09.二転三転していく状況の先にあったのは理不尽な仕返し。(左之視点)



「私の話を聞いて欲しいんです。」

俺達を呼びつけた捕虜三人組。
その中の一番小さい奴がそう口を開いたが。

「恐らく、おまえの事情は汲めないだろう。それで良ければ話すといい」
「う……」

斉藤の一言で意気消沈し、直ぐに黙り込んじまった。

───── ま、仕方ねぇわな。

斉藤の言葉は何も含んでいなければ遠回しでもねぇ。
そのままの通り、何を話そうがどんな事情があろうが俺達が考えを曲げる事はない故の言葉だ。

「おまえの運の無さには同情する。ま、成仏してくれな。」

居合わせちまった不運。
人斬りの現場に居合わせただけならともかくそこには新撰組が隠蔽したい事情があった。
本当に運が無い奴等だが、それも仕方ねぇ事…と決定ではないがほぼ決まった現状に同情した。
だからこその言葉だったしそこに嘘はねぇ。
けど一番小さな奴…おそらくは女だろう、その後ろで静かに控えるように立っていた二人の男が俺の言葉に即座に反応した。

「(やっぱり面白れぇ反応しやがるぜ、この二人。)」
「(全くだ。左之、お前これ以上口開かない方がいいかもしれねぇぞ?)」
「(解ってる…。)」

俺に向けられる視線。
それは一切の感情など捨てたような、何も探れない探らせない恐ろしく冷静な視線だった。
そんな視線を向けられた程度で閉口するタチじゃねぇが、せざるを得ない気迫すら感じた俺は仕方なく目を逸らし、
黙り込んだ女へ視線を向けた。
すると、何を言っても無駄だと悟ったのだろう女は正座をし、静かに目を閉じた。

───── 度胸あるもんだ…。

自分の今の立場が簡単に覆せるもんじゃねぇ事を悟ったんだろう覚悟を決める潔さには感服する。

───── こっちも同じ…か。

けれどそれは女だけじゃなかった。
守る為、俺達との間に無言で割って入って来た二人からは女とは別の、違う覚悟を決めた二人の思惑が見て取れる。
その手が自然に脇差に伸びているのがいい証拠だ。
事実、それに気付いたのは俺だけじゃねぇ斉藤も気付いたようだ。

「左之、そこまでにしておけ。こいつの処分はまだ決定されてない。それに…。」

濁した言葉の先に”それに…その二人の得体が知れなさ過ぎる、危険な真似は止せ。”そう含まれてるのが解る。

「(妥当だな。刺激しすぎだぜ左之。)」
「(そんなつもりはねぇんだけどな…。)」
「(そうか?みろよあの殺気。半端ねぇじゃねぇか。)」

相手の力量が計り切れない以上、下手な刺激は命取りに繋がる。
斉藤もそれを解って俺を止めたんだろう ────────── なら今は俺もそれに乗るしかねぇ。
ワザとらしいとは思ったが、唇の端に深い笑みを浮かべて女へと視線を向け直し

「ま、こんな度胸のある女みすみす殺しちまうのはもったいないし?」
「な、なんで知ってるんですか!?」

俺の言葉と態度に女が慌て始めた途端、二人の男から発せられる殺気が消えた。

「ちょっと待て左之。俺の耳には今「女」とか聞えたんだが。」
「カマかけてみたんだがアタリだったな。いや、こいつ見るからに女っぽいだろ?」
「何で男の格好してるとかその辺の話し、オレらに詳しく聞かせてくれよ。」

そして一人空気の読めない平助が言い出した事で事態は急変した…。










一人が女である事を告げ、一部の納得を得た事で捕虜三人に対する視線が少し変わった気がする。
まぁその中にゃ俺や新八も含まれてんだが土方さんは論外だった。

「男だろうが女だろうが性別の違いは生かす理由にならねぇよ。」

甘さの欠片も無けりゃ甘さなんか持ち合わせちゃいない土方さんの容赦無い言葉。
俺はそんな土方さんの言葉と態度に嫌な予感がし ────────── た瞬間、予感が的中した事を目の当たりにする。

「話も聞かず問答無用で処分ですか?流石は新選組…といった感じですね。」
「…………何?」

さっき、俺に向けられた視線同様…いやそれ以上の厳しい視線と表情を浮かべ、
あからさまに侮蔑を含んだ言葉を土方さんに向けて放つ男。

「(なぁ左之、ありゃ相当…。)」
「(ああ、まずいな。)」

男が言葉に含んだのは侮蔑だけじゃねぇ、あからさまな殺気も含んでやがった。

「処分も結構ですが…処分した後に貴方方の知らない事実が露呈した場合困るのはそちらだという事はお忘れなきよう。」
「どういう意味だそりゃ?」
「なるほど確かに助三郎の言う通りです。皆さんはご存知ないようですが知ろうとしない事は罪だという事ですよ。」

厳しい視線は放たれる言葉と共に徐々に色を変え

───── ありゃ人殺しの目じゃねぇか。

いや…違う。
”人殺し”じゃねぇ”人を殺せる”奴のする目だ。
歯向かうなら殺す事も躊躇わない、己の意に反する者を斬る事を覚悟を持った者のする目。
意図する所は違えど、奴等の目は俺達 ────────── 以上の覚悟を持った者のする目だった。

「(おいおいどうすんだあれ…。)」
「(俺にゃ止めらんねぇぞ。)」
「(土方さん殺る気じゃねぇのか?)」
「(斉藤が止めんだろ…あいつ等は危険過ぎだ。)」

どちらかが刀を抜けばこの場は一瞬で修羅場と化すだろう…が。
あいつ等の力量が俺達の想像を超える物だった場合、事態は最悪の結果を招く事になる。
流石にこのままじゃまずい…空気が道場を埋め尽くした頃、

「ま、まぁ君達も少し落ち着け。判断するためにも話を聞こうじゃないか!なぁ皆。」

近藤さんが止めに入らなかったどうなってた事か………。





「(やっぱりあいつ等…。)」
「(ああ、何か知ってんのかもしんねぇな。)」
「(土方さんも気付いたみてぇだしな…。)」

そして女…改め雪村千鶴の口から語られた事情。
それは俺達の予想を覆し、さらに俺達にも関係している事だった事を知る。

「それよりそっちの二人の事だが…。」
「助さんと格さんですか?」
「ああ。そいつ等は一体…。」

問題は千鶴よりも連れの二人…あいつ等の事の方が重要、と土方さんは感じてるようだ。
千鶴の語る事実を知り、多少は驚いたものの直ぐに本題を切り出したが。

「私は助三郎と申します。隣に座る者は格之進と申しまして…。」
「私共は千鶴の幼馴染で彼女の父上である雪村先生には幼い頃大変お世話になりました。
 そんな中千鶴が便りの無い先生を心配し女一人で旅に出ると言い出しました故心配の余り
 強引に二人で付き添って参った次第。いわば用心棒のようなモノでございます。」
「仕事は何をしている?」
「私は廻漕問屋の番頭。助三郎は縮緬問屋の番頭をしております。」
「そうか。つまり刀の扱いには不慣れという事だな?」
「はい。ご覧の通りこの脇差も二束三文の模造刀でございます。」

助三郎と格之進の言葉を鵜呑みにする奴は此処にはいねぇだろう。
どこの番頭があれ程の殺気を放ってあれ程の覚悟を持てるっていうんだ。
それとも江戸の商人ってのは皆そういうもんなのか?いやそれはねぇか。

「そいつらは新選組の新人見習い隊士で十分だろ。」

事実、意趣返しを含めた扱いを決めた土方さんに不敵な笑みを浮かべて静かに頷きやがった。
その、余裕さえ見て取れる助三郎と格之進の様子に当然土方さんの機嫌が悪くなるが。

───── 面白れぇなやっぱ…。

これからが楽しみなのも確かだ。
これで正々堂々遠慮なく、殺り合えるってもんだからなぁ……。









(更に深まっていく勘違い。もはや軌道修正は不可能!?)
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2010.03.29