10.天と地と。
肌寒くも清清しい朝の空気。
これまでの私達が生きてきた世界にあった朝とは違う澄んだ空気。
それは、喜びや緊張感やその他諸々な気分の交じり合う複雑な心境にある私の身も心も引き締めてくれる。
「?」
微妙な立場に置かれながらも、無事朝を迎えられる事は本当にありがたい事だと思う ────────── けれど。
「、聞いてる?」
全てはこれから。
まだ話は始まったばかりで、確信に触れるような重要な事は今だ闇の中にある。
「…。」
その上、この先にあるのは命を危険に晒すような戦いの日々。
身も心も傷付き、戦いの末にある未来はお世辞にも明るいとは言い難いものばかりで。
「、いい加減にしなさいな?毎朝毎朝現実逃避だなんて見苦しいわよ。」
「逃避しなきゃやってらんないのよっ!」
朝の清清しい空気の中、小難しい独り語りをしていたのはまぁ何ていうかぶっちゃけなくてもの突っ込み通りだったりする。
新撰組に留まる事が決定してから一週間…否!既に一週間も過ぎたと言うのにっ!
あの人とのあれやこれや(接触)を計るものの、今だ顔も拝んでないというか影も見てないっていうか、
要するにそういう事なのよ腐りたくもなるわよ現実逃避ぐらい見逃してよ…。
「逃避するのは勝手だけれど、一人逃避したところで私がつまらないじゃないの。」
なのに、やっぱりは私の事よりも自分の欲望を満たす事を最優先したがっているっていうかしてる。
とはいえ、私は所詮ハード本体でっていうかいい加減このネタも飽きてきたっていうか。
どのみち私に成り上がり根性は無い。その時点で指咥えて見てるだけ…が決定した訳だし?
「まぁいいけどね…。で?は何をどうしたい訳?」
「そうね…取り合えず天と地がひっくり返るような事かしら。」
うん、聞いた私がバカだった。葬式にすら面白さを求めるに真面目に答えようとした私がバカだった。
こんなバカは是非とも放置しておいてもらうに限る。
「それより千鶴ちゃんの様子は?」
幸い私達の間には千鶴ちゃんという緩和剤がある。それともクッション材?鎹?
「千鶴ちゃんなら…ほらあそこよ?」
”千鶴ちゃん”という言葉はもはや魔法だ魔法使いだ。
そんな魔法少女千鶴ちゃんに手を振れば、気付いた彼女は小走りで私達の元へ駆け寄ってきて。
「っおはようございます!」
「おはよう千鶴。」
「おはようございます、千鶴。」
この一週間寸分違わぬ行動と挨拶をお互い交わす。
けれど、今日は違った。そう、今日はあれから一週間目なのだ話が進むのだ。
「千鶴、何か気になる事でも?」
「えっ!?」
「そういえばいつもより少し表情が暗いようですが…どうかしたのですか?」
「助さん格さん…私…。」
「個室を与えられているとはいえ、軟禁に近い状態だからな…。」
「なるほど…確かに助さんの言う通りですね。幸い鬼の副隊長は留守。」
「だな。」
「あのっ?」
軟禁生活が続いた一週間。
千鶴ちゃんの我慢もそろそろ限界だろうし、それが切欠になった再び話は廻り始める。
次のフラグは屯所内を徘徊する事によって発生する。よって!
「じゃあ行くか。」
「そうですね。」
「あのっ…あのっ助さん格さん!?」
「退屈していたんだろう?それに…。」
「千鶴は真面目ですからね…皆さんの役に立ちたいのでしょう?」
「っそうです…けどっ!」
「心配しなくても一緒に行動すれば問題ない。」
「そうですよ?一緒に行動すればどうとでも対処します。」
「ありがとうございます…。」
私達三人は予定通りフラグを求める旅に出発するのだった。
訂正。造りの解らない屯所内を少しでも理解すべく、散策するのだった…。
先ず最初に立ち寄った広間に人影は無く、
「誰もいない?」
「そのようですね…。」
「やっぱり部屋にいた方がよかったのかも…。」
早くもギブアップしそうな千鶴ちゃんを自然を装い導く為に素早くにアイコンタクト。
───── 玄関行くわよっ!
───── 玄関ね?解ったわ。
「玄関の方だろうな…。」
「玄関に何かあるんですか?」
玄関に何がある?ってそりゃフラグを立てる下準備の為の出会いがあるんだけど?とはおくびにも出さず笑って誤魔化して
「出入り口付近なら誰か居るかもしれませんよ?」
「でも…部屋を抜け出して来てるからあまり目立たない方がいいのかも?」
「三人でいるんだ。大して問題はないだろう。」
「っそうですよね?」
「そうですよ。では行ってみましょうか?」
「はいっ!」
絶妙なのフォローによって何ら問題も無く、無事発生現場へ向いそして ────────── 発見した。
意気揚々と出かけようとする人達の姿を。
───── あっあっあの後姿はっ!!!
───── あら、何日振りかしら?
───── 6日と8時間35分振りよ。
───── 良かったわねぇ。
全然良くなんかない!
折角久しぶりのご対面なのにこの先に待ち受けてるのは多分会話の一つも無い残念な結果だろうし?
「 ────────── あのっ!」
「私も一緒に連れて行ってもらえませんか!?」
「そりゃ別に構わねぇけど・・・・お前は楽しくないんじゃねぇかな。」
「つ、連れて行けるか馬鹿!勝手に許可してんじゃねぇよ!!!」
だろうし?って予想は覆される事無く確定に変わった。
私との事は眼中にもないらしい新八っつあんと左之さんは、
こちらを完全にシャットアウトした状態で千鶴ちゃんと面白可笑く話を始めた。
───── 私達は見えてないのかしら?
───── 見ないようにしてんじゃない?
私達に対する視線は千鶴ちゃんに向ける物とは完全に別物だった。
身も心も震え上がるような冷ややか且つも厳しいもので、私のハートは脆くも崩れそうになる。
が!まぁそれはそれでオイシイと思えば全然平気っていうかむしろ慣らされてしまえば快感に変わるっていうか変えた。
変えなきゃハートが崩れて飛散してしまうから頑張って、現在左之さんの冷たい視線に射抜かれ中の私は喜びに身を震わせ中。
───── その努力を違う方向に生かせば?っていうかもう立派な変態ね、。
───── 言うに事欠いて変態って何よ!自己防衛本能でしょうがっ!
───── 自己防衛だなんて…防衛するよりも攻撃でしょ?攻めて攻めて攻めまくってナンボでしょ?
───── だから…私に何をさせたいの!
───── 下克上よ!テニスという格闘技に心血を注いだ少年がそう言っていたのよっ!
しまった…が違う方向で目を覚ましてしまった!?っていうかテニスって何時から格闘技になったんだ?
キノコがっ!と訳の解らない事を念仏のように唱え始めたは静かに放置する事にして。
再び千鶴ちゃん達のやりとりに目を向ければ
「ん?ああ。外出禁止なんだっけな、お前。見張りなしで部屋から出ていいのか?」
「うっ…。」
「………。」
「……………………。」
「だから、ええと…原田さん達はどこに行くんですか?」
「誤魔化すなよ。ま、いいけどな。俺らはこれから島原に行くとこだけど?」
「島原?」
「有名な花町じゃないですか!?」
話が進んでた。
うん、やっぱりイレギュラーな私達が口を挟もうが挟ままいが話は滞りなく進んでいくのだ。(今んトコ口挟んでないけど)
「女の子に向って島原に行くとかわざわざ本当のこと言うなよ…。」
「嘘吐けねぇんだよ俺。知ってんだろ?花町に繰り出すくらい別にやましくもねぇし。」
「おまえは酒が目当てだろうから後ろめたくも何ともねぇんだろうよ!」
「………永倉さんはお酒が目当てじゃないんですか?」
そう、私は傍観者に徹するつもりだった。
けれどボンヤリっぽい千鶴ちゃんは妙な所で鋭いっていうか、そんなに突っ込んだらお出かけに心躍らせてる彼等が可哀想で、
「千鶴、野暮は言わない方がいい。」
「そうですよ?男性には男性の生理現象があるのですから。」
「えっ!?」
助け舟を出すつもりで千鶴ちゃんにやんわり注意を促した。
あくまでフォローするつもりで。
「格之進の言う通りだ。千鶴には理解し難いだろうが男特有の欲求を解消する為には色々やらなければならない事がある。」
「助三郎の言う通りですよ?それが例え朝っぱらだろうが真っ昼間だろうが真夜中だろうがどうしようもない事なんですよ。」
「だな。それを解消しなければ普通の生活に支障を来す場合もある。」
「あっ、あのっ…?」
「新選組の隊士が一般市民の女性を手篭めにするような事になっては大事ですしねぇ。」
「女性ならまだいいんじゃないか?見境を無くして少年を手篭めにしては新選組の面目も丸潰れだ。」
「助三郎、面目丸潰れどころか笑いものですよ?」
「かもな………。」
「あっ、あのっ…助さん格さん?」
「ん?どうかしたのか千鶴。」
「いっ、いえっ…っその…っこんな昼間から行くんですか?」
「だから千鶴、さっき格之進が言ってただろう?朝っぱらだろうが真っ昼間だろうが欲望が湧いてしまえばやるしかない。」
「時間も所も構わず、という所ですねぇ。」
「そうならない為に花街に行くんだ、誰も責める事など出来ない。」
「っそうなんですか?」
「違うのか?」
そして、完璧なフォローに同意を求めるつもりで新八っつぁんと左之さんを見れば何故か二人共無表情で立ち尽くしていたのだった。
───── ん?何で二人共無表情で立ち尽くしてんのかしら?
───── さぁ?ぐぅの根も出ない…という所じゃない?
───── ああそっか。千鶴ちゃんの前だから…。
───── 羞恥心からかしら?案外シャイなのねぇ。
───── それも魅力の内じゃない?
───── 物は言い様ねぇ…。
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2010.04.22
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