい。」
「そうね、危険な感じがするわ。」
「っ解りました。」
「でも気になるわね。」
「…………多少はね。」
「さんさん!?」
「見つからなければ大丈夫よ?」
「見つからなければ問題ないわ。」

と、止める千鶴ちゃんを背に庇いつつ私とはそっと路地から顔を出して(その後ろから千鶴ちゃんも顔を出して)
自分達が走って来た道を覗き込む。そのとき、私達の目に映ったのは ────────── 。
月光に照らされた白刃の耀きと、翻る浅葱色の羽織。

───── ヤバイ。
───── どうしたの?
───── 私の記憶が間違ってなかったら…。
───── 何か思い出したの?

ここが何処か?もしかしたら私は知っているかもしれない。否、知っている私は間違いなく知っている。
今、自分達が置かれている状況もこれから起こるであろう出来事も。

「っ!?」
「千鶴ちゃん!?」
「見つかったわ。」

私が自分の記憶と格闘している最中、目の前で起こった残酷すぎる光景に怯えた千鶴ちゃんが物音を立ててしまう。
となると当然、向こうに居る相手に私達は見つかり、薄ら笑いを浮かべながらそれらはこっちへ走ってくる。
逃げようにも千鶴ちゃんは恐怖に動けない。かといって、私とが刀を振りかざす相手に応戦出来ない。
だって私との脇差は安物の模造刀だし、それ以前に真剣だったとしてもあんな奴相手に応戦できる訳がない。

───── 仕方ない…、千鶴ちゃんを庇おう。
───── 何か考えがあるのかしら?
───── 一応ね。厄介事が起きるけど助けては貰える筈だから。
───── 解ったわ。

私とはしゃがみ込む千鶴ちゃんを背に庇い、こちらに向けて振り下ろされる白刃を真っ直ぐ見上げた。
それが ────────── 寸で両断される。
そしてそれを行ったであろう人影が、一つ二つと現れて、その姿をハッキリ捉えた瞬間
私の中にあった全ての疑問が解消された。

───── 確定したわ。ここ、私知ってる場所よ。
───── なら後で説明よろしくね?
───── りょーかい。有り得ない場所だけど、一応説明するわ。

現れた沖田総司と斉藤一。そして

「………運の無い奴らだ。」

冷たくも静かな声の主 ────────── 土方歳三が姿を現した。

───── あら、イイ男ね。
───── 確実にの好みよ。
───── 歪んでるのね…。

私達がそんなアイコンタクトを交わす最中、バカ正直な千鶴ちゃんが三人を相手に頑張っている。
冷ややかな台詞に背に庇う千鶴ちゃんはコクコク頷いてるっぽい。

「いいか、逃げるなよ。背を向ければ斬る。」

が、私達は構わず目配せしながらアイコンタクトをしていた。

───── 歪んでるといえばもっと歪んでるっぽいのがいるわ。
───── 本当に?
───── ええ。眼鏡男子な上に白衣の似合いそうな歪んでるのが。

その間も前方三人と千鶴ちゃんのやりとりは続く。が、勿論私達はお構いなしだ。

───── 、今アナタ凄く耀いてるわ。と、いう事はつまりここはアナタの大好きな?
───── っさすがね。察しが良すぎるわ。

縄で縛られようが、ぐるぐる巻きにされようが最早どうでもいい好きにしろ。
私はこの先にあるであろう出会いとか出会いとか出会いの瞬間を思い浮かべる事に必死なのだ ────────── が。
恐怖に怯えきってる千鶴ちゃんをこのままっていうのも大人としてどうかと思い

「(大丈夫よ?私達がついてるから。)」
「(さんっ!)」
「(そうよ?そのために私達は一緒に来たんですもの。)」
「(さんも…っありがとうございますっ!)」

おざなりっぽいな〜…とは思いつつも千鶴ちゃんの恐怖が少しでも減るように
励ましたのだった。ぐるぐる巻き状態で連行されながら。










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2010.02.11